第83話 タロウ、場所を気にしない
よろしくお願いします!
「ちょっと待ってください」
「どうてしたでござるか?忠晴さん?」
話し始める前に忠晴さんから待ったがかかった。
「いや、なに…壁に耳ありって言うではありませんか。結界式札『防音』…これで外には漏れませんよ」
これが…式札の使い方。俺はまだ習っていないけど、勉強になるなぁ。式札の模様…じゃなく文字だな。これは統一されていて、部屋の四隅に…か。
「先生、すぐにでも習いたいんですが!」
「焦らなくても大丈夫ですよ。タロウ君は凄い速さで成長していますからね。成長が早いからこそ、1つ1つを極めて欲しいのです」
そういう見方もあるか…。早いから次にじゃなく、早いから極めてから次に。ここは習いたい衝動を我慢するしかないな。
「では、今日あったことについて話すでござるよ…」
ベリー先生が今日俺達が見た姫様の付き人について話し始めた。暗殺者である事。徳川家に入り込んでいるが別の所から送られてきている事。だが、姫様が生きているから問題として掲げられない事。
「イガヌの忍…暗殺者か。あそこの者は報酬さえ払えば何でもやるという噂だ。能力値も高いから姫様のお側に付ける事も不可能では無かろう。」
「イガヌの暗殺者を使っている何者かが居るという事ですね」
「父上、忠晴さん。その…何者かの狙いが分かるでござろうか?拙者はルールトに居た為に最近のジパンヌの情勢には疎いでござる」
「暗殺者を送り込んでるくらいだから…目的は徳川家の殺害。と、言いたいんだが…」
「それなら長期間無事なのが不思議ですね。…そもそも、暗殺者が紛れて居ると気づけなかった事が何より悔しい事ですが」
城にも武術や魔術に秀でている者は居るだろうし、普通の暗殺への対応もあるだろうが…今回は潜入に近いやり方で、しかもかなり近くまで潜り込まれている。その点においては、長めの計画を練っていた向こうが上手だったと言わざるを得ない。
「入られてしまったのは仕方無いと今回は割りきりましょう。まだ姫様は生きています。もしかしたら他の徳川家の方々の近くにも敵は居るかも知れませんが…まだ生きておられますし、これからの事を考えましょう。」
「タロウ殿の言うとおりだな。生かしている理由があるはずだ、それを探らねばいつ殺されても不思議では無いのも事実。急がねばな」
「ですね。意見があればとりあえず出していきましょう」
「では、思い付いたのを」
「タロウ君、何か分かったでござるか?」
「いや、話を纏めただけになるんですが…。敵は徳川家を倒すのが目的と仮定して、今、暗殺したらどうなりますか?」
「それは…大騒ぎだな。徳川家が民に嫌われているならまだしも、民からの評価は悪くないはずだ」
「ですよね。そんな時に敵が何食わぬ顔で徳川家の後を引き継ぐ形で上に立つとしても反感が起こるはずです。」
「確かに、だからまだ生かしている…そう考えれなくも無いですね。」
「えぇ。ですから、計画を練っているのでしょう。徳川家の誰かを人質に取って乗っ取るのか、今の徳川家の将軍を暗殺したとして…後を引き継いでもおかしくは無い人物を、操る方が簡単なのかの計画を」
「ねぇ、タロウ。単純に徳川家を恨んでる家があるとかは?」
「俺もその線が実は1番なんじゃないかと思ってるけど…。だとしたら徳川家が繁栄させたエドヌ全部を壊そうとしそうで考えたく無かった」
「今の将軍の駿様には弟も何人かいらっしゃる。エドヌから離れた地を治めていらっしゃったりしていますね」
「まさかのお家騒動か?」
「確かに、ご兄弟なら病死に見せ掛けたとしても…考えたくは無いですけど」
「もし、エドヌに敵軍が攻めて来たらどうなりますか?」
「それは…こちらも応戦するしかないよ。軍の数では負けはしないと思うよ。六道さんの鍛えた九重家の門下生も指揮官として居るからね」
「では、聞きますが。敵軍が攻めて来た時に、徳川家の駿様、美輿様、天道様、麻津里様が人質になっていた場合はどう対応されるのですか?」
「うむ…」
「それは…」
「僕でも思い付きましたからね。人質にされたらこちらは弱い。マツリ様しか会った事はありませんが、今の徳川家の人が嫌いではありません。見殺しには出来ないでしょう」
