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季節の女王さまと塔の人たちのおはなし

作者: 小鳩子鈴

 

 あるところに、ひとりの王様が治める国がありました。

 国は大きく、住む人々は豊かでした。

 この国には四人の女王さまがいらっしゃいます。女王さまは春・夏・秋・冬それぞれを司る『季節の女王さま』で、この王様の国を平和に保っていました。


 大きな国のはじっこに、森に囲まれてひっそりと建っている美しい塔。

 女王さまたちはこの『季節の塔』におひとりずつ順番にお住まいになり、それぞれの季節を巡らせていくのです。

 春の女王さまが塔にいらっしゃる時は春が、夏の女王さまがいらっしゃる時は夏が……女王さまの交代とともに、この国の季節も変わっていくのでした。



 巡る季節を司る塔には、たくさんの人たちが働いています。

 門を守る番人や美しい庭を作る庭師たち、キッチンで働く料理番、それにもちろん、季節の女王さまのお手伝いをする侍女たちもいます。

 みんな、どの季節の女王さまにも一生懸命お仕えしましたが、四人の中で一番好かれているのは冬の女王さまでした。


 萌黄もえぎ色の瞳をした春の女王さまは、とても元気。

 朝から晩までじっとしていることがありません。塔のお庭に出たり、森の奥まで行ったり。雨の日だって傘をさして出かけてしまいます。

 だって、春の女王さまは樹々を芽吹かせ、川の氷を溶かし、国全体に新しい春を行き渡らせなくてはなりませんから。

 春の間中、毎日毎日外に出かけてばかり。森中の生き物たちと仲良しです。

 少しでも珍しいものを見つけるとさあっと走ってどこまでも行ってしまう春の女王さまを追いかけて、御付きの者も塔の人たちも、すっかり疲れてしまうのでした。


 淡い空色の瞳の夏の女王さまは、反対にとてもおしとやか。

 強い日差しを避けるために霞のようなベールをまとい、塔のベランダから先へは決してお出になりません。

 涼やかな夜を国中に届けるために、お日様が輝く暑いお昼間は塔の北側の一番涼しいお部屋でお休みになります。

 大きな窓に吊られたレースのカーテンや、優雅な寝台に掛かる()()織の天蓋には、小さな星屑でできた鈴が付いていて、風が揺らすたびに、ちりり、ちり、とささやかな響きを奏でます。

 穏やかでひっそりとした時間が好きな夏の女王さまが眉をひそめて悲しい顔をしないように、塔の人たちも声も出さず静かに静かにしなくてはいけないのでした。


 深いはしばみ色の瞳をした秋の女王さまは、威厳たっぷり。

 刈り入れを迎える畑を守り、森も川も満足するくらい十分な恵みを与えます。朝起きてから夜お休みになるまで、一秒の無駄もなく物事を進める女王さま。

 春の女王さまのように、塔の人たちを誘って森でピクニックもしません。夏の女王さまのように、月の下で歌い星のかけらを降らせてくれることもありません。

 秋の女王さまは立派なお方です。でも、塔の人たちに用事を言いつける以外で話しかけることなどありません。身の回りのお世話をする侍女たちにすら、笑いかけることもないのです。

 秋の女王さまには、料理番も小間使いもみんな同じにしか見えていないようでした。


 黒に近いほど濃い藍色の瞳の冬の女王さまは、いつもにこにこ。

 冬の間ゆっくり休んで元気を蓄える森が退屈しないように、いくつも面白いお話を聞かせてくれます。晴れた日は雪のお庭で綿の入った暖かいコートを羽織り、吹雪の夜は燃える暖炉の前で。冬の女王さまの様々なお話に、塔のみんなもつい引き込まれてしまいます。

 雪遊びだってしますし、カードゲームも得意です。粉雪で作るクリームパイや、つららのキャンディバーはみんなの大好物。

 名前を呼んで、楽しいお話をしてくれる冬の女王さまが、塔の人たちは一番大好きでした。


 今年も色付いていた森の木々が葉を落とし始めると、秋の女王さまから塔を交代する時期が近づいてきます。お庭に舞い落ちる葉を集めながら、塔のみんなは詰めていた息をほっと吐きました。

