迷い人
よく考えたらボスでE+ランクって弱くね?と思い
前話のボス級魔物の強さをE+ランク→Dランクに訂正しました。
先が見通しずらい闇の中、緩い勾配の階段を真っ直ぐ駆け下りて行く。
疲れの抜け切れていない身体は未だに重く感じるが、それでも少しでも早く下層へ辿り着くべく、暗い闇のトンネルを突き進んでいく。
すると奥に小さな灯りが見えた。
五層への入り口だ。
駆け降りるスピードを落とさぬまま入り口に突っ込むと円形の大広間に出た。
その大広間には私が入ってきた出入り口以外にも一定間隔ごとに出入り口があり、奥には上への階段が見える。
どうやらここは複数の通路が交わるエントラスホールみたいだ。
縁に綺麗な紋様が彫られた出入り口の中で、一つだけ他とは違う紋様が彫られた出入り口があった。
そちらを覗くと松明に照らされた通路があり、奥にはもう一つ広間が見えた。
私は躊躇無く通路を進み奥の広間、ボス部屋へと踏み込んだ。
そこはこの探索中に見た広間の中で一番広い場所だった。
バスケットコート二つ分はありそうな空間、その中心にそいつは居た。
まず目に入ったのは筋肉で引き締まった2メートルはあろう群青色の肉体。
腰元には黒い皮を巻きつけており、手に握られているのは木を削って作られたと思しき棍棒。
特徴的な尖った耳、額には短い角が生えているその姿はある魔物を連想させる。
「ゴオオオオオオオオオオオオッ!!」
その魔物、中位小鬼はギロリと侵入者である私を睨みつけると鋭い咆哮を上げた。
「ひいっ! いやぁ……」
殺気を放つホブゴブリンの姿に目を奪われていると、か細い声が聞こえた。
声が聞こえたのは奴の足元、そこに地面にへたり込んだ少女の後ろ姿があった。
奴から逃げ回っていたのか、背中辺りまで伸びた黒髪はボサボサに乱れ、着ている白いシャツや紺色のスカートは砂埃で汚れてしまってる。
もしかして一般人!?……いや、そんな馬鹿な。
迷宮の入り口にはゲートがあるからバレないよう入るのなんてできっこないし、ここが危険な場所だってことは子供でも知ってる。
一般人が居る筈がない。
しかし戦いを生業とする者のが持つ独特の雰囲気が彼女から感じられない。
武器も持たず只々震えている少女の姿はどう見ても冒険者のようには見えなかった。
「グルルルルルル」
「チッ」
あまり悠長に考えてる暇は無さそうだ。
ホブゴブリンが唸りながら少女に手を伸ばすのを見て私は一旦思考を中断する。
数珠に魔力を流し、更に手で印を組むことで複数の術式を同時に形成、魔法の構築スピードを速めていく。
術式が完成するとポーチからダガーを引き抜き、ホブゴブリンに向けて放った。
ホブゴブリンは飛来するダガーに気付き、棍棒を盾にして受け止めようとする。
だが、そんな行動は無意味だ。
「術式解放、『虚無の幻影』」
私が唱えるとダガーが虹色を輝きを纏う。
そして次の瞬間、ダガーが数十もの数に分裂した。
「ギギッ!?」
驚愕に眼を見開くホブゴブリンに大量のダガーが殺到する。
ホブゴブリンは咄嗟にその場から大きく飛びのき、ダガーをかわした。
「早くそこから下がって!!」
私は少女からホブゴブリンが離れたのを見るとすぐに次の魔法の構築を開始した。
ホブゴブリンが敵意を漲らせこちらに向かって来るが、半分も距離を詰めないうちに魔法の構築が終わる。
「『闇夜の帳』」
魔法を発動すると私の身体から魔力が噴出する。
魔力は闇夜を再現する黒霞へと変換され、瞬く間に周囲の空間を覆いつくした。
視界を闇に閉ざされ、ホブゴブリンの足が止まった。
私が何処にいるか分からないのだろう、辺りを見回し立ち尽くしている。
私はホブゴブリンの足が止まってる間に足音を立てないように移動を開始した。
向かう先は少女の所。
少女はまだ先程の位置から動いておらず座り込んで震えていた。
そんな行動が一般人染みていて、何故こんな所に居るのか益々分からなくなる。
事情は分からないがとりあえず少女を連れてここから離脱する事にしよう。
足手まといを守りながら闘うなんて私には荷が重い。
お姫様を守りながら闘うのは騎士様の役目、しがない妖術師である私はさっさと逃げるに限る。
だが私はここで一つ、ミスを犯してしまう。
私は静かに少女の元に走り寄ると耳元でそっと囁いた。
「何してる、早く逃げるよ!」
すると少女はビクンッと身体を大きく撥ねさせ……
「きゃああああああああああああっ!!!」
絶叫を上げて逃げ出した。
あっ、やべ。
そういや『闇夜の帳』って範囲指定魔法だから私以外敵味方関係なく視覚阻害をかけちゃうんだった。
目が見えない中、いきなり耳元でかけられたら……そりゃ、ビビッちゃうよね。
しくったわ。
私は急いで少女の後を追いかけようとして、そこでようやく私は自分の犯したミスにより事態が最悪の方向へと向かってしまっている事に気が付いた。
少女の走ってる先、そこには………
「っ!! そっちに行ったら駄目えええっ!!」
私は叫ぶが少女は止まらなかった。
そしてそのまま走っていく……群青の悪鬼の下へと。
未だ『闇夜の帳』で視界が閉ざされてる中、少女の立てる足音はよく響いていた。
そしてそれはホブゴブリンにもよく聞こえていたようだ。
近づいてくる気配は感じ、ホブゴブリンはゆっくりと棍棒を振り上げていく。
私はそれを阻止せんとすぐに魔法を放とうとする、が。
「……クソ!」
私とホブゴブリンの間に少女がいる為、魔法が放てない。
魔法を中断し、どうすべきか迷った。
迷ってしまった。
貴重な時が失われ、とうとうその時が訪れた。
「グルォオオオオオオオオオッ!!!」
「やめろおおおおおおおおおっ!!!」
少女がホブゴブリンの間合いに踏み込んだ瞬間、絶望が振るわれた。