妖術師の戦い方
二層目は一層目とは違い迷路状の構造をしていた。
そこまで複雑に入り組んでいるわけじゃないが闇雲に進むと遭難してしまうためマッピングをしながら進んでいく。
今回の探索ではここからは1日一層ずつ、往復する事を考えて3日かけて四層辺りまでを目標に探索する予定だ。
迷宮は深い階層になればなるほど魔力が濃くなり、生息する魔物の強さが上がっていく傾向にある。
このタイラス地下迷宮の五層には他の魔物より強力な魔物が存在するらしい。
ゲーム風にいうなら中ボスだな。
流石に初探索でいきなり挑もうとは思わないので、その手前までいけたらいいなと思っている。
まあ、今回の探索の一番の目的はここの魔物の強さを把握し戦闘慣れする事なので、死なないように『命を大事に』をスタンスでいく。
唯でさえ紙装甲な後衛職、しかもフォローしてくれるような仲間はいないのだから。
用心に用心を重ねるぐらいがちょうどいい。
そうして慎重に進む事しばし、通路の先に魔物を発見!
茶色い傘の頭を持ち、幼児ほどの大きさの柄から細い手足が生えたキノコ型の魔物、【タイラスマッシュ】である。
故郷では見かけたことの無い魔物だ。
タイラスマッシュはギルドで見た資料に載ってあった情報によると迷宮の浅層に生息するFランクの魔物らしい。
攻撃方法は単純な物理攻撃のみ。
後、食べると淡白な味がするらしい。
タイラスマッシュはまだこちらの存在には気が付いていないようだ。
私は荷物をそっと下ろすと音を立てないようゆっくりと接近しつつ、どう攻めるか思案する。
妖魔術は他の魔法体系にあるような直接相手にダメージを与えられる魔法が少ない。
だが代わりに他の魔法体系よりも特化した魔法性質がある。
その魔法性質とは【失活】と【汚染】。
味方を強化する付与魔術とは正反対の性質、敵を弱体化し様々な状態異常に貶めることに特化した魔法体系、それこそが妖魔術なのだ。
………まあ、その魔法性質のおかげでイメージが非常に悪く、地味だし効果が実感しづらい事から魔法職ではあり得ないほどの不人気っぷりなんですけどね。
閑話休題。
私はどの魔法を使うか決めるとすぐに術式を形成、タイラスマッシュに妖魔術を放った。
「『速力低下』」
発動と共に前に構えた手から紫色の魔力の弾が放たれタイラスマッシュに命中、弾は水玉のように弾けると霧状の魔力がタイラスマッシュの体に纏わりついた。
「ボボっ!?」
奇襲成功だ。
タイラスマッシュが慌ててこちらを振り向こうとするが、その動きは見るからに遅い。
これがスロー・カースの効果、名前の通り相手の速力を遅くする弱体化魔法をかけることができる。
効果時間は短いが今回はそれで十分。
タイラスマッシュがこちらに向かってきたのを見ると私は腰のポーチに入れていた武器の一つ、鞭を手に取った。
巫女服みたいな服に鞭ってめっちゃ似合わないけど私の戦闘スタイルだと使い勝手が良いんで愛用している。
鞭といえば拷問とかで相手を痛みつけるための道具と思われがちだがちゃんと拵えられた鞭は立派な打撃武器である。
広い間合いから振るう事ができるし、当たれば相手の肉を削ぎ骨を砕く事もできる威力を持つ。
私みたいな後衛職が持つにはピッタリな武器だ。
私は近づいてくるタイラスマッシュに鞭を振るった。
バシンッ!!
振るわれた鞭はタイラスマッシュを捉え、その体を打ち据えた。
タイラスマッシュは悲鳴を上げ動きが止まる。
その隙を逃さず私は更に鞭を振るった。
傘、足、柄、腕……次々に鞭が命中しタイラスマッシュの体を削いでいく。
鞭が当たる度にタイラスマッシュの動きが鈍くなっていき、そしてとうとう地面に倒れ動かなくなった。
念の為しばらく様子を見てみるが動く気配が無い。
どうやら無事倒すことが出来たようだ。
これが我らが妖術師お得意の戦闘スタイル。
魔法で動きを妨害し、相手の間合いの外からチビチビと相手を甚振る攻撃、略して嵌め技アタックである。
魔法火力が低く、物理も駄目なボッチ妖術師がソロで闘うために編み出したグレートな戦闘方法である。
………卑怯?