 すっかり葉がなくなった枝を冷たい風が通り抜けたその日。

 待ち望んだ冬の女王さまの馬車が見えた時には、塔のてっぺんの見張り番がこっそり踊って喜んだほどでした。


 秋の女王さまをお見送りすると、くるりと振り返った冬の女王さまの目の前には、ワクワクとした顔を隠しきれない塔の人たち。

 ふっくらとしたお姿の女王さまは雪模様のドレスです。高く結い上げていた黒髪からかんざしをさっと引き抜くと、背中までの長い髪の毛をぱさりと揺らしてにっこり笑いかけました。


「ああ、肩が凝った。さあ、今年も来たわ! よろしくね、みんな。マージ、元気そうでよかったわ。 サミー、お母さまはお達者? ビル、あなたの料理が待ち遠しかったのよ」


 一人ひとりの名前を呼んで挨拶をしてくれる女王さま。

 侍女のマージは嬉しくって精一杯お仕えしようと両手をぎゅっと握りましたし、馬番のサミーは馬車をもう一度ピカピカに磨こうと思いましたし、料理番のビルは今日のデザートをもう一つ作ろうと決めたのでした。


 それからは、思った通りの楽しい毎日です。愉快な遊びも面白いお話も、たくさん知っている冬の女王さま。ふくよかな頬にはいつもえくぼがあって、塔のみんなもつられてにこにこです。

 一年のどの季節よりもあっという間に時間は進み、女王さまごとに用意してある日めくりの暦はだいぶうすくなりました。

 一枚、また一枚とめくられる暦が薄くなっていくのとは反対に、塔のみんなの心には、冬の女王さまにずっとここにいてほしい、という思いがどんどん大きくなりました。


「ねえ、冬の女王さまに、もう少しだけ塔にいてもらえないかしら」

「僕ももっとお話し聞きたい」

「女王さまの好物、まだ全部お出ししていないんじゃよ」

「雪舞草だってまだお見せできていないよ」


 誰ともなく言い出したその日から、暦はそっと奥に片付けられ、時告鳥さえおとなしくなりました。

 次にいらっしゃる順番の春の女王さまを引き止めておくために、塔一番の音楽家と絵描きがいそいそと出かけました。

 女王さまは、自分で日を数えることをしません。塔の中の変わらない毎日に満足するみんなは、森の外の国中にも冬が取り残されていることをすっかり忘れてしまいました。


 いつまでも終わらない冬を塔の外の人たちは最初不思議に思い、だんだんにすっかり困ってしまいました。秋にたっぷり蓄えた食べ物も、暖炉の()()も、残り少なくなってきました。

 雪と氷の寒い日が続き、このままでは小麦も育たないまま、国中が凍りついてしまいます。

 季節の塔の女王さまの交代がうまくいっていないことに気づいた王さまは、慌てて広くおふれを出しました。


『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう……』


 けれど、どんどん強くなるばかりの止まない吹雪に拒まれて、誰もお城にも塔にも近づけないのでした。



 楽しく過ごしているはずの塔の中で、冬の女王さまが少し変わったことに最初に気づいたのは侍女のマージでした。

 ふくふくしていた頬が、ほっそりとしてきたのです。柔らかかったえくぼもうっすらとしか見えません。

 料理番のビルに聞いても、お出しするお料理に変わりはないと言うし、風邪をひいたご様子もありません。心配しながらも、女王さまも何も仰らないでいるうちに、頬だけでなく体全体がどんどん痩せてきてしまいました。


