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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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八十二話

「ん~っ」


 キャルビスト地方の視察を終えてから丁度一週間が経った。

 フェイはと言えば、つい今しがた領地に関する資料と睨めっこをしていた。

 その顔には疲労の色が濃い。


「こんな感じで、いいのかな……」


 フェイ=ディルクとしての新しい政策。

 それをようやく打ち立てたフェイは、疲れた~と息を吐きだしながら呟き、ベッドに倒れこむ。

 そのまま寝ようとしたところで、ブルブルと顔を振った。


 今日は王城に赴き、アルフレドから資金を受け取らなければならない。

 前回の爵位授与式で受け取ることが出来なかったのは、色々と裏ですることがあったのだとか。

 とはいえ、フェイ自身もアルフレドに用がある。

 そんなこともあって、いま寝てしまう訳にもいかないのだ。


 ◆ ◆


「これが、統治費である。確認せよ」


 王城、王の間。

 執事が傍らからフェイに金貨の詰まった革袋を差し出す。

 それを見て、一際高い位置で座しているアルマンド王国国王、アルフレドが口を開いた。


「ありがたく頂戴いたします」


 頭を垂れながら受け取る。

 ズッシリと、しっかりとした重みがフェイの両手を通じて伝わった。


「では、皆の者は下がってくれ」


 フェイが金貨を受け取ったのを確認して、アルフレドがこの場にいる大臣や執事たちを下がらせる。


「して、フェイよ。最近はどうだ」

「最近……ですか?」


 今王の間にはフェイとアルフレドの二人しかいない。

 こういうとき、アルフレドはフェイに対して口調を崩す。


「見るに、いまのそなたの顔はひどいぞ? きちんと寝ているのか?」


 くまができているフェイの顔を見て、アルフレドは苦笑いを浮かべながらそう心配の声をかける。


「大丈夫です。今朝は少しやることがあったので……」


 お気になさらずと、フェイは返す。


「やることというのは、やはり……」

「ええ。ひとまず餓死者を無くさなくては領地の経営もままならないですので……」


 領地を回って手に入れた資料。

 そこには、おびただしい死者の数があった。

 フェイの想像を遥かに超えるもので、ある種の恐怖を抱いてしまった。

 もし仮に領主がフェイに変わらなかったら、もしかしたら……。


「して、話と言うのは何であろうか。人払いはした。何でもいい。申してみよ」

「…………」


 悩む。

 これははっきり言って個人的なわがままだ。

 だが、言わずに終わるよりもダメもとで言おう。

 そう決心して、フェイは口を開いた。


「実は、お願いが……」

「? 何だ」

「この王城に仕えている使用人を、言ってしまえば、いただきたいのですが……」

「…………」


 アルフレドが目を丸くする。

 それもそうだろう。

 フェイの言葉は、自分に仕えている者を寄こせと言ってるのと同義なのだ。

 アルフレドの肩がぶるぶると震える。

 俯いてしまった彼の表情を、フェイは窺うことが出来ない。


 怒ったか。


 戦々恐々としながらフェイはアルフレドの次の言葉を待つ。


「ふ……っ、ふふ、わははははっ!」


 アルフレドの口から笑い声が零れる。

 今度はフェイが目を丸くする番だ。

 当然だ。

 アルフレドは怒りこそすれ笑う要因など微塵もないのだ。


 アルフレドはすまんすまんと、面を手で覆いながら呆然としているフェイに声をかける。


「いや、何。このあとわしが話そうと思っていることと同じであったからつい興に乗った。許せ」

「は、はぁ……」

「実はのう、わしに仕えている使用人、トレント=メンデスとアンナ=メンデスの二人がそなたに仕えたいと申してきたのだ」

「!? え、え……?」

「そなたの求めた使用人も、この二人であろう?」

「ええ、まあ……」


 驚きながらもフェイは頷く。


「詳しい話は二人から聞くといい。入れ」


 アルフレドの言葉で、王の間の扉が開き、そこからフェイの見知った顔が入って来た。

 トレントとアンナの二人だ。


「ト、トレントさん、アンナさんまで!?」

「お久しぶりです、フェイ様」


 恭しく頭を下げてから、フェイの元へと歩み寄る二人。


「え、どうして……?」

「以前、お話ししたことが理由です。フェイ様、身勝手ながらわたくしはフェイ様の傍に仕えたいのです。そしてアンナは、わたくしと一緒に行くと……」


 以前。

 キャルビスト村に赴いたときに、湖でトレントと二人で話した会話。

 そう。確かにトレントはあの時こういった。

 フェイのこれから歩む道がどのようになるのか興味があると。

 そしてその後、彼は付け加えた。


『僭越ながらこのわたくしも、そのお手伝いをさせていただきたく思います』と。


「あの言葉は、こういう……」

「ええ。とは言え、陛下とフェイ様がご許可していただけないと無理な話でしたが、幸いにも陛下はすぐに頷いてくださいました」

「わしは暴君にはなりたくない。わしの下をさりたいというのなら、止めはせぬ。少し、薄情かの?」


 いえ、とトレントは僅かな笑みを浮かべて首を振る。


「そして、あとはフェイ様のお返事次第だったのですが……」

「いや、勿論僕としてもトレントさんたちが僕の下に来て下さるのなら、嬉しいですが……」


 それでも、納得できない。

 王城に仕える。これ以上のことはない。

 間違っても新米男爵に仕えたがるなんてことはあり得ない。

 だが……


「わたくしは、損得を抜きにして、フェイ様に仕えたいのです」


 トレントは、フェイの考えていることに答える。

 この短い間、自分に仕えたいと思うようなことをしたという自負は、フェイには到底ない。

 とはいえ、これはフェイにとって嬉しい申し出であることにも変わりはないのだ。


「えっと、それじゃあ、お願いします」

「未熟な身ではありますが、わたくしたちは誠心誠意フェイ様にお仕えいたします」


 恭しく頭を下げながら、トレントはそう口にした。

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