第76話 タロウ、エドヌを見渡す
よろしくお願いします!
「今から午後の修行を始めるでござる!」
「午後は身体能力の向上でしたよね?何をするんですか?」
「あそこに行くでござるよ」
ベリー先生が指で示した方向には、ここからそう遠くない小さめな山があった。
「山…ですか?」
「そうでござる。あの山は拙者もよく遊び場にしていたでござるよ。木や岩場もあるでござるから走るだけで、体力や体幹、スピードが鍛えられるでござるし、全身の筋肉もつくでござる!」
話を聞くだけなら効率が良さそうだ。山道だから走るのはキツイだろうが、このくらいはやっていかないとな。
「分かりました。早速行きましょう」
「待つでござる。タロウ君にはこれを背負って貰うでござるよ…」
ベリー先生からリュックを渡された。お…重い!中身は…砂がぎっしりだ。嘘だろ…。
「タロウ君、遅れないように走るでござるよ」
笑顔で話しかけてくるが綺麗な笑顔じゃない。ニタァっと笑う悪魔の笑顔だ。
「お、重いな…」
「タロウ、大丈夫なの?」
「お姉ちゃん…意地悪だよ~」
「カルミナ、桃さん、大丈夫だから。何とか走れそうだし」
「では、楽しい山登りでござるよ。夕方には戻ってくるでござるからな」
俺達は山へ向けて出発した。山は九重家の裏手から少し離れた距離にある為にそう遠くもなく、すぐに辿り着いた。
「ここからは拙者のオススメコースを行くでござる。木から木に跳び移る事もあるでござるから頑張るでござるよ!」
「「はい!」」
「は…はい!」
くそ、砂が邪魔だ…。走る度にずっしりと重みが乗しかかる。せめて遅れない様にしなければ…。
山道に入ると、最初はゆっくりとした傾斜でそこを登って行った。寒くなってすっかり木も枯れているから少し寂しい風景だけど、汗をかく程に走る日にはありがたい気温である。
しばらくは、今までに踏みしめられて道のようになっていた所があったがそれも少しずつ無くなっていき、ついに道と呼べるモノは無くなってしまった。
「それではここからは少し危険な所も通って上を目指すでござるよ。慣れればこういう道の方が近道でござるからな」
「この辺って、道らしい道は無いみたいですけど?」
「でも傾斜を登って行けるでござろう?」
「結構な角度に変わってきてますよ!?障害物もありますし」
「だから岩や木も使うでござるよ。見とくでござるよ、例えばあの2メートル近くある段差を越える時は……っと!こうして木に登って跳べばいいでござる」
簡単に言ってくれるが…木から段差の上まで立ち幅跳びだと今の俺達じゃ厳しいぞ……いや、どうせやるしかないのなら弱音を吐かずに俺でも突破出来る方法を考える方が建設的だな。
「…そうだ!確かアイテムボックスにロープが……あった!これなら木に登って段差の奥の木を見付けられればいけるはずだ!」
俺は木に登ってみるが…先端はともかく、分かれてる枝の根元の方も思った以上に足場が狭い。バランス崩すとすぐに落ちていきそうだ。
「あ…ただのロープをどうやって向こうの木に括りつければ?」
「タロウー、跳べそう?」
「ロープでいけると思ったけど…そうだ!」
俺は一度木から降りて、自分の来ているローブの内側から投げナイフを取り出す。
「ナイフをどうするの?」
「ロープをナイフに括りつけるだろ…よし、これで向こうの木の枝に引っかけられれば俺達でも登れるはずだ」
「なるほど…タロウさん良い考えですね!」
問題があるとすれば上手く木に引っ掛かってくれるかどうかだ。買ってみたはいいけど投げナイフの練習なんてしたこと無かったもんなぁ…。
「魔法を使えたらいいんだけど、暗黙の了解でなるべく使わない事にしてるだろ?上手く投げれるかな…」
「とりあえずやってみましょ。タロウがダメだったら次は私がやるわ。落ちないように…ね?」
俺はまた木に登る。投げる時も足元のバランスに気を取られて、狙い通りに上手く投擲が出来なかった。
「ごめん、交代」
「良いわよ、任せて。ナイフを投げて木にぐるぐるとやれば良いんでしょ?楽勝よ!…あと、タロウ。私がズボンだとしてもあんまり下から覗かないでよ、落ち着かないから」
「へいへい…」
カルミナに注意をされたが落ちた時に、すぐに助けに入れないのも困るし普通に見上げておく。
「な、中々難しいじゃない。とりゃ!」
検討違いな方向に飛ばしたり、木に当たる惜しい場面も何度かあったが、10回くらい挑戦した所でカルミナも音を上げた。
「こ、これも要練習ね…」
「じゃあ最後は…」
「わ、私ですか?」
「やりたくない?」
「いえ、そういう訳ではありませんが…」
「よし、何事も挑戦だよ!」
