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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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八十九話

「どうぞ」


 頭を軽く下げながら、トレントはフェイを車中へと誘う。

 それにフェイもまた頭を下げることで応えながら、馬車に乗り込んだ。


「今日はアンナさんは?」

「アンナは屋敷です。あそこを空けるわけにはいきませんから」


 ここ最近、週末の精霊学校が休みの日はキャルビスト村、もしくは王都に向かうフェイにとって、トレントの迎えは重要な足となっていた。

 トレントが王城に仕えていれば、今日のように私用でキャルビスト村に赴く際にトレントが迎えに来てくれることはないが、彼は今はもうフェイに仕えている身だ。

 主の足となるのが従者であり、存在意義でもある。


 手綱を引いて、馬をゆっくりと歩かせ、そして街を出た途端走り出させる。

 前々から思っていたが、トレントのこういった技術などは他の従者より群を抜いている。


 例え悪路であろうとも体が浮くほどに車内を揺らすことはない。

 心地のいい揺れに身を預けながら、フェイはキャルビスト村に着くまでの間、目を瞑ることにした。


 ◆ ◆


「着きましたよ」


 穏やかな声で囁くように起こされたフェイは、目を開ける。

 馬車はとうに止まっていた。

 村の外れ。そこに、領主の屋敷はあった。

 村長の家とは比較にならないほどに大きいそれは、摩耗しきった村の姿と見比べると些か違和感を生じさせる。


 大きい、といってもそれはこの村の建物などと比べて、だ。

 当然本邸ではなかった屋敷はボネット家の、あの屋敷と比べれば見劣りする。

 とはいえ、外から見ても部屋が十近くあるように見える。二階建ての石材を用いて建てられた屋敷。

 他の家々が木材で建てられている中で、やはり異様な雰囲気を醸し出している。


 フェイと、そしてトレントとアンナの三人が住むには十分過ぎる広さだった。


 村民を寄せ付けないように屋敷の周りには柵が建てられていて、正面に唯一ある門を通り、停車した馬車をフェイは降りる。


「綺麗に、なりましたね……」


 開口一番、フェイは率直な感想を漏らした。

 外面だけでも分かるほどに屋敷は綺麗になっている。

 以前の、ボネット家は恐らく、建てはしたものの長らく放置していたのだろう。

 この村に来た当初は汚れきっていた屋敷も、見違えたように綺麗になっていた。


「アンナが殆どやってくれたのです」

「アンナさんが!?」


 思わず目を見開く。

 驚きを隠しきれないフェイの様子を見て、トレントは思わず苦笑を漏らす。


「意外ですか?」

「へ、あ、いえ。すいません……」

「構いませんよ。今までのアンナを見ていれば、意外でしょう。アンナは基本おっちょこちょいですが、掃除だけは得意なんですよ」

「そうなんですか……」


 よくよく考えれば、彼女も王城で侍女をしていたのだ。

 そういうスキルの一つや二つ、あってもおかしくはないだろう。


 そんなことを考えながら、フェイは屋敷の入口へと向かう。


「お、お帰りなさいませ!」


 トレントが重厚な、厚みのある扉を開ける。

 そして中に入ろうとしたフェイの視界に飛び込んできたのは、慌てながら佇まいをただし、出迎えるアンナだった。


「出迎え、ありがとうございます。アンナさん」

「い、いえ! その、昼食にされますかっ?」

「あー、そうですね。もうこんな時間ですし、そうします」


 フェイの返事を受けて、後ろに控えていたトレントがアンナに目配せする。


「えっと、先にお荷物を……」


 そう。

 月が変わった今日、フェイは精霊学校のある町に借りていた部屋を離れ、これからはこの屋敷で住むことになる。

 今後はこの屋敷から、トレントの送迎で精霊学校に通うことになる。

 とはいえここから精霊学校までは馬車でも片道で二時間ほどかかるので、以前より早起きをしなくてはならない。


 トレントが馬車に積んであった荷物を手に、戻って来た。

 荷物、といっても娯楽の類のないフェイのそれは、特にこれといって多くはない。

 着替えに書物が数冊。それだけだ。

 家具に関しては部屋に備え付けられていたのを使っていただけだ。


「フェイ様。部屋に関してですが、私とアンナは一階の一部屋をお借りしていますが、よろしいですか」

「え、勿論です。むしろ、部屋は余っているんですから一人一部屋使っても構わないんですが」

「お言葉は有り難いのですが、アンナから目を離したくないので……」

「あぁ、なるほど」


 一階は食堂と応接室、そしてトレント、アンナの使っている部屋とは別に空き部屋が三つほど。加えて倉庫がある。

 二階は広めの部屋が三部屋に、トレントたちが使っているのと同じ広さの部屋が四部屋ある。


「一応、二階の端の部屋を整えてありますが、変更することも出来ます」

「いや、僕はどこでもいいですよ。特にこだわりはありませんから」


 トレントに自室まで荷物を運んでもらってから、フェイは部屋の奥に置かれているベッドに腰掛ける。

 一つの部屋に、ベッド、高価に見える机と椅子のセットに本棚、クローゼット。

 これらは全て、ボネット家時代に備えられたもの。

 使いもしない別荘にまで金をかけたボネット家。


(何だろう。この感じ……)


 ラナの家は、狭くはない。むしろ二人で暮らすには十分すぎる広さだった。

 フェイが街で借りていた部屋もまた、多少の狭さはあれど十分だ。

 が、フェイは昔この国、アルマンド王国の公爵家。その屋敷で暮らしていたのだ。

 ボネット家があしらえたこの屋敷。

 今こうしてただ座っているだけで、どうにも懐かしさに似た気持ちが湧き上がる。


(無駄な感傷だ。そもそも、こんなに広い家なんて、今の僕には必要ない。それに――)


 ため息をつき、頭を振って自分の胸中で渦巻く感情を振り切りながら、フェイは顔を上げる。


「――他の人を苦しめてまで手に入れる生活なんて、居心地が悪いだけだ」


 自身が賜った領地。

 そこに住まう人々の苦しみ。そして憎しみ。

 それらを先日浴びたばかりのフェイは、心に決めている。

 持ってきた荷物の中にある紙の束に目を向けながら、フェイは食堂に向かうために立ち上がった。

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