八話
――「ごめんね。もう……大丈夫だから」
僕はメリアに、謝罪と覚悟を込めてこう言った。
今、僕の後ろには、傷だらけになって倒れているメリア。
今、僕の前には、魔法が完全に相殺されたことに驚いている男子生徒三人。
何が起こったのか理解できていない女子生徒二人。
……そして、僕の顔と僕が行使した魔法の威力を見て、昔いた兄のことを思い出しているブラムとエリス。
もう完全に僕の正体がわかっただろう。
でも、後悔はしていない。
そして、もう……遠慮もしない。
永遠とも思われる静寂が続いた。
しかし、その静寂も後ろから聞こえた声によって崩れる。
「や……やっぱり、フェイ様、だったのですね!!」
「うん……ごめんね、助けるのが遅くなって」
「いえ、ありがとうござ……」
言い終える間もなく、メリアは泣きだした。
困惑して立ちすくんでいる僕に、声がかけられる。
「フェイお兄様……生きておられたのですね……」
涙を流しながらエリスがそう言った。
……涙を流すほど、僕が生きていたことが嫌なのか……。
「ばかな!フェイ兄さんはもう死んだはずだ!……お前は、本当にフェイ兄さんなのか?」
ブラムが確認するように聞いてくる。
「うん、そうだよ。僕はフェイ=ディルク。旧姓、フェイ=ボネット」
そう言ったとたん、周りにいた生徒たちがざわめき始めた。
「おい、フェイ=ボネットだってよ」
「うそ!生きてたの?」
「まあ確かに、戦慄の魔術師ならあの魔法の威力も頷ける……」
周囲の喧騒がひどくなる中、ブラムが肩を震わせながら言った。
「黙れ!」
――一瞬にして静かになる。
「なぜ、なぜおまえが生きているんだ!五年前、殺させたはずなのに!!」
「殺させた……?分家の人たちは当主の命令だって言ってたけど、ブラム……君も一枚噛んでいたんだね……」
それを聞いた途端周りの生徒たちはもちろん、エリスとメリアも反応する。
「フェイ様!どういうことですか!!」
メリアが聞いてくる。
エリスもブラムに似たような質問をしていた。
「うん?大したことじゃないよ……」
「おい!質問に答えろ!なぜ生きている!分家のやつらは確かにお前を殺した後死体は燃やしたといっていたぞ!!」
エリスの質問を無視して、僕にどなりながら聞いてくる。
「公衆の面前でそんなブラックなこと聞いていいの?」
それを聞き、ブラムは「しまった!」といった顔をする。
「――っ!」
後ろからうめき声が聞こえて、僕は思い出した。
メリアが怪我をしていた事に……。
「ごめんね、メリア。すぐに治すから。【水の上級魔法 ハイヒール】」
その直後、メリアの体は光に包まれ、収まったころには傷はすべて治っていた。
この五年間で僕も、ハイヒールを使えるようになっている。
周りの生徒たちは、僕が自然に行ったそれに戦慄していた。
「おい、あれハイヒールだぜ!」
「嘘!しかも一年生で!?」
「ハイヒール使えるのって、確かこの学校には数人しかいなかったよな?」
「さすが戦慄……だな」
「あの、フェイ様ありがとうございます!」
「いいよいいよ、それよりこれ……着なよ」
そう言って僕は上着を渡す。
「えっ、あの?」
突然上着を渡され困惑しているメリア。
「いや、その……ハイヒールでは服までは直せないからさ……そのー」
そう、服は直せない。
さっきまで魔法を受けていたメリアの服はボロボロで、下着とか、ふとももとか……いろいろ見えている。
それに気づいたメリアが顔を真っ赤にしながら慌てて上着を受け取った。
「あの、ありがとうございますっ!」
「また明日返してくれればいいから……」
そう言って、僕はブラムのほうを見る。
「さっきの質問の答えだけど、魔法で身代わりを作った……でいいかな?」
「魔法だと?バカな、質量をごまかせる闇魔法は上級以上……五年前のお前は中級魔法しか使えなかっただろ!!」
八歳で中級魔法が使えるのは十分すごいのだが……。
「うん!だから、闇と土の中級魔法を合成したんだ……」
「なっ!?そんなことできるわけ……」
「信じなくてもいいけど、現に僕は今ここにいる」
「――っ!」
驚愕の表情を浮かべるブラム。
それはエリスやほかの人たちも同じだった。
……メリアだけは、「さすがです!」といった顔で、僕を見ていたが。
「……今はそんなことはどうでもいい!!」
……ブラムから言ってきたのに。
口には出さない、面倒だから。
「なぜ、自分の正体がばれるのを分かっていて、そんな女を助けた!」
「可愛い女の子がいじめられてたら、助けるのは当然でしょ?」
そう言うと後ろでメリアが「かっ、かわいい……」と、頬を紅潮させながら呟いていた。
「だからといって、俺の邪魔をしたことに変わりはない!痛い目にあいたくなければ、そいつを置いて失せろ!」
「断るよ」
「何!」
「ブラム、君は相変わらず弱い者いじめが好きだね……」
そう言うと、エリスが目を伏せた。
その一方でブラムは口角を上げ、僕に向かって言った。
「兄さん……いや、フェイ。あんたも今の俺からしたら、弱い者に入るんだぜ!例えお前がフェイ兄さんだとしても、今の俺にかかれば容易に捻りつぶせる!」
――空気が凍る。
「それは、僕に勝てる……ということなの?」
「勝てない……とでも思っているのか!!【火の初級魔法 ファイヤーボール】!!」
一人で行使したのに、先ほどとは比較にならない威力の火の玉が、先ほどの量を上回るほど出現し、フェイに向かう。
着弾と同時に地を震わすほどの轟音と爆風が生まれる。
「きゃあ!」
メリアは爆風によって後ろに吹き飛ばされる。
「どうだ!これが今の俺の力だ!!」
悪魔のような表情に、この場にいた全員が恐怖する。
その中でエリスとメリアは声を上げた。
「「フェイ様(兄様)!」」
土煙が収まり始め、辺りが見えるようになる。
火の玉が着弾したところには、黒髪の少年が悠然と立っていた。
そして、不敵な笑みを浮かべ挑発するように言った。
「ねえ、今の君の力って、こんなものなの?」
――この二人の戦いが、歴史を大きく変えることになる。