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番外編-誠の恋・1-

“恋は突然に”




今までそんな言葉を耳にしてもあまりピンと来なかった。


一目惚れなどした事がなかったし、する事はないと思っていたから――。






     ◆  ◆  ◆






俺がシュウさん達の合宿にお邪魔させてもらって三日――。




食堂で男子バスケ部のみんなと昼食を摂っていると、また新たに団体さんが合宿に来たらしい。


ゾロゾロと食堂に入って来た。




「琴美~っ♪」


――と、思ったらその団体の中に姉ちゃんと小学校の頃から仲の良い藤村先輩がいた。


という事は姉ちゃんとシュウさん達と同じ高校の女子バレー部だ。




「メグちゃん♪」


姉ちゃんは女子バレー部のみんなの分のおかずを用意しながら小さく手を振った。




(お?)


そして藤村先輩の少し後ろに背の高い女の子がいた。


ポニーテールで目がクリッとしている子だ。


多分、三年生から順に並んでいるから後ろの方にいるという事は一年生だろう。




(……か、可愛い)




「誠、どうしたんだ?」


隣で一緒にご飯を食べているシュウさんが箸が止まった俺の顔を不思議そうに覗き込んだ。




「あ……いや……なんでもないっす」


慌てて平静を装い、彼女に見惚れていたと自覚する。




そう……、俺はあの子に一目惚れをしてしまったのだ――。






     ◆  ◆  ◆






昼休憩が終わって体育館で午後の練習が始まった。


半分はシュウさん達男子バスケ部が、もう半分は藤村先輩達女子バレー部が使う事になった。


シュウさんの話では学校でも同じ様に体育館を半分ずつ使っているのだとか。






「誠、そろそろ休憩取らないと」


そして午後の練習開始から一時間が経過した頃、シュウさんに言われた。




「はい」


正式に入部すれば走り込みを繰り返して基礎体力を作るからみんなと同じ様に練習が出来るけれど、


まだ中学三年生の俺は基礎体力が他のみんなと違うからという事で一時間毎に休憩を取っている。


毎朝の走り込みも民宿の回りをみんなは二十周しているけれど俺は十五周で終わり。


俺的にはシュウさん達と目一杯一緒に練習したいところだけど顧問の岡嶋先生からの命令だから仕方がない。




俺はタオルで汗を拭きながら何気なく隣で練習をしている女子バレー部に視線を移した。


すると、セッターの藤村先輩がトスを上げ、アタック練習をしていた。


次々とコートにボールが打ち込まれていく中、あの子の順番が回ってきた。


トスが上がり、高くジャンプをしてアタックをする。




(ほわぁ……すげー……)


そもそもの身長が高いというのもあるが、彼女は他の部員よりも明らかにジャンプ力があって打点も高く、


そしてなによりアタックの威力が半端なかった。


ボールを打つ瞬間の音だけを聞いていてもわかる程だ。




(もしかして、エースアタッカーなのかな?)


そのままジィーと見ていると彼女が俺の視線を感じたのかパッと振り向いた。




(おぉっと!?)


俺は慌てて視線を外した。




(やべぇ、やべぇ)




「誠、何してんの?」


すると、いつの間にか姉ちゃんが俺の背後に立っていた。




「おわっ!? ねねねねね、姉ちゃんっ?」


まさか姉ちゃんがいるとは思わなかった。


一気に変な汗が出てくる。




「何でそんなに慌ててんの?」


不思議そうな顔を浮かべて何かを抱えている姉ちゃん。


その後ろには俺の従兄弟でここの民宿の跡継ぎの貴兄もいる。




「べ、別に慌ててないよ。それより、どうしたの?」




「バスケ部とバレー部のみんなに冷たいおしぼりと地元の燻製屋さんから切り落としのハムを貰ったから、


 それでチャーハンを作っておむすびにして来たの」


親戚がやっている民宿では、よく地元の企業から切り落としや試食品、後は形が悪くて製品に出来なかった物なんかを貰ってくるらしい。


それを叔父さんや叔母さんがこうして差し入れという形でお客様に提供しているのだとか。




「へぇー、美味しそう♪」




「誠、岡嶋先生に『民宿からの差し入れです』って伝えて来て」




「りょーかい♪」


俺がそう返事をすると姉ちゃんは隣の女子バレー部の方へおむすびとおしぼりを運んで行った。






「うん、美味い♪」


バスケ部全員の手に冷たいおしぼりと温かいおむすびが渡ると、シュウさんはおしぼりで手と顔を拭いた後に


おむすびにパクついて幸せそうな顔でにんまりと笑った。




(シュウさん、子供みてぇー)