「たしかに、すぐに策が思い付く訳じゃないね」
「私もだ…タロウ殿、続きを」
「あ、はい。敵は既に暗殺者を使って、人質に取れる準備は出来てしまっていますから、敵はそのうち攻めてくると思います。その後、徳川家を乗っ取るのか滅ぼして新しく作り直すのかは分かりませんが…将軍の駿様のお命は無いでしょうね」
「くっ…いったい誰がこんなことを…!」
「混乱は避けられないと思います。ですが、僕達のやることは1つです。持てる力の全てを使って、徳川家を、エドヌを守りきる事です」
「そうよね!その為に鍛えているのだもの!出し惜しみは無しよ。敵なら潰すわ」
「カルミナ、抑えて抑えて。でも、そうだね。敵なら容赦はしない。徳川家の救出とエドヌを守りきる作戦を詰めていきましょう」
「そうでござるな、黒幕なら後から出てくるでござろう。まずは救出を優先するでござる。その後に民の避難もすれば、エドヌの守りも問題ないでござる!」
それから1時間以上話し合ったが、決まったのはエドヌ郊外での敵軍への監視の強化、出兵の準備を密かに行う事。街の住民にはまだ秘密にしておく事。後は徳川家の将軍から順に隙を見て匿うという事くらいだった。暗殺者の近くに居るよりは、暗殺者サイドに不審に思われてもこちらで匿う方が良いという結論だ。さっそく明日から六道さんと忠晴さんで行動をするみたいだ。
「タロウ君とカルミナさんはこの後どうするでござるか?」
「今日はここに泊めて貰おうと思います。明日は休みでもありますしね」
「なら、ご飯でも食べに行こうでござる。桃…大丈夫でござるか?」
「う、うん…。でも、まだ頭の中が整理出来なくて…お姉ちゃん、戦になるの?」
「事は動き出していたでござる。桃も九重家の人間として、街の防衛か住民の避難誘導の係りにはなるでござるから覚悟はしておくでござるよ」
「うん…。マツリ様は大丈夫なのよね?」
「任せるでござる。タロウ君やカルミナさんもいるでござるからな…戦力はこっちが上でござる。きっと大丈夫でござる」
俺達はご飯を食べ、忠晴さんが帰った後に今日の話し合いの内容の再確認をして、みんな早めに就寝する事になった。俺やカルミナの出番は戦になってからだからとりあえず明日はギルドに行ってみようかな。
「タロウ…浮気の件だけど」
「今の俺に答えられる事は…無い!」
早めに就寝の予定が変わったのは、おそらく俺とカルミナだけだっただろう。
◇◇◇
「おはようございます」
「おはようでござる。二人は今日、どうするでごさるか?」
「桐華さんに会いにギルドへ行こうと思ってますよ」
「気を付けて行くでござるよ。何か情報が無いか、ついでに調べてきて欲しいでござる」
「分かりました。カルミナ、朝食を済ませたら早速行こう」
「そうね。う~ん…今日は卵かけご飯の気分だわ」
朝食を食べ終えた俺とカルミナは途中でお菓子の差し入れを買ってからギルドへと向かった。
「今日も桐華さんの列は長いわね…」
「そだな。とても個性的な人が多いな。どうする?座って待ってるか?」
「そうね…あ、目が合ったわ。向こうも気付いたみたいだし待ってましょうか」
カルミナと目があってから列が無くなっていくスピードが上がった気がする。つまり、桐華さんの対応がいつも以上におざなりな対応でより速くなってるはずなのに冒険者達の表情は緩んでいた。というか、ちょっと怖い…。
桐華さんが凄い速さで捌いていき、30分もしない内にこちらへとやって来た。
「お、お待たせしました!おはようございます、カルミナ…と、タロウくん」
「おはよう桐華。相変わらず桐華の列は人気ね」
「おはよう桐華さん。相変わらずだね」
「ふん!」
「いてぇ…いや、痛くはないけど…なんで叩くんだよ」
「顔で私を馬鹿にしているのが分かったからよ。もっとカルミナの様に純粋な心を持ちなさいよね」
「そうよ、タロウ。そうだ!桐華にも相談しないと」
そう言ってカルミナが桐華さんに占いの事を話し始め、一夫一妻のこの国出身の桐華さんからの俺の評価は下がっていった。
「その、占い師…どこに居たんですか?この辺りでそんな事している人は居なかったと思いますが…」
「たまたま占いでもしてたんじゃない?趣味って言ってたわよ?」
