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364日


 昨日は体調が優れていたとはいえ、外に連れ出して、歩かせてしまったのはさすがに悪かっただろうか。

 一緒に桜を見ることは、当然したいことではあったのだけれど、無理をさせてしまったのではないだろうか。


 桜を見てから一日が経った、翌日の今日、彼女は体調を崩してしまったのだ。

 彼女の希望で病院へは行かないことにしたけれど、今日中、家の布団の中で寝ているままなのである。

 食欲はあるようだから、そこまで体調は悪くないのだろうが、起き上がると体が怠いとのことらしい。


 病院でなくて家にいてくれるのは、仕事しながらも僕自身で面倒を看られるから、とても嬉しいことである。

 けれど辛そうにしているのを見るのは辛い。

「私は眠っているから、あなたは集中して仕事をしてちょうだい。そこまであなたの邪魔はしたくないの」

「邪魔だなんて思ったことはない」


 頭を撫でていると、すやすやと寝息を立てて、彼女は眠り始めていた。

 穏やかな表情をしていたから、僕も安心して仕事に戻れる。


 ……邪魔はしたくないか。

 まさか僕が彼女のことを、邪魔だと思うはずなんてないのに、彼女をそう不安にさせていたのだと思うと、僕が悪いことをしたような気がした。

 遠慮なく僕のことを頼ってほしい。


 僕のことを想ってくれているがために、遠慮してしまう彼女が可愛らしかった。

 可愛らしいだなんて思ってしまう僕もいけないね。



「もう桜が咲いているというのに、今日はまた冷えて来たね。風邪をひいてしまってはいけないもの。毛布を使うといいわ」

 仕事が一段落したとき、背中に温もりを感じた。

 首元に温もりを感じた。

 いつの間にか彼女が後ろにいて、温かな息を吹き掛けてくれているのだった。


 毛布を持って来てくれていて、その気遣いが僕には最高に嬉しかった。

「ありがとう。だけど今日はこれくらいで終わりにするよ。集中できたおかげで、仕事が捗ったんだ」

 持って来てくれた毛布を彼女に掛けて、そのふわふわの温もりごと抱き締めた。


 彼女の顔が赤いのは、体調が悪いせいか、暑いせいか、それとも照れているのか。

「可愛い。愛しているよ、本当に、可愛いね……」

「あんまりそんなこと言わないで。恥ずかしくなるから、止めてよ」

 弱々しくも僕の胸を押して、恥ずかしそうに顔を隠した。


 こういう時間の一つ一つが幸せで、僕の心を満たしてくれる。

 別れの日が遠くはないことは、二人ともわかってのことだろうけれど、それはつまり幸せを楽しもうということにも繋がっているように思えた。


 桜はもう散り始めている。

 けれどそれを見ても、今の僕は哀しいなんて、思いたくなかった。

 儚いことが美しいことだとしても、そのとおりだとは思いながらも、否定したかった、抵抗したかった。

 だって彼女の微笑みは、健康的な方が魅力的なものに決まっているのだから。


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