掌編――梅雨
雨なんか嫌いだ。
雨の日はあの人が来る。蓮の傘を捧げ持つ侍女を連れた、透明で美しい彼女。
いくつの頃からだろう、あの人が見えるようになったのは。
じいちゃんの葬儀のときだったろうか。
葬儀に似つかわしくない、淡い真珠色の打ち掛けの裾を引きずって、あの人は雨の中、庭に佇んでいた。
雨なのに。
他の人たちが屋根の下に退ける中、あの人は木の下でじっとじいちゃんの遺影を見ていた。
ぼくと目が合ったとき、あの人はほのかに笑ったのだ。
――わたしが見えるのかえ?
そう、聞こえた。ぼくは家の中にいて、あの人は庭に立ってたのに。
雨なのに窓を開けておくんじゃない、とお母さんがいうから窓を閉めたら、あのひとはすこしさびしそうな顔をした。
そして、またな、とあの人は確かに言ったのだ。
それ以来、雨の日になるとあの人は来る。
部屋の中のじめじめはさらにひどくなるし、エアコンは嫌いだといってつけさせてくれない。
これなら外に立っているのと同じだ。
雨が降ったらあずまやに来いと言っていたけれど、ぼくはあずまやを知らない。
だから、あの人は来る。
ああ、雨が降り出した。
今日は遠回りして帰ろう。