第75話 タロウ、禁忌に触れる
よろしくお願いします!
「んん…寒いぃ…ん?」
最近は朝も肌寒くなってきている。毛布にくるまり寝たはずなのに体の半分しかかかってないが何故か左手が暖かい。
「ん…すぅ…すぅ…」
あれ!?カルミナ??ちょっと待てよ…昨日は先に風呂に入って、一人で寝たはずだ。部屋も別々のはずだぞ?
目が覚めて意識もはっきりとしてくると、左手が暖かい理由も分かった。カルミナが挟んでいるのだ…太ももに。
「寝起きで胸を触るなんてシチュエーションはよくあるかも知れないけど…太ももに挟むとは…カルミナ、逆にレベル高いぞ」
何はともあれ、カルミナを起こさないと動けないし…ランニングの時間もあるから起きてもらわないと。まずはヨダレを拭いてからだな。
「カルミナ、お~い、起きろ~」
「んむむ…む…寒いぃ…」
「ほーら、ランニングの時間だからな、あと話もあるから起きなさい」
「う…ん?あれ?何でタロウがここに?」
「いや、それはこっちのセリフだからな?あと太ももから俺の左手を解放してくれ」
「え…?あ…ちょ、ちょっとタロウ!どこ触ってんのよ!こういうのは、ま…ま…まだ早いんだかりゃあ!!」
「落ち着けって、とりあえず目が覚めたなら準備体操してランニングに行くぞ!」
「何でそんなに冷静なのよ!」
それはまぁ、内心太ももの柔らかさにドキドキしてるが慌てても俺が悪くなるだけだからな。こういうモノは落ち着いてた方が勝てるものだったりする。
◇◇◇
「あぁ…寒い。朝がツラい季節が来ようとしてる…というかもう来てるな」
「た、確かに寒いわね」
この季節は夜が早く、朝も陽が登るのは遅いから暗い時間が少し長く感じる。だが、街の人の動きは変わらずに全体的に朝の暗い内から活動してる人が多く、俺達と同じ様に走っている人達も少なからず見掛ける。
「九重家の敷地が広いから外周を1回走るだけでも結構な距離よね」
「そうだな。あと、2周くらいしたら終わろうか」
「そうね、今日からベリーさんの修行だから疲れすぎない程度にしておきましょ」
俺とカルミナはランニングをし終え、屋敷に戻ってくると玄関でベリーさんが待っていた。
「二人共、おはようでござる」
「ベリーさん、おはようございます」
「おはようございます」
「そろそろ朝食が出来るでござるよ、それまではストレッチをしておくでござる」
「分かりました。あ、そうだ。ベリーさん、カルミナと俺の部屋は別々ですよね?」
「そうでござるよ?どうかしたでござるか?」
「いや~、朝起きたらカルミナが居まして、寝ぼけて来たのかそれとも二人部屋だったのかと思いまして…。カルミナ、部屋は別らしいけど?」
「ち、違うのよ!タロウの部屋を聞いて覗いてみたら既に寝てて…。何だが寒かったし…私も眠たくなって……つ、つまり、タロウが私より先に寝たのが悪いのよ!ふんっ!」
「暴論が過ぎるぞ…カルミナさんよ…」
「まぁまぁ、別に良いではござらぬか。女子の部屋に男子が行くのは外聞が悪いでござるが…逆なら問題無いでござる。しかも、お二人は付き合っているのであろう?婚約しているなら問題ないでござるよ」
「こ、婚約だって!…むふふふふー」
「まぁ、問題ないなら別に大丈夫か…でも、ちゃんと自分の部屋で寝るんだぞ?」
「分かってるわよ!ふふっ」
分かってない顔してるな…なんかカルミナの背景にお花が咲いて見える。
「お姉ちゃーん、タロウさんにカルミナさんも朝ごはんですよー」
「分かったでござる!さ、行くでござるよ」
「うふふー」
朝食を食べ終え修行が始まるその前までカルミナは浮かれっぱなしで、一穂さんや六道さんは微笑ましく見ていたけど桃さんだけは不思議そうにカルミナを見ていた。
◇◇◇
「タロウ君、カルミナさん、桃、体は暖まっているでござるか?」
「はい!」
「じゃあ、修行を始める前に今日のメニューを知らせるでござる。まず、今から素振りを1時間するでござる。その後は木刀や木槍を使って回避や受け流しの練習をするでござるよ。そして、模擬戦をして午前中は終わりにしてお昼にするでござるよ!」
「分かりました。午後はどうするんですか?」
「午後は主に身体能力を高める修行でごさる。素振りの時は自分の武器を使うでござるよ!」
「「「はい!」」」
「よし、じゃあ始めでござる!」
ベリー先生の合図で俺とカルミナと桃さんは各自、それぞれの武器を使って素振りを始めた。
俺は刀を上から振り下ろし、また構えて振り下ろすという普通の素振りをしている。
