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憤怒

「は……?」


 場所は変わって京とリースの部屋。

 京が身請けされ、後々必要なモノは送ると言われ地下闘技場を後にした翌日、京は今頃屋敷に到着している頃だろう。

 昨日から一睡もせずに京を待っていたリースは、今朝早く部屋にやって来た係員に、らしくもない呆然とした顔を晒していた。それは(ひとえ)に、予想外の情報を聞いたから。


「……ごめんなさい、昨日から一睡もしていなくて、きっと寝ぼけていた、もう一度言って欲しい」


 淡々と、何でも無いようにリースは繰り返す。その額を軽く小突き、幻聴だったのだろう先程の言葉を振り払った。しかし、目の前の係員は同じ言葉を繰り返す。


「だから、君の同室(ルームメイト)は身請けされたんだって、昨日の昼頃に、詳しくは聞いていないけれど、大分良いところの貴族様に引き取られたらしいよ、それで彼の私物を片付けに来たんだ」


 その言葉は無慈悲にリースを貫いた。聞き間違いだ、幻聴だ、そう思いたいのは山々だがリースの冷静な部分が、コレは現実だと囁く。

 身請けされた、誰が?――京が。

 それで、私物を片付ける。つまり彼はもう戻ってこないという事だ、何故?

 係員の言葉が信じられず、リースはグルグルと思考を回す。京が身請けされた、どこぞの貴族に、しかも私に何も告げずに。

 嘘だ、ハッタリだ、あり得ない、あり得る筈が無い。


「嘘、嘘……」


 両手で頭を抱えて蹲る。

 シーツに包まれば、未だに京の香りが残っている。昨日まで此処は二人の居場所だったのだ、彼の、そして自分の家だったのだ。リースは知らず知らずの内に涙を流した、胸が張り裂けそうだった、唯一無二の人が消えてしまう、その絶望感。


 リースは最初悲しんだ、どうしようもなく悲しくなった。

 次に怒りが込み上げて来た、それは京を身請けしたと言うどこぞの貴族に。

 京は誰かに身請けされる事を嫌がっていた、リースが身請けすると言っても頑なに拒んだ位だ、唯一無二の愛する人すら拒んだのだ――

 それが、どこの誰とも知らない貴族に身請けされるなんて【あり得ない】

 何かある、裏がある。

 絶対に。


 ならばと、リースはシーツを跳ねのけてベッドから飛び出す。こんな場所で悲しんでいる暇は無いと、部屋から出る為に扉へと飛び付いた。


「ちょちょ、待って! 何処に行くつもり!?」


 係員の若い男が飛び出したリースの前に立ち塞がる。リースは扉まであと数歩と言う所で止まり、男を睨みつけた。


「退いて」

「そ、それは無理だよ、オーナーから言われているんだ、今日は試合の日だろう!? あと一時間で入場だ、それまでは待機だって!」


 男はリースの眼力に怯みながらも、辛うじて職務を全うしようとしていた。念を押されて頼まれた事だ、恐らく京が去ったと聞けばリースは後を追うだろうと、オーナーの予想は当たっていた。


「そんなの知らない、あのクソ爺(オーナー)の所に行く、私はもう奴隷じゃない、此処の人間に指図される謂われはない――退いて」


 僅かな殺意を込めて放たれた言葉に、男は自身の危機を感じ取る。しかし、彼とて雇われてこの場に立っている。職務に忠実なのは裏社会では当然の事だ、ましてや尻尾を巻いて逃げるなど論外。


「契約違反だ! ここで闘士をやる以上、試合の参加義務がブぅあガッ!?」


 男が理詰めで彼女を部屋に留めようとした瞬間、その腹目掛けて氷の塊が突き刺さった。それは拳ほどの大きさで、凄まじい速度で飛来した。氷柱(ツララ)の様な尖ったモノではなく、球状の物体。