「なるほど、なら偶々ですかね。二人は今日はクエストを受けて行かれるんですか?」
「いや、今日は休みにするつもりよ。そうだ、桐華!何かギルドに寄せられてる使えそうな情報とか無いかしら?」
「情報ですか…情報もピンきりですからね、何を教えたらいいのか…」
「何か目撃情報とか、無いかな?」
「………目撃情報ですか?」
えぇ…カルミナの話を聞いてから完全にゴミを見る目を向けてきてるよ。一応会話はしてくれるみたいだから構わないんだけど、居心地が…ね。
「桐華、目撃情報って何かあるかしら?」
「すぐ、資料を纏めて来ますね!少し待っててください」
桐華さんがギルドの奥へと走って行った。
「カルミナのせいで嫌われてない?嫌われてるよね?」
「タロウ…まさか桐華さんまで!?」
「までとか言うな。誤解が広がっていくだろ…。とりあえず占いの事は1回忘れようよ…な?」
「だってだって、女の子が増えたら私への興味が薄くなるんじゃ無いかって…」
そうか…そうか、そうだったか…。もっと逆の立場になって考えるべきだった。カルミナの事を好きな男が現れて…結婚するけど、それでも俺が1番だとカルミナが言ったとして…不安が無くなるかと言えば、そんな事ない…よな。怖いよな。
「ごめん、カルミナ。もっと逆の立場になって考えるべきだったよ。……未来の事は分かんないけど…さ、15歳になったら…」
「なったら…」
「お待たせしましたぁ!急いで纏めてきましたよ!」
ズ、ズコー!
タイミングが…俺の決意の…こ、告白が…。カルミナ…どんな顔してるかな?
俺はゆっくりと顔を上げてカルミナを見てみる。
「ふふっ…んふ…ふふ…あはははははは!」
「カルミナ?どうしたんですか、急に笑いだして?」
「いや、ぷぷ。何でも…ふふっ、無いのよ?」
「カルミナ…笑いすぎだよ…」
いや、俺も少し笑いたくなるようなタイミングだったけどさ。
「タロウ」
「なんだよカル…んん!?」
「カ、カルミナ!?」
「…っぷはぁ!タロウの気持ちは分かったわ。ふふっ…大変な時だって分かってはいるけど、幸せな気分の方が何倍も強くなれる気がするわ。私の事を1番に思ってくれる?」
「あぁ、約束する」
「1番に思い続けてくれる?」
「ペアリングに誓って」
「うん。うん…私を1番に思い続けてくれる事に限り、女の子が…増えるのを…み、み、認めなくも…ぐぬぬ」
「いや、そんな不思議な顔するくらいなら…」
「大丈夫!今の私は…ぐぬぬ…。もう!未来の私に任せるわ!きっと未来の私ならもっと寛容な心になってる…はず…よ!」
「カルミナ…」
「あのー、二人共?忘れてると思うけど……ここ、ギルド。もう一度言うわよ?ここ、ギルド」
俺とカルミナは周りを見渡した。俺達が座っているのは端の方だけど…まるで中心に居るが如く、ギルド内の人から見られていた。
「い、いつから?」
「私が戻って来た時から少しずつ見られて…キ、キ、キス…の、時…には、見られていましたよ?」
桐華さんが恥ずかしそうに教えてくれて、周りを再度見渡すと…恨めしそうな視線が9割。興味本位が1割といった具合の視線だ。これは…しばらくギルドへは来れないかもしれないな。あと、夜道は背後に気を付けないと…。
「甘味処にでも場所を移さない?桐華さんが居てくれれば資料も持ち出して平気でしょ?」
「まぁ、さすがにこの中でお喋りという訳にもいきませんしね…ていうか、タロウくんは何でそんなに平然としているのですか?カルミナは…顔真っ赤になってますよ?」
それは、何というか…二人きりなら俺も顔が真っ赤になってたかも知れないが、この状況のお陰で冷静になれている部分があるな。
「別に恥ずかしい事じゃないからな。これでも照れてはいるんだぞ?」
「精神面が強いですね…こんな人前で、あんな…」
桐華さんも顔が赤くなっていく。分かるぞ。他人のやつを見た方が何故か照れ臭くなる…という感じ。
「とりあえず出よう。視線で殺されそうだし。カルミナ、行くぞ」
「う、うん!」
俺達3人はギルドを出て、桐華さんの実家でもある『甘味処すぱいす』へと向かった。
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