バスケをしている時はものすごく真剣な顔をしているのに。


姉ちゃんはこのギャップにやられたのかな? なんて思ってしまった。




おむすびはハムとレタスと玉子のチャーハンを握ったシンプルなもの。


味付けもハムの旨味とレタスと玉子の素材の味を生かすように塩コショウだけ。


多分、練習中の俺達には喉が渇きそうな濃い味付けよりも適度にお腹も満たされて塩分補給を出来るようにと


気を遣ってくれたのだろう。




(うまっ♪)




姉ちゃんは女子バレー部の方で藤村先輩と一緒に談笑していた。




「これ、琴美が握ってくれたおむすびかなぁ~?」


そんな事を言いながらまた一口おむすびに噛り付くシュウさん。




俺はこの合宿に思わぬ形ではあるけれど参加させて貰って姉ちゃんとシュウさんの関係を羨ましいと思うようになった。




俺が初めてシュウさんと会ったのはもう一年以上前の事。


練習試合の帰り、電車に乗って帰っていると姉ちゃんとシュウさんが通う高校の最寄り駅で二人が一緒に乗ってきた。


その頃はまだ“ただの友達”だったけれど俺にはわかっていた。




“シュウさんはきっと姉ちゃんの事が好きなんだ――”




帰宅ラッシュで混雑する電車内で姉ちゃんが他の乗客に押し潰されないよう庇うようにして立っていたシュウさんの姿を見てそう思った。


尤も、当の本人・姉ちゃんの方はそんなシュウさんの気持ちなんてまるで気付いてないみたいだったけれど。




でも、今は二人を見ていて“とてもお似合いのカップル”に見える。


なんだかんだ言ってお互いがお互いの事を思い合ってる。


だから、そんな二人がとても羨ましく思えるんだ――。






     ◆  ◆  ◆






――数日後の夜。




夕食が終わってシュウさんが姉ちゃんと会っている間、俺も外の風に当たろうと民宿の玄関を出ると、


隣にある体育館からボールを打つ音が聞こえてきた。




(まだ誰か練習してるのかな?)


そっと開いている扉から覗いてみる。




(……あ)


すると、それはあの子だった。


一人で壁打ちをしている。




「……?」


彼女は俺に気が付くと壁打ちを止めて顔を向けた。




「あ……、なんか音が聞こえたから、まだ誰か練習してるのかなー? って」




「一年生はお風呂に入る順番が一番最後だから待っている間に練習しようと思って」




「練習キツいのに、疲れてないんですか?」


この高校の女子バレー部はインターハイの常連で常に上位の成績を収めている。


半端な練習量ではないはずだ。




「疲れてない訳じゃないけど、少しの積み重ねが大事だと思うから」




確かにそうだ。




そして、彼女が再び壁打ちを始めると傍に置いてあった彼女の携帯が鳴った。




……RRRRRR、RRRRRR、RRRRRR――、




「はい……うん、わかった。すぐ戻るね」


そう返事をして電話を切った彼女。




「私、お風呂に行くから。じゃあね」




「あ、はい」




バレーボールを抱えて靴を履き替える彼女。


すると、何を思ったのか俺の方に振り向いてこう言った。


「おせっかいだとは思うけど……君も休んでばかりいないでまともに練習に参加したら?


 どうして岡嶋先生や部員のみんなが何も言わないのか、私には不思議でならないわ」




「あぁ、えっと、俺……」


事情を説明しようとしている間にもスタスタと民宿の方に戻って行く彼女。




(えぇー? 人の話も聞かないでなんで行っちゃうかなぁ?)


なんとなくムカついた。


ついさっきまでのあの子への感情がなくなり、メラメラと燃えるような対抗心に変わる。




……所詮は一目惚れだったのだ――。






     ◆  ◆  ◆






――翌朝。




「あれ? 誠、これ十六周目だぞ?」


いつものように朝のロードワークを始めて十六周目。


俺がそのまま走っていると隣を走っているシュウさんが苦笑いをしながら言った。




「今日からみんなと一緒のメニューにするっす!」




「大丈夫か?」




「はい!」


だって、自分が練習熱心だからかどうかは知らないけど、まるで俺が練習を本気でやってないみたいな言い方をされては


どうにもムカつく。


俺だって本当はみんなと一緒に同じ練習メニューがしたい。


それをこなすだけの体力だってあると思っているんだから。

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