28日
桃の花が咲きました。
きみは今、どこにいますか……。
少しでも生きてもらいたいから、彼女をどうにか説得して、家から病院へと移した。もう入院しなけりゃ、どうしようもないところにまで、来てしまっているというんだ。
彼女の病気は、今だって何もない。
今だって彼女は何の病気にも罹っちゃいないんだよ。
それなのに彼女の体力は削られていく。
家の窓からは、桃の花が咲いているのを見ることができる。
僕の家の庭にあるわけではないけれど、すぐ向かいの家にあるものだから、見ようとしなくても見えるのだ。
できることなら、見せてあげたいよ。
さすがの僕もずっと病院に滞在しているわけにはいかない。
こうして離れ離れに過ごさなければいけないことを、彼女は嫌い嫌がり恐れていたに違いない。
住み慣れた我が家にいる僕だって、一緒にいられない、一人でいなければならないということは、これほどに寂しいことなのだ。仕事という、そこから逃げられるものだって用意されている僕なのに。
何か集中できるものがあるわけでもなく、ましてや場所もとても慣れやしないところ。
入院すること自体は珍しいことではないが、今回は初めての一人部屋でもあるのだし、寂しさは増すことであろう。
彼女の寂しさを思うと、それは計り知れなくて、僕は直ちに彼女の傍に行かなければならないのだと感じた。
今すぐに、本当に今すぐに、彼女に会わなければならないような気がした。
「待っていて。すぐに行くからね」
頼み込んで桃を枝一つだけもらい、宝物のように大事に抱えて、僕は彼女の待っている部屋を目指した。
「どうして来たの。来るときには、事前に連絡してって言ったじゃないのよ」
僕が部屋に入ったとき、彼女は眠っていた。
安らかに眠れているようだったから、安心して、嬉しくて、僕は彼女の寝顔を眺めていた。
数分ほど経った後、突如として彼女の呼吸が荒くなり、薄く目を開いた。その瞳に僕を映すや否や、この言葉なのである。
拒絶にも近い言葉に感じられて、僕は絶望に叩き落された気分だった。
彼女のことだから、なんらかの意味があっての言葉であろうことを、わからないような僕ではない。
とはいえ、苦しくないはずがなかった。
「来てくれるのは、もちろん、嬉しいに決まってるのよ。だけど……、お願い、来る前に教えてね。もう、いつでも元気に返すってことが、できなくなってるの……」
どうしてなのかと思ったものだが、まさかそのようなことだとは思いもしなかった。
「お花、ありがとう。お願いだから、今日はもう帰ってちょうだい。あなたにだけは、美しいままの私を見てもらいたいの。どうか、お願い……」
「お大事にね。お花を届けなくちゃって思って来ただけだから、受け取ってもらえてよかったよ」
嫌な予感の正答率が、またもや証明されたようだった。