 慌てて侍医を呼びましたが、女王さまはお病気ではないと言います。ベッドに横になった女王さまは、痛いところもないけれど体に力が入らない、と困った顔です。

 栄養のあるものを食べるといい、と言われて塔の蔵を開けてありったけのご馳走を用意しても、女王さまはどんどん痩せて、背も低く、髪も短く、体も小さくなっていきます。


 とうとうある朝、侍女のマージが起こしに行くとベッドの中の冬の女王さまは、小さな痩せっぽちの女の子になっていました。


 驚いた塔のみんなは、王さまのところへ相談をしに行くことにしました。

 どんな雪道でも走ることができる、冬の女王さまの特別馬車を馬番のサミーが一生懸命に走らせます。

 お城についたみんなは、冬が終わらずに困り果てていた王さまに大喜びで迎えられました。


 塔のみんなは知りませんでした。

 国中に季節を行き渡らせるために、女王さまたちは特別な力を持っていらっしゃることを。

 ご自分の季節の間だけ十分に使えるように溜めたその力がなくなると、女王さま自身の命を使っていくことを。

 そしてそれを女王さまは自分で止めることができないことを。


 みんなは泣きました。もう少しだけ長く一緒にいたいと願ったことが、大好きな女王さまの命を縮めていたなんて。

 大急ぎで春の女王さまの屋敷へ向かい、絵と音楽を楽しんでいた萌黄色の瞳の女王さまを連れて、そのまま季節の塔へと馬車を走らせます。

 春の女王さまが慰めても、みんなの涙は止まりません。

 馬車は飛ぶように走りましたが、まるで蟻がのんびり散歩しているかのようにしか思えませんでした。


 ようやく塔の冬の女王さまのお部屋についた時、そこにいたのは可愛らしい赤ちゃんでした。

 深い藍色の瞳に黒い髪、白いほっぺに見慣れたえくぼ。春の女王さまに抱っこされて、赤ちゃんになった冬の女王さまは機嫌よく腕を動かします。

 お疲れさまでした、交代ですよ。

 頬を寄せて挨拶をした春の女王さまは、雪模様のドレスで大事に包んだ冬の女王さまを、そっと帰りの馬車に乗せました。


「さあ、泣いている暇はありません。これから忙しくなりますよ!」



 遅れてやってきた春に、国中は大忙しでした。

 雪解け水が多くて川が溢れそうになったり、時期を逃した花が一斉に咲いたり。鳥たちもつがいを見つけるのに大わらわ。

 春の女王さまがいつも以上に熱心に飛び回ってくださったので、夏になる頃にはすっかりいつも通りになりました。塔のみんなもへとへとでしたが、文句を言う者はありません。

 何事もなかったかのように夏が過ぎ、秋が来て……とうとう、冬の女王さまが、また塔にいらっしゃる日になりました。


 お元気になられただろうか、自分たちに怒っていないだろうか。

 ずらりと並ぶ塔のみんなの心臓のドキドキいう音が広間中に響き渡りそうです。

 馬車の止まる音、コツコツと響くいつもより軽い靴の音。高々と鳴り響く歓迎ラッパの音とともに涙を溜めた目が一斉に向かった大扉の向こうには、門番の半分ほどの背になった冬の女王さまが、にっこり笑っていらっしゃいました。


「さあ、来たわよ。みんな、今年もよろしくね!」


 広間はわあっと大歓声に包まれました。泣き笑いの拍手の中、並んで立った秋と冬の女王さまはまるで母娘のようです。

 秋の女王さまは、冬の女王さまをじっと見つめると面白そうに言いました。


「これは、冬の。なんと可愛らしいこと。妾も少し長居すべきか」

「まあ、秋の。そうですわね、少しだけならよろしいかもしれませんわ」


 微笑みあって、頬を寄せて挨拶を交わすと、秋の女王さまは名残惜しそうに塔を後にしました。

 今年の冬の女王さまの最初の仕事は、真っ赤な顔で涙を流して謝る塔のみんなを泣き止ませることでした。



 冬の女王さまが元の通りのお姿に戻ったのは、それからいくつかの冬を迎えた後のこと。

 いつもより長い冬のあったその年から、きちんきちんと巡っていた季節が、たまに長引いたりするようになったということです。





 おしまい



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