 鳩尾にそんなモノを受けた男は悶絶し、そのまま(うずくま)ってしまう。


「弱い癖に、邪魔しないで」


 蹲った男を蹴り飛ばし、男は言葉も無く横に転がる。闘士でも無い男は不意の一撃によって完全に心を折られ、そのままリースを引き留める事は叶わなかった。

 扉を開けたリースはそのまま勢い良く走り出そうとする。まずはオーナーに逢って問い詰めなければならない。

 しかし、部屋を飛び出した瞬間、リースの足元から眩い光が奔った。


「ッ!?」


 リースが一体何だと足元に視線を落とせば、白い線で複雑な模様が石床に描かれていた。リースはそれを知っている、良く知っている。

 転移魔法陣――あらかじめ決めた位置に模様を描き、魔力を込めることによって発動する魔法の一種。ただし使用できるのは魔力を持つ者だけで、彼女の足元に描かれた模様の指定条件は一つ。

 魔力を持つ人物の無差別転移。

 明らかな狙い撃ち、リースが無断で部屋を抜け出すと分かっていた仕打ち。


「こんのッ!」


 リースがこれを仕掛けたであろう人物に呪詛を吐く前に、彼女の姿は掻き消えた。

 そして僅かな視界のブレの後、開けた視界に見えたのは――馴染みのある光景。

 歓声、熱狂、絶叫、人々が拳を突き上げて自分を取り囲み、頭上からは眩い光を放つ魔法石。通いなれた場所、フィールド・アリーナ。

 リースが突然の事に困惑し、周囲を見渡していると、アリーナの入り口に見知った男の姿が見えた。無数の観客を招き、この場所を作り上げた張本人が。


「ッ――ルドワークぅッ!」


 憤怒の雄叫び。

 呪い殺してやると言わんばかりの声色に、ルドワーク――オーナーは煙草を吹かしながら肩を竦めた。


「まぁ、そうなるわな――可愛い息子の門出を祝う位、良いじゃねぇか別に、ちっと早すぎるぜリース、もう少しゆっくり部屋で(くつろ)げよ」

「黙って、京は何処に居るの、誰に身請けされたの、答えて!」


 フィールドの中央に居たリースは、ズンズンと足を進めながらオーナーを問い詰める。しかしオーナーは全く話を聞かないリースの姿に、どこか呆れた様な表情を晒し、呟いた。


「はぁ………黙れと言う癖に答えろともいう、ちったぁ落ち着けよ――龍種(ドラゴニア)


 その言葉を聞いた瞬間。

 ピタリと、リースの足が止まった。

 それは彼女にとっての禁句だった、逆鱗であった。

 その単語を聞いた瞬間、僅かに眉間に皴が寄っていただけのリースの表情が、般若の様に歪んだ。それに引きずられる様にして彼女の周囲に炎が吹き上がり、白い肌の上に鱗がプツプツと浮き上がる。

 その瞳孔は開かれ、額からは二本の角が生え揃う。それは京には見せなかった姿、もう一人のリース(彼女)

 リースは好んで京の戦いを観戦していた、けれど京がリースの戦いを観戦した事は無い。彼女が何度も念を押して、「私が戦う姿は、見ちゃ駄目」と言い続けたからだ。故に京は知らない、この姿の事も、力の事も。


「言ったな、人間(ヒューマン)、理解した上で――言ったな……?」


 リースは激怒する、神羅万象全てを焼き尽くす炎を纏いながらオーナーを睨んだ。その殺意に満ち溢れた視線は、例えどんな豪傑であろうと怯んでしまう程だった。しかし、オーナーは決して退かない。


「おぉ怖い怖い、そんだけ京の事が気に入っていたって事か――まぁ、そんだけ好いておいて、悪いんだけどよ、アイツの事は諦めてくれや、京には普通の幸せって奴を手に入れて欲しいんだわ……それに、オレも随分歳を食った、親父が死んだ歳より五年も長生きしちまった、もう良いだろう、潮時だ、ンだからよ」


 オーナーはそこまで口にして、パンパンと手を二度叩く。するとオーナーの後ろ、選手入場口――ゲートから何人もの闘士が現れた。その数は十、二十、三十と増えていく、どれも知らない顔ばかり、恐らくこの時の為に雇った闘士だ。


