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241日


「はぁはぁはぁはぁ」

 苦しそうな息遣いが聞こえて来て、それで目を覚ました。

「どうし、どうしたんだっ?! 大丈夫かい?」

 跳び上がって、病院へすぐに連れて行こうと、二人分の着替えを持ってくる。


 着替えを始めようとした僕を、彼女が制した。

「大丈夫だから、お願い、家にいさせて。せっかく、今年はあんましお仕事へ行かなくてもよくなったんだもの。できるだけ、一緒にいたいの。二人で、この家で、一緒にいたいの」

 甘えた声は愛らしく、猫撫で声そのものだった。

 冗談めかしたところさえ含まれる声ぶりであるが、彼女の願いは切実で、逆らってはいけないという魔法にも近い効力を持っていた。


 辛そうにしているのを、無理に動かすのも悪いと思ったので、耐えきれないというところまでは彼女をここに眠らせておくことにする。

 それが彼女の望みだというのなら、嫌々連れて行くわけにもいかない。

 こんなのは、愛なんてものに縋っているだけで、自惚れてしまっているだけなのかもしれない。

「悪い。今は忙しくて、仕事をしないままに、これ以上はいられない。本当はもっと一緒にいたいのに、数時間ばかり眠って過ごしてね。また苦しくなったら、すぐに僕を呼んで」

 これじゃあ、迷惑だと言っているようなものなのだし、悪いとは思ったけれど、これ以上は先延ばしにできないのが現実であった。


 寝息を立てて彼女は眠るが、それが狸寝入りであることは明白だった。

 先程、眠っていて息苦しそうにしていたのだから、そうすぐに眠れるはずなんてない。こんなに眠れるはずなんてない。

 彼女が気を遣ってくれている間に、僕はすぐに仕事を終わらせなければいけないのだろう。


 すぐに僕を呼んでとは言ったって、呼んでくれないことくらいわかっているんだから。


 カチカチカチ カチカチカチ

 パソコンのキーボードを弾く軽快な音、集中してしまえば彼女のことも一瞬だけではあっても頭の中から消えていた。

 それしか見えないというくらい、久しぶりに集中ができた。


「これで終わりっと」

 時計も見えず没頭してしまっていたので、終わりはしたも時間はかなり過ぎており、今更で心配になって僕は彼女の寐ている部屋に戻った。

 小さく鼾を掻いて、彼女は眠っているようである。

 今度こそ眠れたのだろうが、やはり息苦しそうだ。


 どこかが悪いわけじゃないのに、どこも悪いもんで長生きができないとは、何と苦しいことなのだろう。

 治療のしようもないのだから、生まれつきとは残酷な宣言だ。

 一番の薬は安静にしていることだというが、そう苦しくちゃ、安静になんてしていられないだろうに。



 ザーザーザー

 いつの間にか窓の外は荒れていて、窓に強く雨が叩きつけられていた。


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