「分かりました……よいしょっと」
桃さんが木に登りナイフを付けたロープを回して回転させる。
「あ、俺とカルミナはナイフを持って投げてたけど…」
「ロープを回すという手もあったわね…」
桃さんが、右手に持って体の横で後ろから前へ縦に回していたロープが手を離れる。離れたロープが奥にある木の枝の少し上へ向けて真っ直ぐ飛んでいき、少し通り過ぎた所で手元のロープを握って勢いを殺し、枝にぐるぐると巻き付けられた。
「「おぉ~!」」
「で、出来ました!…あっ」
木の上で喜んでいた桃さんが足を滑らして後ろ向きに倒れてくる。
「風魔法『空気膜』……っと!せ、セーフ」
「あ、ありがとうございます」
「無事で良かった。カルミナ、今のは仕方のない事だから魔法を使った事は内緒ね」
「タロウがやってなかったら私がやっていたわよ。魔法の発動はタロウの方が速いから任せただけよ」
桃さんを起こして、木に括り付けられたロープを引っ張り強度を確かめる。よし…大丈夫そうだ。
「まず、カルミナから」
「分かったわ」
ロープを使って2メートルの段差を乗り越えて行く。最後に登った俺はロープとナイフを回収した。そのまま付けておくのもアリだが、毎回ここを通るとも限らないし今度は俺が成功させたいからだ。
「待ちくたびれたでござるよ!さ、もたついた分ペースを上げるでござる」
砂を背負ってる俺が一番後ろを走っている。でも、そのお陰で皆の通った道を確認出来るからそれは良かったかもしれない。ベリー先生は岩や木を使ってすいすい登っていき、カルミナや桃さんもそれについていく。まるでアスレチックのコースを走っているみたいで体幹は鍛えられている気が確かにする。
「はぁ…はぁ…そろそろ…キツイな」
「タロウ君ー、早くしないと迷子になるでござるよー」
「くっ…うおっしゃあああ」
気合いを入れ直して走り出す。それから10分かそれ以上は走り、ようやく開けた場所へと躍り出た。
「タロウ、お疲れ様。でもまだ少しあるみたいよ?」
「マジかよ…はぁ…こ、ここがゴールでいいんじゃ…」
「ダメでござるよ。むしろここからが本番でござる…傾斜の角度が少し上がるでござるからな」
「ま、マジか…ちょ、ちょっと休憩下さい」
「3分だけでござるよ」
俺はアイテムボックスから飲み物を取り出して一気に飲み干す。リュックは外すとまた背負うのが億劫になるから背負ったまま地面に座る。
「これは明日筋肉痛だな…」
「大丈夫でござる、いつかは慣れるでござるよ!さ、もう少ししたら行くでござる」
ふぅ…よし!あと少し、上まで一気に行くみたいだから頑張らないとな。
◇◇◇
「タロウ君、お疲れでござる」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
俺はリュックを降ろして地面に寝転がる。無理だ…しばらくは動けそうにない。
「はぁ…ふぅ…中々キツイわね…山登りって」
「ふぅー…そうですね、でもバランス感覚とか…全身の筋肉が鍛えられている気がしますね」
「二人共、寝ているタロウ君は置いておいて動けるならこっちへ来るでござる!エドヌが見渡せるでござるよ!」
「え、ホント!?」
「あ、待ってカルミナさん」
あ、ズルい…でも動けないからもう少し休まないと。でも、見たい…
「わぁー!凄い!良い景色ねぇ!」
「ホントですホントです!お姉ちゃん、なんで教えてくれなかったの!」
「いつかは連れてこようと思っていたでござるよ?ほ、ホントでござる!」
「ふーん…なら許してあげる!」
「俺にも…みぜろぉ~…」
「きゃあ!ゾンビ!?…ってタロウ!紛らわし事しないでよ!」
「いや…しんどいけど…景色見たい…」
「ほら、支えてあげるから見なさいな。綺麗な景色よ」
「…おぉ!」
前に居た世界でも山からの景色は見たことがある。あの時の景色も凄かったが、ここから見るエドヌの景色の方が綺麗だ。整えられた街並みに近くには冬の到来を感じさせる他の山、遠くには綺麗な青色に澄んだ海。カメラがあるなら残して置きたいくらいに綺麗な景色だ。
「綺麗だな…ここからだとお城も小さく見えるな!」
「エドヌは自慢の街でござるからな!ふふん、でござる」
「ん?あれ?カルミナ、お城の上の方に誰か居ない?」
「んー?私には分からないわね?誰かいるの?」
「いや、はっきりとは分かんないけど…誰かが手を振っているような…んー、気のせいかな?」
「もしかしたら本当に誰か居るかもしれないし、何かやってみたら?まぁ、居たとしたらお城の関係者だけど」
「そう…だな。無駄かも知れないけど。水魔法『巨大水球』」
