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128日


 僕は何を悩み、苦しんでいたのだろう。

 僕は何を嘆き、寂しがってなどいたのだろう。


 彼女の覚悟の深い気持ちを、今更になって知るだなんて、今までの僕は何を見ていたというのだろうか。

 楽しみたいと願う彼女の隣で、僕が少しだって楽しめないのじゃあ、彼女だって楽しいものを楽しめやしないだろう。

 今まで僕はなんてことをしていたのだろうか……。


 それからの僕はもう迷いがなかった。

 やりたいとそう思うように、彼女の欲望を忠実に再現したいと願ったし、そのための努力を僕は惜しまなかった。怯んだり、怯えたりなどしなかった。

 彼女の望むままに、桜の花の示すままに。



 去年の桜を一緒に見ること、それが可能と知れたとき、どれほど僕は幸せだったろうか。

 彼女はそのまま弱っていき、夏を越えることはなく、それどころか、夏を迎える直前頃に、儚く消えてしまうのではないかと思った。まるで桜のように、儚く。

 そうかと思ったのだが、彼女はこうしてまだ、僕の隣にいてくれる。


 不思議なことに、桜の花もまだ、僕の隣にいてくれるのだった。

 奇妙なことが起こったもので、しかしそれもおかしいとは思えず、彼女は桜の精なのだろうと、疑いもなく僕は信じてしまっているようだった。

 口に出してそんなことを言えば、ありえないと、彼女本人に笑われてしまうことだろう。

 彼女が否定する、間違えなく事実とは異なるそのことだから、否定するのは彼女にとっての真実であり真実そのものでもある。

 けれども、もう僕の中では、それが嘘として染み付いてしまっている。


 だから口に出すわけにはいかなかった。

 そんなわけがないと思っているままで、疑う余地もなく彼女がそうであることを、信じ込んでいるような状態である。



 あぁ、自由に生きるとは、なんと強く逞しいことだろうか。

 僕は仕事をしながらであるけれど、彼女と一緒にいられ、彼女の望むことを一緒にできるということは、この上なく幸せであった。

 優柔不断な僕を導いてくれる、あの花を見るまでの頃とは、何もかもが違っている。


 アクティブな僕が顔を出し、僕じゃないみたいに、効率的で最良の選択肢へと進んでくれるのであった。

 その甲斐あってのことなのか、入院していた頃からは信じられないほどに、彼女の顔は元気で表情は明るく、全てが疲れきっている。

 眠っているだけでも、疲労困憊、体力の限界も近いらしかった。


 迷わなくなったのは楽しくなったこと。けれど慎重でなくなったことは、未来が短くなるということにも結ばれた。

 これが彼女の望みであったというのだから、後悔するところなど少しもないけれど、正しかったのかどうかは怪しい。思いたくもないのに不安になる。



 やりたいことリスト、子どもの話、どちらも終盤に近付いているのを意識せずにはいられないほど、なんとも悔しいことに順調に進んでいる。

 佐倉さんも時折彼女に会いに来てくれて、愈々終わっていくことを感じさせる。

 何かをやりたいと話しているうちは、彼女との仲のよさを確認し続けられた。

 子どものことについて話しているときは、佐倉さんたちも含めて、本当の家族のように思えた。


 自分で考えることは減ったけれど、これが運命に従うということなのだろうか。

 ヒラヒラと舞う桜を追って、順調にまっすぐ走って行った、その結果で辿り着いた場所がここなのだ。

 花が咲くような季節じゃないのに、花が散って魅せてくれたことは、次の花の季節には間に合わないということなのだろう。

 その運命にだけでも、抗う努力はしたいものだ。

 まだ、間に合うだろうか。



 何も意識せず考えずに、秋の日々を過ごしてしまったものだから、夏まで抱えていた不安の気持ちが蘇ってしまっていた。

 もう魔法は解けてしまった。

 聖夜を控えて、魔法は既に解けてしまっている。

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