カルミナは槍で正面を突いて、足下を払って、上から叩く。この3つの動作を繰り返していた。
桃さんが使う武器は薙刀で、つまり俺とカルミナを合わせたような素振りを繰り返している。
「タロウ君、前を向いて振り終わったら、後ろを振り返って下から振り上げるでござる。そしてそこから振り下ろしたらまた振り返って…って繰り返すでござる!」
「分かりました!」
「カルミナさんは、今やってる動作の叩いた後に、槍で突いて回転して、体と矛先を後ろに向けてまた突くという動きを加えるでござる。」
「分かったわ!」
「桃も、薙刀は振り回して斬る事も出来る武器でござるから、多対一を想定して振るでござるよ」
「はい!」
ベリー先生のアドバイスを元に素振りを繰り返していく。いつもやっているただの素振りに少し動きが加わっただけでいつもより力になっているような感じがしている。
◇◇◇
「そこまで!1時間経ったでござるよ!」
「ふぅ…」
「なんか良い感じね!」
「5分程休憩したら次にいくでござるからな!ちょっと木刀とか持ってくるでござる!」
「あ、お姉ちゃん私も行く!」
「カルミナ、一応、5年分は支払ってるけど…」
「分かってるわ。5年も掛けるつもりは無いわよ。いつ魔王が動き出すか分からないからね。でも…なるべく時間は欲しいわね」
「この前の皇帝だってもしかしたら魔王軍の幹部が関わってる可能性も否定は出来ないし、頑張ろうな」
「えぇ、壊させたりしないわ!私とタロウの住む世界を守ってみせるんだから!」
カルミナの気合いは十分みたいだ。負けられないな!
「武器を持ってきたでござるよ~」
「ありがとうございます!」
「さ、やるわよ!」
「気合い十分ですね、カルミナさん」
「それじゃあ、とりあえず拙者とタロウ君。カルミナさんと桃で組むでござる。片方は攻める、もう片方は避けるか受け流すでござるよ。長物を使っている二人は、鍔迫り合いはなるべく無しの方向でやるでござるよ。」
「分かったわ!」
「カルミナさん、よろしくお願いしますね」
「攻守も相手も変えていくから頑張るでござるよ!では、始めるでござる」
槍と薙刀の二人がよく動く事を予想して、俺とベリー先生は少し離れた所でやる事にした。
「じゃあ…タロウ君。避けるか受け流しをして貰うでござるが、この練習をする理由は分かるでござるな?」
「たぶんですけど…1つは、武器を損傷させないため。もう1つは力のある相手だと押しきられるから…ですか?」
「そうでござる!刃と刃。何度も打ち合うとどうしても刃が欠けてしまうでござるからな。出来るだけ足捌きで回避するのがいいでござる。力の強い相手は…タロウ君はオークと戦ったから分かってるでござるな。1回1回受け止めていたら、その度に吹き飛ばされて消耗するでござるから受け流す事を覚えた方が良いでござるよ。」
「受け流すのは具体的にどういった感じでやればいいんですかね?」
「ゆっくり動きながら説明するでござるよ。まず拙者が上からこう振り下ろすでござる、その時にタロウ君がするのは右足を半歩引いて、刀を正面に構えている状態から腕を上にあげて刀の先端は自分の右側の地面に向ける…もっと刀と腕を平行にするでござるよ。刀を横に向けていたら力を逃がせないでござる。」
「二の腕にはくっついてて大丈夫ですか?」
「それは大丈夫でござるが、もっと肘を伸ばして…そうでござる。ちょっと振ってみるでござるからそのままの姿勢でござるよ…はっ」
カン!と木刀がぶつかる音がしたがベリーさんの振った木刀は下へと流される。俺に衝撃はほとんど無い。
「受け流したらそのまま手首を反して攻撃に入るでござるが、とりあえずは最初の構えから受け流し、の練習をするでござる」
「はい!」
最初はゆっくりと流れを確認するように練習をしていった。肘を伸ばしきれてなくて、木刀同士が当たった時に肘が痺れたり、木刀を二の腕から少し浮かせたばっかりに木刀が当たった時の衝撃で自分の木刀でダメージを受けたりと、まだまだスムーズに出来ていない。
「タロウ君、もう少し力を抜くでござる。受け流すのでござるから反撃する時以外はそこまで力はいらないでござるよ」
「は、はい!」
少しずつ少しずつ速さを上げていくが、交代の時間になるまでに普通の速さまでいくことは出来なかった。要練習だな。
「次はカルミナさんがこっちにくるでござる!タロウ君は桃と攻守を交代しながらやるでござる!」