遠くのお城からも見える様に大きめの水球を出して、お決まりの光魔法で綺麗に見せる演出を行った。誰も見てなかったら全くの無駄かも知れないが…誰か居た気もするんだよな…
それからしばらく景色を堪能したり休憩したりすると、ベリー先生がそろそろ帰る時間…つまり修行を再開すると言い出した。
「タロウ君、帰りはリュックを外していいでござるよ」
「…良かった。帰りもだったらどうしようかと」
「さ、帰りは帰りで坂道を下るでござるから走り方に気を付けるでござるよ」
登りより下りの方が走りづらさはあったがリュックが無くなった分、体が軽い。登り程の時間は掛からず、なんとか九重家の屋敷に夕方前に戻ってこれた。
◇◇◇
「とりあえず、修行の時は体幹や筋力にスピードが付くまで山登りはやるでござるからな!頑張るでござるよ!」
「「「は、はい…」」」
俺も含めて3人ともクタクタになっていた。元気なのはベリー先生だけでこんな所でも格の違いを見せつけられる。
「ここからご飯の時間までは魔力を使っての身体強化の修行をするでござるが…」
「どうかしたんですか?」
「身体強化は魔力を体で循環させるでござるから、魔力調整がとても大事なのでござる。魔力を体の許容量を越えた魔力を循環させると血が吹き出したりするでござるから…つまり、魔力の多い人にはあまりオススメしていないでござる!」
「「え…えええええええ!!?」」
「タロウさんとカルミナさんは息ぴったりですね!」
「いや、桃さん…そんな事言ってる場合じゃなくてですね…」
「タロウ…あなた大丈夫なの?」
「でも、安心するでござるよ!血とかは吹き出すでござるが…その分より速く動けるでござるから、奥の奥の手として使う人も稀に居るでござる。」
二段階のパワーアップという事なんだろうが、リスクが高くないか?式札の時も魔力調整って言われたけど…魔力が多いのが少しだけ仇になってるな。
「許容量ってどうやれば分かるんですか?」
「体全身にに少しずつ魔力を循環させて、痛くなる手前ギリギリが許容量でござる。これも体で覚えて行くしかないでござるが、肉体が強くなれば許容量も増えるでござるから頑張るでござるよ!」
なるほど、魔力の扱いにそこそこの自信はある。だいたい分かったが…一番大事な事を知らない。
「魔力を循環させるって…どうするんですか?」
「…ちゃんと教えるから大丈夫でござる。とりあえず今日は教える所までで実際にやるのは次からにするでござるかね…」
「何か…すいません」
「いいでござるよ。修行を始めたばかりでござるからな。少しずつ成長していくでござる」
ベリーさんが土魔法で人を形作った人形を造り出した。
「魔力の循環の説明をするでござる。魔力の循環とは、体中に魔力を流す事で筋肉もとい細胞を活性化させる技術でござる。さっきも言った通り、許容量を越えると細胞が傷付いて血が吹き出すでござる。魔力の循環は、まずは右手に魔力を集めて」
土人形に火魔法で魔力を表して分かりやすく説明してくれるみたいだ。
「右手から左手へ、左手か右足へ、右足から左足へ、そして左足から右手に戻ってくるでござる。コレが全身でする、魔力の循環でござる。…言いたい事は分かってるでござる。今、人形に火が付いてない部分でござろう?」
土人形には右手から体の頭部を除く外側を通るように一周して右手に戻っている。腹や胸、頭は火が付いていない。
「この火魔法で印が付いていない所には循環させなくても大丈夫でござる。」
「え?いいんですか?」
「いいんでござるよ。極論を言ってしまえば、魔力の循環と言っているでござるが、右手で殴る時に足や左手に魔力は集めなくてもいいのでござるよ」
「えっと…つまり、必要な場所で循環させれば良いと言うことでしょうか?」
「理解が速くて助かるでござる!」
そう言えば、三国武道祭でコインと戦った時に身体強化を足に集中させていたっけ…アホの癖に中々凄いことやってたんだな。
「段階としては、まずは各部位で魔力の循環に慣れて貰うでござる。そしたら少しずつ範囲を広げて…最後は全身で循環出来るようになって貰うでござるよ。魔力の消耗がそこそこあるでござるから夕方のこの時間だけ練習するでござるからな!」
手に魔力を集める事は…出来る。これを循環となると少し勝手が違って難しくなる。イメージでは魔力をぐるぐると手から肘まで回っているのだが…現実ではなかなか動かない。何かが違うんだろうな、これは大変そうだ。
「ちょっと早いけど今日は終わりにするでござる!」
「「「ありがとうございました!」」」
「さ、晩御飯にするでござるよ!」
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