妖術師ヘルミナさんの異世界事情
魔法職………それはこの世界においてかなり優遇される職である。
魔力という摩訶不思議な力が存在するこの世界、その中でも才能ある一部の者しか扱う事のできない魔法を行使し、それを生業とする者は魔法職と呼ばれる。
魔法は魔力を糧に様々な現象を起こすことが出来る。
何も無い所から炎を発生させたり水を生み出したりとその力は多岐に渡る。
その恩恵にあやかろうと誰もが魔法職を求めるため、その存在価値は非常に高い。
この私、ヘルミナもそんな栄えある魔法職の一人だったりする。
人々から敬われ、誰からも求められる存在………それが私なのだ。
「はっ……妖術師? おいおいちゃんと募集内容を見ろよ。 俺らは魔法職を募集してんだよ」
「えっ、あの……妖術も魔法の中の一つの体系なので別に問題ない筈じゃあ?」
「あんな魔法モドキ誰がいるか! とりあえずこの話は無かったことにしてもらうぜ。 似非魔法職さんよぉ」
テーブルに座っていたリーダーが立ち上がると別のテーブルについていたメンバーらもそれに続き、後にはうな垂れた私だけが残された。
ちくしょう、何故こうなった……。
呆然としたまま私はこれまでの経緯を思い返した。
私、ヘルミナは転生者である。
前世は普通の男子高校生だった。
好きだった娘に告白したら「まずはお友達から始めましょ」と言われ、それからその娘に振り向いてもらうため必死に尽くした。
尽くして尽くして尽くして、ある日彼女から呼び出されようやく苦労が実ったかと思いきや「好きな人ができた」とあっさり捨てられた。
近寄っただけでストーカー呼ばわりされてはどうしようもなかった。
ショックでフラフラとしてたら信号無視してきた車に撥ねられてしまい、未練たらたらで神を恨みながら死んでしまった。
そして気が付けばこの世界でヘルミナ(♀)として生まれ、親代わりの爺さんに育てられていた。
転生して前世の暮らしを知ってる身としてはこの世界の生活水準は低すぎて大変だった。
だがこの世界には前世には無かった物があった。
そう、魔法だ。
私には才能があったようで育て親の爺さんが妖術師であったのもあり、爺さんからは後継として妖術を伝授され、私は妖術師となった。
その時に魔法職の人間はエリート、成功の約束された奴らだと教わった。
だから爺さんが死んだのを機に生まれ育った村を出て街へと赴いたのだ。
それなのにいざ来てみればアンチ妖術師とかふざけんなチクショウ。
魔法にはいくつか体系がある。
魔力に属性を付与し、別のエネルギーや物質に変換する『属性魔術』。
魔力を捧げ精霊を呼び出し、力を貸してもらう『精霊魔術』。
神に祈りを捧げ、穢れの浄化や治癒等の奇跡を行使する『神聖魔術』。
魔力を他者に付与し、その能力を上昇させる『付与魔術』
他にも様々な魔法体系が存在するが有名どころはこんなところか。
魔法職といったら大体の者がこれらに該当する。
この中でも一番多いのが属性魔術で魔術師と言ったら大体が属性魔術を使う者のことを指す。
他の体系は少し省略して精霊魔術なら精霊術師、神聖術なら神聖術師と呼んだりする。
そして妖魔術を扱う妖術師は魔法職の中でも別の意味で有名だという事を私は街に着いてから知る事になった。
「はあ~、これからどうしようかな」
冒険者ギルド併設の酒場で軽食を食べながら頭を悩ませる。
よく思い返せば冒険者ギルドに登録しにいった時からおかしかった。
登録時、受付のお姉さんに職業を聞かれ「魔法職です」を答えたら「凄いですね」をキラキラした眼をしてたのに「魔法体系は何なんですか?」と聞かれて「妖魔術です」と答えた瞬間、眼の輝きが一瞬にして消え失せてしまった。
他にも掲示板に貼られているパーティー募集に応募した際の面談でも皆同じような態度だったり、あからさまに見下すような眼で見られたし。
流石にこれはおかしいとギルドの資料室で調べた結果、ある事実が判明した。
「『嫌がらせ程度のショボい魔術しか行使できない魔法職、それが妖術師』ってこんな風聞が立ってるとかどんだけアンチ妖術師なんだよ」
おかげで似非呼ばわりだ。
そのせいで冒険者登録して半年、一度としてまともにパーティーを組めた事がない。
一度だけパーティーを組めた事があるが街を出てから襲い掛かられ大変な目にあった。
何とか逃げ出すことが出来たからよかったものの逃げ出せなかった事を思うと今でもゾッとする。
前世が男だったせいでそのあたりの警戒心が抜け落ちてた。
前世日本と違いこの世界は治安が悪い。
攫われて奴隷落ちなんてよくある話だそうで自分が如何に世間知らずだったかを思い知らされた。
それから警戒してパーティーを組む相手を選んでいたら余計に仲間候補が減っていき、殆どいなくなってしまった。
そして今に至る。
「もう、パーティー組むのは無理かもしれない………てか無理だわ」
もうギルドで不人気魔法職の私のことは皆に知れ渡っているだろう………勿論悪い方向で。
たまに他所から来たご新規さんが募集かけてるから応募して見てもこの様だしね。
「受けられる依頼が少ないってのもきついなぁ」
信用が大事な護衛系の依頼は依頼主に拒否られたし簡単な雑用系の依頼も嫌な顔をされる事が多い。
討伐系の依頼もあるが簡単な物は割に合わず難しい物はソロではきつい。
それ以外でギルドランクが低い私に残っているのは低賃金の誰でも出来そうな採取系の依頼だけだ。
これじゃどれだけこなしてもその日暮らしな生活から逃れられそうに無い。
「あ~、お金、欲しい。 お仕事、ぷりーず」
そうぼやきながらテーブルでうな垂れていると隣のテーブルにいたパーティーの会話が耳に入った。
「ガハハ。 今回の探索は最高だったな!」
「本当だぜ! まさか貴重な月光石があんな浅い階層で手に入るとはな」
「たった10日の探索でこの稼ぎ、これだからダンジョン探索は止められないぜ」
「飲み終わったらどうする? 色街……行っちゃう?」
「ったりめぇだろうが!! 今夜は奮発してアシュリーちゃん指名すっぜ」
「あっ、ずりぃ! 俺もアシュリーちゃん狙いなのに」
………
……
…
「…………ダンジョン、か」
迷宮……それは世界のあちこちに点在する魔物が発生する領域のことを指す。
魔力が溜まりやすい場所に発生する事が多く、魔力濃度の高いこの場所は魔物にとっても心地よい空間らしく様々な魔物が生息している。
魔物は魔力を得る事で力が増す性質を持っており魔力濃度の濃いダンジョンほど危険な魔物が生息する危険地帯となっている。
しかしその一方で他の場所では取れないような資源が取れたり討伐した魔物から取れる物の中には高く買い取ってもらえる物もある為、一攫千金を夢見るものが多い冒険者ギルドではダンジョン探索を専門にする者が多かったりする。
ハイリスク・ハイリターン、実力さえあれば稼ぐ事ができる。
それがダンジョン探索。
今の私にはちょうどいいかも知れない。
どうせ今のままじゃ限界だったしね。
「よし、決めた。 ダンジョンに行こう」
こうして私はダンジョンに潜る事を決めた。