八十八話
結果から言えば、男性が故意に精霊によって破壊活動を行ったと発表された。
町中で精霊術師が暴れる。
今回の一件では幸い死者が出なかったが、幸い……というところが人々に恐怖を抱かせた。
もしかしたら、再び精霊術師が暴れるかもしれない。今度は、死者がでるかもしれない。
その『かもしれない』が、一層人々の不安を掻き立てる。
町では、そんな動揺や混乱が発生していた。
が、そんなことはさておき、実際起こったことは、発表されたこととは異なる。
◆ ◆
事件から週末の休みを挟んだ今日、生徒会と補佐会のメンバーは生徒会室に集められていた。
一同が集ってから、レイラは今から話すことはここだけの話です、と前置きをしてから――つまりは他言無用ということだ――口を開いた。
「今町で動揺を生み出している事件のことですが……」
「精霊術師が暴れたってやつですか?」
アドニスが口を挟む。
レイラは首肯で応え、続ける。
「表向きはそう発表されましたが、事実は違います。実際は、精霊が暴走したのです」
「精霊が暴走……?」
あの場に立ち会わなかったもの、フェイ、エリス、グレンを除く他の面々は、二つの意味で訝った。
一つは、事実を隠して発表したこと。
そしてもう一つは、精霊が暴走したこと。
全員が全員、説明を求める視線をレイラに向けた。
「事実を隠したことについては、この方が余計な混乱を招かないためです」
レイラは説明する。
確かに、精霊術師が暴れた……この説明でも混乱や動揺は招いている。
しかし、精霊が術師の意思に関係なく暴走した、とあらばその意味合いは大きく変わってくる。
精霊術師が暴れただけならば、そういう奴も何人かはいるかもしれないとなるが、精霊が暴走したとなれば、精霊術師の誰もが危険因子となってしまう。
本人がどれだけの善人であろうとも、精霊が暴走すれば関係ないのだから。
「……ということで、精霊が暴走した原因を突き止めるまで、真相は隠しておくことに、学園長、そして国王陛下の判断でなりました」
ここでレイラは、絶対に他言するなよと再度念を押す。
全員頷いたのを確認してから、レイラは続けた。
「そして、私たちアルマンド王国立精霊学校生徒会に、精霊の暴走理由を調査せよと、学園長経由で国王陛下の指示がでました。幸い、調査場所はもう決まっています」
調査場所は……と、レイラは続ける。
「アルマンド王国マレット公爵領です。つまりは私の家の領地ですね」
「え、会長の……?」
フェイは思わず聞き返した。
精霊の暴走とレイラの家の領地がどう関係あるのかが不思議だったからだ。
「マレット家が最近新たに公爵家に繰り上がった家であることを知っている方が殆どだと思いますが……」
そう。
古くから公爵家としてアルマンド王国を支えてきた他の公爵家とは違い、マレット家はいわば新参者だ。
そんな経緯があるからこそ、マレット家は伝統ある他の公爵家からあまりよく思われていない。
が、それと精霊の暴走、何の関係があるだろうか。
「今の領地は前公爵家のものを引き継ぎました。その際、海底に怪しげな建造物があったのです」
「建造物? しかも海底?」
「ええ。隠すように。当初は過去の遺産なのかと思われていたのですが、その建造物の調査を重ねていくうちに近年建てられたものであることがわかりました。領内に怪しげな建造物があれば、マレット家としても放置できません。ですから、父は調査団を組織し派遣したのですが、中にはいることができなかったのです」
「どうしてですか?」
「結界が張られていたのです。それも、魔法か精霊魔法でしか破壊できない結界が」
「それはまた奇妙な話ですね……」
そこまで話されて、フェイはなんとなく話がつかめてきた。
「つまり、国王陛下は精霊の暴走の原因がその海底にある建造物の中に何かてがかりがあるのではないかと、そう思っているのですか?」
「確信はありません。が、今回の騒動を機に、この建造物の内部を調査するに至ったわけです」
レイラはそこまで言ってから息を吐き、そして彼らに向き直る。
「そこで、来月の、長期休暇に入る二週間前に私たちはその建造物の調査に向かいます。加えて、今回の任務はくれぐれも内密に、間違っても他国に知られるようなことの内容にとのことです」
「他国に?」
「もし仮に、何かとんでもないものが見つかったとき、説明しなくてはいけなくなりますから。なので、国は軍を動かさなかったのです」
軍を動かすと言うことは、そこに何かあると他国に言うようなものだ。
「ただ、我々精霊学校の、それも生徒会は軍の次に他国から注視されていると言っても過言ではありません。そこで、今回マレット領の海岸付近にて、精霊学校の合宿を行います」
「……え?」
どうやら、今まで合宿なんてものはなかったらしく、フェイたち一年生以外の上級生たちもまた困惑の声を漏らす。
「もちろん、対外的な目眩まし的な意味があるとはいえ、きちんと行います。参加希望者を募り、魔法及び精霊魔法の技術向上に勤しんでもらいます」
日程は……と、レイラは詳細を続けた。
◆ ◆
纏めると、合宿は五日間あるらしい。
初日は移動で、つくころには昼になっているので鍛錬自体は行わず、言わば海で遊ぶ。
二日目から四日目が合宿本番で、五日目は完全な自由時間となる。
もっとも、生徒会や補佐会はこの五日目の朝から建造物内の調査に向かうことになる。
そして翌日の朝、早速生徒会長であるレイラの口から合宿が開かれることが告げられた。
この時期、長期休暇にはいるまでの間目立ったイベントがない学園内では昼休みである今も、合宿の話題で持ちきりである。
が、興味を持っている人数の割に、実際行くと口にしている人数は少ない。
当然だ。
暗黒大陸の近い土地に行くのに抵抗がない者がいないわけがない。
「ゲイソンたちはどうするの?」
食堂で、フェイはいつものメンバー、ゲイソン、アイリス、メリアの四人で昼食をとっていた。
フェイの問いに、ゲイソンは威勢良く答える。
「俺は行くぜ。魔法の鍛錬をするっていうイベントに、行かない手はないからな。それに、海での合宿、いいじゃねぇか!」
「…………。あ、うん」
最初は自身の力を磨かんとするゲイソンの態度に感嘆したが、その後に続いた言葉が合宿にいく理由の大半を占めているのだと表情で確信したフェイは、ゲイソンらしいといえばらしいかと思いながらため息をついた。
「私も行くわ。この変態と違って私はまだまだ強くなりたいからね」
「へ、へんたっ……!」
アイリスは一寸の曇りもなしに事も無げにそう言った。
アイリスとゲイソンがなにやらいがみ合っているのを無視しながら、フェイは隣に座るメリアに視線を向ける。
その視線の意図するところを読みとったメリアは、俯き加減に応える。
「わ、私も行こうかなと思っています……。いつまでもフェイ様のお手を煩わせるわけには行かないので。早く一人前の魔術師にならないと……!」
実際、今もメリアはたびたびフェイに魔法を教えてもらっている。
「そっか……」
自分が爵位を得てメリアと一緒に暮らせなくなったように、いつかはメリアと関わることがなくなってしまうだろう。
その前に、彼女にできるだけのことはしよう。
そんなことを思いながら、フェイは水を口に含んだ。
結局、合宿に参加する生徒は六十名ほどだった。