60日
「へっくしゅ」
「どうしたの、風邪でも引いた?」
クシャミをした僕に彼女が心配そうに尋ねてくれる。
風邪でも引いたのだろうか。
今日は妙に寒いのだし、これは体調が悪いのかもしれない。
天気は、気候はどうなっているのだろう。
ほら今日も寒いとは言ったって、いつもと変わらないのだから、特別こうして寒く感じるというのは、僕の体調の悪いことをの証拠ではないか。
そう言おうと思ったのだが、生憎というか幸いというか、僕は自然かつ正しい反応を示していたに過ぎなかった。
ニュースは都心の雪による影響を伝えている。
冷え込みの厳しさを伝えている。
本当に、今日という日は、特別に寒かったというわけなのだ。
まさか雪が降っているだなんて。雪の音などしないものだから、当然と言えば当然のことであるが、全く気が付きやしなかった。
道理で寒いわけだ。
それなら、普段と変わらない、それどころか普段よりも暖かいくらいだと訴えていた彼女はどうなるのだろう。
寒いのを暖かく感じている、温暖さを覚えた彼女の方が、体調が悪いのだというように考えられるだろうか。
医療やらに少しも詳しくない僕なんかからしたら、少しもイメージができないものだ。
寒がっている方が、なんとなく体調を崩している方に思えるじゃないか。
「いつもよりも暖かいというのは本当?」
「えぇ、そう思うんだけど、このニュースキャスターさんによると、そんなことはないみたいね。今日は昨日までよりも明日からよりも、圧倒的に寒いみたいだわ。……変ね」
ニュースを覗き込んで、彼女は首を傾げていた。
暖かいというのだから、悪いことでもないのだろう。
けれど不思議なものである。
「この調子だったらば、雪遊びの願いは叶うかもしれないわね。寒さが丸っきり平気なんだもの」
寒さが平気というのは、彼女が辛くなくていいことだろうが、それを状態として見た場合はとてもいいとは言えないことだろうな。
残念ながら、正常よりも異常に分類されることだ。
望んでくれている。今の体調ならば平気だ。
「そ、それじゃあ、一緒に外で雪遊びをしようか。今現在雪が降っているのから、雪の補充は自動だね。いくらだって雪を使い放題だ」
不安なところはあったが、僕はそう判断してしまっていた。
雪遊びだなんて、僕だって滅多にできやしないことだ。
したいと思うことがなかったというのもあるが、体の弱い方ではないにしろ、頑丈とは言えない僕なのだ。
幼い頃から、雪が降る屋外を駆け回るほどの元気はなかった。
健康ではあったが、元気というか、気力がなかったとでもいうのだろうか。
彼女の儚さとは違って、面倒臭がりなだけだから、一緒にできるものではないが、正直に言えば僕もほとんど初体験だ。
何が正解かもわからないで、ただ自分たちがしたいように、物真似混じりで雪の中を遊んだ。
何が正解かもわからないで、だから何も考えやしないで。
「へっくしゅん」
「へっくち」
二人でクシャミを繰り返し、鼻水を垂らす姿は、かなり阿保らしいことだろう。
風邪は引いたけれど、それだって楽しかったのだ。
後悔はしていない。言いきることは容易であった。