 ――自分が死ぬと、理解している闘士だ。


「さぁて、今日も御集りの皆さまッ! このグラモワール闘技場、最初で最後の大乱闘ッ! 主役は皆様もご存知、我が闘技場の(プリンセス)、リース・ヴァルヘイルッ! 対するは他所闘技場から買い集めた歴戦の闘士百名ッ、雑兵と侮るなかれ、出身はグルードの軍事国家育ちッ、並みの闘士とは訳が違うッ!」


 闘技場に鳴り響くアナウンス、それは他ならぬオーナーの声。スペシャルマッチだと、何かのイベントの一つだと、そう客に叫び伝える。成程、リースをこの場に留める為の戦いですら、この男はビジネスにするつもりなのだと。

 ぞろぞろとフィールドに足を踏み入れた闘士が、リースを囲う様に並ぶ。その手には一本の剣、素手格闘が主であるこの闘技場では異例の事態。リースは彼らが純粋な闘士では無い事に気付いた、余りにも剣を持つ手が自然である為に。

 その様子は拳で戦う人間ではないと、そう彼らは、戦場で戦う様な――兵士だ。


「どちらが勝つか、最強に挑む百名の勇者か、はたまた闘技場の(プリンセス)かッ!? さぁ、竜退治(ドラゴン・スレイヤー)の伝説に挑む歴史的な瞬間、人々(同胞)よ――ご照覧あれッ!」


 そう、大仰に手を広げて叫んだオーナーは、自らも一本の剣を掴んだ。そしてリースの前に立つ。

 堂々と、悠然と。


「――碌に剣を振った事も無い商売人(ゴミクズ)、死ぬと理解(わか)って挑む気?」

「なぁに、人間五十年、ちぃと長く生き過ぎた、死に刻位、自分で選ばせてくれや」


 対峙する両名、今にも射殺してやらんとばかりの視線を向けるリース。そしてリースの視線を一身に受けながらも不敵な笑みを絶やさないオーナー。

 リースが全身から一際強い炎を噴き出し、オーナーと闘士諸君が剣を構える。人類が龍種へと挑む、圧倒的強者に、種族的弱者が。闘士たちの額に一筋の汗が流れた。


「お前は容易く殺さない――京の場所を吐くまで、精々苦しめ」

「そりゃぁ良い、手加減してくれるなら大歓迎だ、精々お手柔らかに頼むよ」

「京の居場所――絶対吐かせる」

「――死んでも吐かねェよ、やってみろ童」


 大勢の人類が見守るフィールド・アリーナ。熱狂、歓声、それらが世界を包む中、二人の人生を左右する戦いが始まろうとしていた――





「どうして邪魔するのッ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねッ!」

「龍種の繁殖能力は知っているぞ畜生めッ! アァ、リース!? お前、京が寝ている間に何回襲ったよ!? アイツの食事に睡眠作用のあるカルフェ草を入れたのは知ってンだぞ!?」

「ん、なっ――お、襲ってなんて無い! あ、あれは唯、ちょっと京が疲れ気味だったから、私は京がゆっくり休める様にって……!」

「休めるどころか枯れて死ぬわッ! オメェ、加減ってモンを知らねぇンだよ! アイツの次の日の顔を見ただろうが、カッサカサのホッソホソだったぞ!? あの巨躯が見る影もねぇ! お前どんだけ搾り取ったんだよ!?」

「じゅ――十回しかしてないもんッ!」

「充分多いわ色ボケ龍種(ドラゴニア)がァッ!」

「あぁあッ!――また言った! また言った、龍種(ドラゴニア)って!」

「何回も言ってやるわバーカッ! バーカバーカッ! この色狂いのヘッポコドラゴン!」

「ッぅ――! 殺すッ、絶対殺すッ!」

「ハハハハッ、ノロマの龍種(ドラゴニア)! やってみろ龍種(ドラゴニア)! おぉ? ほら来いよ龍種(ドラゴニア)!」

「っ、待て……! 逃げるな商売人(ゴミクズ)ッ!」

「ダッシュッ、商人(ルドワーク)ダッシュッ……! 走れッ、風の如く――!」




 ……始まろうとしていた――!



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