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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に

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九十話

 昼食を取り終えたフェイは、自室のソファに腰掛けていた。

 対面には、トレントも座っている。

 最初、トレントは座ることを頑なに拒んでいたのだが、フェイの押しに負けて腰掛けた。


 トレントの淹れた紅茶でのどを潤しながら、フェイは切り出す。


「トレントさんは、もうここで過ごして一週間は経ちますよね」

「はい。そうなります。屋敷の管理をしていましたので」

「どう感じますか。この村を」


 フェイのあまりにも唐突な、そして何を求めているのかが分からない問いに、トレントは思わず眉をひそめた。

 その様子を見て、フェイはふっと表情を和らげる。


「トレントさん、別に僕は何かを答えてほしいとか、そういう意図で発した質問ではないですよ。ただ純粋に感じたことを聞かせてほしいだけです」

「はぁ、そういうことでしたら……」


 少しの間を置く。

 顎に手を当て、考え込む。

 それは、フェイにとって理想の答えは何か、と言うことを考えているのではない。

 この数日間、この村で過ごしたときのことを纏めているだけだ。


「そうですね、率直に申し上げると、未来(さき)のない村、ですかね」

「それはまた……」


 トレントの言葉に、思わずフェイは苦笑を漏らす。

 想定していたとはいえ、あまりにもズバッとした物言いだったからだ。


「その、失礼しました……」


 主たるフェイの領地をよくない風に言ってしまったトレントは思わず頭を下げる。

 が、フェイがそれを咎めるわけがなかった。


「いえ、構いません。僕も薄々そう思っていたので。度重なる重税。飢餓によって増える死者。活力の喪失による生産力の低下。この村を一目したときから僕もそう感じていました。そして、痩せた大地、何も生み出さなくなりつつあるからこそ、ボネット家は、アレックスはここを放棄したのでしょう」


 表情を険しくするフェイ。

 知らず、彼がティーカップを持つ右手には力が込められていた。


「でも、この地域を、この村を、そこに住む人たちの命を預かった以上、僕はこのままこの土地を殺すつもりはありません。僕は必ずこの村をよりよい村にし、肥えた土地にして見せます。そうすることこそが、アレックスに対する復讐の一つになり得るはずですから」

「……!」


 トレントは思った。

 彼は、この村の人たちのことを大切に思っている。そこに一点の曇りはない。

 きっと彼は、アレックスのことがなかろうとも、この村の救済に一身を賭しただろう。

 だが、それでも、今以上に全力になれただろうか。

 フェイ=ボネットという一人の人間の人生は、『復讐』によって支えられているのだと、トレントは彼の言葉を聞いてそう確信した。


 フェイに気付かれぬように、トレントは僅かに頬を緩める。


 そうだ。

 だからこそ自分は彼に仕え、彼の力になろうと、一助になろうと思った。

 自分と似たような境遇にある彼ならば、自分と同じような人生を歩んできた彼ならば――きっと自身の求める答えを出してくれるであろうと。そう思って。


「あ……、すいません。不謹慎でした。まるで私怨で動いているような言い草は」


 フェイは、黙したままのトレントを見てはっとする。

 だが、トレントは首を振る。


「構いません。フェイ様、あなたがどのような考えを抱き、どのような理由で彼らを助け、導こうとも、関係ありません。彼らがあなたに救われる。この事実だけが大切なのです」


 少し低い声で、諭すような口調でトレントは続ける。


「フェイ様、私は以前あなたにこう言いました。私は、あなたのお手伝いをしたいと。その言葉に嘘偽りはありません。フェイ様には、フェイ様の望む道を歩いていただきたいのです」


 真っ直ぐな視線を向けて、トレントは語る。


 彼の言葉を受けて、フェイは表情をわずかに緩めながら言葉を返す。


「僕の望む道。正直、自分でも何を望み、何をなしたいのかは分かりません。こうして爵位を得た今でさえ。でも、そうですね……。僕はきっと、彼らを、ボネット家を超えたいのかもしれません。彼らを超える、それはすなわちボネット家を公爵から降ろし、僕が公爵の地に座る。無謀であり、そして何の意味もない望みですが、それでも僕はそれを目指すかもしれません」


 フェイの言葉に、トレントは黙ったまま耳を傾ける。


「そして、この無謀な望みをもし、もし叶えた時に、僕はどうするのか。彼らを超えたことに対して何を思い、そしてその後どうするのかは正直なところ自分でも分かりません。彼ら以外にも、僕には様々な障害があります。それらを一掃したとき、きっと僕は自分の人生に何の意味も見いだせなくなるかもしれない」


 薄々、フェイは勘付いていた。

 自分が、例え無意識下であろうとも復讐という醜悪な感情でのみ生かされてきたであろうことに。

 そして彼は思うのだ。

 その復讐という感情を失った時に、自分はどうやって生きていくのか。

 生きる意味を失った果てに何を求めるのか。


 答えの出ない問いを心の中で投げ続けながら、でも彼は足を止めることが出来ない。

 周りの環境が彼にそれを許さない。

 精霊学校に入り、様々なことが起きた。

 過去との邂逅。謎の男との邂逅。――ボネット家の者との邂逅。


 様々なものに出会っていく中で、彼は次第にボネット家を超える道へと進んでいっているのだ。

 男爵位を得た。

 他でもない、彼の力で。

 ならば今後どうするか。


 フェイはもう分かっている。

 例えこの先に何もないとしても、自分はもう足を止めるわけにはいかないことを。


 だから――


「トレントさん、あなたには、いや、あなただけじゃない。アンナさんにもいろいろと迷惑をかけるかもしれません。でもどうか、僕を助けてほしい」

「言われるまでもありません。そうしたいからこそ、私はフェイ様に仕えたのです」


 トレントの間を置かぬ返答にフェイは喜色を浮かべながら、紙の束を取り出し、トレントに渡す。


「これは……?」

「キャルビスト地方の新たな政策です。トレントさんにも目を通していただきたくて」


 フェイは、ここでようやく本題を切り出した。

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