「ありがとうございました。桃さーん、よろしくお願いしますねー」
「はーい!」
「タロウ、薙刀は槍とは違って大振りも多いから気を付けるのよ?」
「そうなんだ、ありがとうカルミナ」
俺はカルミナと入れ違いに桃さんの所へと向かった。
「タロウさん、最初はどちらからしますか?」
「じゃあ、さっきは守りをやったから攻撃の方でいい?」
「分かりました。では、上から振り下ろして貰ってそのまま下から斬り上げる感じでやって貰っていいですか?最初はゆっくりで動きの確認をしましょう」
「では、行きますよ」
ゆっくりと型を確かめる様に上から振り下ろす。それを桃さんが薙刀でさっきの俺みたいに流す。流れのまま斬り上げると薙刀を短く持って長くなった柄の部分で弾かれ、俺の頭に薙刀の刀身部分を持ってくる。
「なるほど、流して叩いて反撃。これが薙刀のやり方なんですね」
「えぇ、持つところの長さを変える動作が流れる様じゃないと失敗しますけどね」
桃さんは謙遜しているようだが、だいぶ滑らかな動きの様に思える。
「じゃあ少しずつ速くしていきますね」
「お願いします」
少しずつペースを上げるが桃さんは綺麗に流し、叩いて反撃をさてくる。流石だった。
「そろそろ交代しましょうか?」
「そうですね…あ、でも刀の流し方しか教えて貰ってないな…」
「そうですね…薙刀の振り下ろしは刀と同じ対処の仕方で大丈夫だと思いますが…突きと柄で叩く攻撃は避けるか弾くで対処ですね。後でお姉ちゃんに詳しく聞かないとですが」
「なら、また型を決めてやりますか。振り下ろしを流す、突きは体をずらして弾く、棒の所の攻撃は避けて反撃…って感じで」
「分かりました!やってみましょう」
俺は桃さん程速くは出来なかったけどそれなりに形になってきているとは思う。
「そこまででござる!ちょっと休憩を入れるでござるからお互いにアドバイスをするでござるよ」
「「はい!」」
俺達はカルミナも集まって3人でアドバイスをする事にした。…と言っても俺とカルミナは初心者だから桃さんの話を聞くくらいだけど。
「タロウさんはまだ力が入りすぎですね。流すときと反撃の時の切り返しも少し甘いです」
「き、気を付けます」
「カルミナさんは流すより弾くのを主体にされるなら、もっと槍の扱いをうまくならないとですね。間合いの取り方は上手なんですけど」
「分かったわ!」
「あ、すいませんつい…」
「いえ、アドバイスを貰えるのは素直に嬉しいですし、気になった事があったらどんどん言ってください」
「そうよ、遠慮はしなくていいからね」
「分かりました!私のダメな所もバンバン言ってくださいね」
休憩の間、3人でどうすれば良くなるかを話してその後の練習で実践して…の繰り返しをしたらいつの間にか午前の修行は終わっていた。
「そろそろお昼にするでござるよ!模擬戦は今日は無しでござる。午後は走るでござるからあんまり食べ過ぎない様にするでござるよ」
「「「はい」」」
お昼は食堂で米に味噌汁、鶏肉を焼いたものに漬け物というメニューを少し量を減らして頂いた。
食べ終わって、まだ休み時間は残っているのでベリー先生に前から聞きたかったことを聞いてみる事にした。
「ベリー先生」
「ん?なんでござるかタロウ君?」
「先生って結婚はされてないんですか?」
食堂が一瞬にして静かになった。凍り付いたと言ってもいい。息をする音も聞こえないくらいの静寂が訪れた。ベリー先生の表情に変化は見えないが、纏う空気が重たくなっていく気がしていた。
「タロウ、何言ってんのよ?ベリー先生に釣り合う男が簡単に見つかる訳無いじゃない。強くて綺麗で面倒見もいいのよ?その辺の男じゃダメなのよ」
カルミナの一言で空気が軽くなった気がした。食堂に居た人達がうっすらと汗をかいている…俺もだが。ありがとうカルミナ、俺は死なずに済んだようだ。
「そうでござるよ!流石、カルミナさんは分かっているでござるなぁ~。私に釣り合う男が居ないのが問題なのでござる。決して『ござるノイローゼ』などと言うもののせいではないのでござる!」
なるほど、ござるノイローゼ…か。強く生きてください先生。俺はこの話題を出さない事を固く誓ったのである。
「それより、タロウ君。午後はの修行では覚えておいてね」
「ひゃ、ひゃい!」
訂正、カルミナ…今日で俺は死ぬかもしれない。
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