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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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八十六話

 市中見回りの最終日。

 フェイたちはいつもと同じ道を進んでいた。

 この一週間、特になにも起こることがなく、フェイは心から安堵していた。

 いや、別になにもなかったわけではない。

 レイラの先導で毎日のように放課後喫茶店に集い、雑談に興じるというフェイにとっては面倒きわまりないイベントが行われていたのだから。


「今日で最後だと考えると、何とも感慨深いものですね……」


 寂しげなため息を吐きながら、レイラはそうこぼした。


「というか、僕はこの市中の巡回に意義があるのかどうかすら、わからないんですが」


 不満げにそう呟くフェイに、レイラはさらりと返す。


「抑止力ですよ、抑止力。今週はなにもおきませんでしたが、もし私たちが市内を見回っていなければ、何かが起きていたかもしれません」

「…………」


 否定しきれず、思わず押し黙る。

 いや、暴論であることはわかっているのだが、でもそうなっていたかもしれないのだから、フェイに反論の余地はない。


 わかりましたよ、とごちりながらレイラから視線を切った。

 もうすぐ、商業区を抜けて居住区にさしかかる。

 陽も、校門をでたときよりは幾分か沈んでいて、空はオレンジ色に染まっている。


「もう、夏ですね」


 空を見上げながら、落ち着いた声で感慨深そうにグレンが呟く。



「あ、そういえばもうすぐ夏服でしたっけ」

「来月、二週間後からですね。もちろん、それ以降も冬服できてかまいませんよ。その場合は目立ちますが。悪い意味で」


 フェイが思い出したようにそう言うと、レイラが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 誰が好き好んでそんなことを……と、フェイは面倒そうに返す。


 夏か、と。フェイは心の中で反芻した。

 森で過ごしていたフェイにとって、季節の変化はそれほど感じなかった。

 もちろん、家の周りを取り囲む木々の葉の色や、そこに住まう生き物の生活などに移ろいはあれど、実際フェイたちの生活に何か変化があるかと言われればそうでもない。

 夏は木々が日差しから守ってくれるし、冬ともなれば今度は冷たい風を守ってくれる。

 さして特別なイベントもない。

 無論、まだ幼少期。ボネット家の屋敷にいたときは別だ。

 とはいえそんな昔のことを覚えているわけがない。


 そういえば、とフェイは思い出す。

 大陸の西側の国々では、海で遊ぶという夏独特の遊びがあると聞いたことがある。

 大陸の東側の国、ここアルマンド王国もまた海に接してはいるが、その海の先にあの暗黒大陸があることが起因して、進んで海側に近づくものはいないという。

 もちろん、魔族を暗黒大陸に追い返してから、魔族がこの大陸に攻めてきたことは一度もなく、杞憂かもしれないが、そう納得しきれないのが人間の性というやつである。


 アルマンド王国の東側の領土を治める貴族は、マレット家である理由はいろいろと歴史が絡んでくる。


 ーーと、いろいろなことを考えていたフェイの耳朶を、突如爆破音が打った。


 ◆ ◆


「!?」


 エリスがその音に反応しビクッと肩を震わす。

 一体何が起こったのか、フェイが胸中で疑問を抱くと同時に、レイラが音のした方へと走り出した。

 フェイたちもそれに追随した。

 現場に到着したところで、再び、破砕音が辺りに轟く。

 此処に至るまでの過程で、逃げてくる人たちがいた。

 その波に逆らいながらようやく辿り着いたフェイたちが見たのは――荒れ狂う魔力の奔流と、その根元で喚き声を上げる一人の男性。

 そして、その男性の上空で、周りの建物に向けて乱暴に、力の限り、無造作に攻撃を放つ、真っ黒の精霊。


「な、なんですが、あれは……?」


 動揺するレイラの声がフェイの耳に届く。

 黒い精霊など、彼女は見たことがないのだろう。

 いや、彼女だけではない。この場にいる誰もが、見たことのない精霊だった。

 その精霊の姿は、極めて奇妙だった。

 ただの中級精霊――所謂ウルフに近しい外見をしているのにも関わらず、その体は黒く、そして何より所々ボコボコと膨らんだり、へこんでいたり。異形。

 ともかく、それがただの中級精霊でないことは誰の目から見ても明白であった。


 口からは、吐きだす息に混じりながら黒い魔力が吹きだす。


 黒い魔力。それは、ただ純度の低い証だ。

 だが、フェイには目の前の黒い魔力が純度が低くないことが分かる。

 同時にフェイの脳裏を、王都で自身を襲った一人の男の姿がよぎった。


 フェイたちに気付いたその精霊は、ギロリと瞳を向けて睨みつけ、そして黒い体毛を逆立たせ――解き放った。


「【ファイアーウォール】!」


 レイラに向けて放たれた矢のような体毛を、彼女は炎の壁を展開して防ぐ。

 見事だ。

 場違いにも、フェイは感嘆の声を漏らす。

 ――が、非の打ちどころのないそれを、放たれた体毛は貫いた。


 すぐさま回避行動に移り、辛うじて避ける。

 目標を失ったそれは、地面を貫く。

 周りの建物同様、地面には穴が開いた。


「会長、精霊魔法には!」

「分かっています! 皆さん、精霊を顕現させて各自迎撃を!」


 言いながら、レイラ、グレン、そしてエリスは呟き始める。

 精霊を顕現させる詠唱を。

 フェイは、その間彼女たちに攻撃をさせないために、自分に注意を引き付ける。


「【フレイムランス】!」


 レイラとは逆方向に走りながら、フェイは黒い精霊に向けて放つ。

 十本の炎の矢。

 それが黒い精霊に直撃したと思うと、その瞬間炎の矢は精霊の体に吸収されるようにして、消えた。


「――っ!」


 それを見て、フェイは表情を険しくする。

 ちらりと、下の男性に目を向ける。

 見る限り、意識はないようだ。

 ただ、彼が持つ魔力が黒い精霊に搾り取られている。


 と、放たれる体毛を避けながら思案していたフェイに、レイラの叫び声がぶつかる。


「フェイ君、下がってください!」

「!」


 見ると、レイラたちは精霊をその場に顕現させていた。

 三体の精霊。それも、いずれも公爵家の血筋を継ぎし者。

 普通であればめったに見ることのない光景が、皮肉にもこの場で広がっていた。

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