あれ、それどういう意味だっけ……?
そんな事よりもこのフロアにいる魔物がタイラスマッシュと同程度の強さと仮定するなら、当初考えていた戦闘面での不安は解消できそうだ。
それならもう少し探索スピードを速めてもいいかもしれない。
私は食料になるというタイラスマッシュの傘を採取すると探索を再開した。
…―…―…―…―…
タイラスマッシュを倒してからの探索は順調に進んでいる。
やはり探索スピードを上げたのが大きい。
だがその分、魔物と遭遇する頻度が多くなってきた。
今の所遭遇したのはタイラスマッシュ、タイラスバット、タイラスレッサーリザード、ゴブリン、スライム………どれもそれ程強さは変わらないFランクの魔物だったので問題なく倒した。
しかし段々と疲れが溜まってきたのを感じる。
休憩を入れようかどうか悩むが浅層のフロアはそこまで広くないという話なのでそろそろ階段に着いてもいい頃合だ。
ここまで来たなら階段まで行ってみようかな。
頼むからもう魔物は出て来ないでね………なんて思ってたらまた魔物が出てきた。
岩陰からヒョコリと顔を出すゴブリン。
よし、決めた。
あいつを倒したら一旦休憩入れよ。
けって~い。
そうと決まれば………さっさとやっちまおう。
「でえぇぇぇいっ!!」
「ピギィィィィィィ!!」
横薙ぎに振るわれた鞭の一撃がゴブリンの足を打ち抜きパシィィィン、と鞭特有の乾いた音が通路に響く。
いきなり襲われた痛みに耐え切れず地面を転がるゴブリン。
足をやられて満足に動けないゴブリンに対し容赦なく鞭を振るっていく。
おっ、これなら妖魔術を使わなくてもいけるかも。
その後も無慈悲な一方的な展開が続く。
パシーン、パシィィン、バシコーン。
「ギイィィィィィィィィッ!!」
振るわれた鞭に胸を強列に打ち据えられたゴブリンは最後に断末魔を上げた後、力尽きた。
ふぅ、疲れた。
パワーが無いのに物理攻撃ばっかしてたせいで倒すのに時間がかかってしまった。
妖魔術使ってさっさとけり着けりゃよかった。
私は近くの岩の上に腰を下ろすと額から流れる汗を拭った。
迷宮に入ってからどれぐらい時間が経ったんだろ?
太陽の無い閉鎖空間にいるから時間感覚がすっかり狂ってしまってる。
私は荷物の中を探ると中から懐中時計を取り出した。
それで時間を確認すると迷宮に入ってからもう6時間以上過ぎていた。
道理で疲れるわけだ。
集中してると時間の経過が早くて困る。
探索中は感じなかった疲れがドッと出てきた。
あ~やばい、しんどい、今度からは気をつけないと。
それからゴブリンの死体を処理して1時間程休憩を入れた。
その間に鞭の状態を確認し、持ってきた食料を軽くつまむ。
正直まだ物足りないが、ちゃんと食事をするのは三層に着いてからにしよう。
もうそんなに時間はかからないだろうから後ちょっとの辛抱だ。
三層に着いたら、たらふく食ってやろうっと。
休憩を終えた私は少し軽くなった足取りで探索を再開した。
そして先程ゴブリンが出てきた岩場の奥へと進んでいき、そこにあったものを見た瞬間、力が抜けた。
「あー、マジか」
そこにあったのは下層へ続く階段。
二層目の終点は目と鼻の先にあったのだ。
………全然気が付かなかった。
なんかやる気が削がれた。
体からプシュ~ッと気が抜けていくのが分かる。
「………戻ろう」
私は踵を返し、先程の休憩地点に戻ると不貞寝してやった。
という訳で本日の探索、これにて終了。