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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に

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八十一話

「こちらが村に関する資料でございます」


 深々と頭を下げながら、フォルズは紙の束をフェイに手渡す。

 ここにはこの村――キャルビスト村のありとあらゆる情報が書き込まれている。

 例えば人口。村の財源やそれに伴う収益。

 一年で死亡した人の数、逆に生まれた人の数。

 あるいは、税の額。


 今回領地に足を運んだ目的の一つは視察。

 村の実情をこの目で確かめることと、自分が新たな領主になったことを告げることだ。

 そしてもう一つの目的がこの資料を受け取ること。


 これさえ受け取れば、今日のところはもうこの村には用はない。

 この後の流れとしては、領内の残る三つの村を回り、同じようなことをするだけだ。

 そして今月末――あと一週間と少しでフェイ=ディルク自身の政策を打ち立て、領内の屋敷に引っ越す。


 自分のスケジュールを脳内で思い起こしながらフェイはため息を吐いた。

 そもそも、自分は領主何て御高尚なものは向いていないのだ。

 とはいえ悔やんでも仕方がない。

 フォルズに礼を述べ、フェイは壊された馬車とは別に用意された馬車に乗り込み、キャルビスト村を後にした。


◆◆


「ただ、いま……」


 よろよろと、二日ぶりの我が家に帰って来たフェイは部屋のドアを開けて中に入る。

 両手には分厚い紙の束を持っていた。


 あの後もう一日かけて残る村を視察し終えたフェイは、王都ではなく精霊学校の近くまでトレントに送ってもらった。

 そこで別れて、こうして帰って来たのだが、


「疲れた……」


 床に荷物を置いて、ベッドに腰掛けながら伸びをする。

 首を回すとコキコキと小気味のいい音がなった。

 そのまま横になる。

 そして目を瞑ったところで、ガバッっと起き上がった。


「寝たらダメだ。今日中に資料に目を通しておかないと……!」


 今日は徹夜かな……そう思いながら、フェイは紙の束に手を伸ばした。


◆◆


「おはよう……」


 小さな声で呟きながら教室に入る。


「お、フェイ。おっす……って、おいおいどうした」


 ゲイソンが挨拶を返しながら、フェイに心配の声をかける。

 フェイの顔には疲労の色が濃く、見るからに疲れているようだった。


「なんだ、夜更かしでもしてたのか? 夜中まで遊ぶのはよくないぞ、全く」

「は、はは……」


 苦笑いを浮かべながら席に向かうフェイの背中から声が発せられた。


「あんたと違って遊んでるわけないでしょ。きっと何かやることがあったのよ」


 おはよーと挨拶をしながら、アイリスが教室に入って来た。

 その瞬間ゲイソンはむっとした表情を浮かべてアイリスに言い寄る。


「なんだその言い方。まるで俺が四六時中遊んでいるような口振りじゃねえか」

「あら、違った? あんたの脳内お花畑だと思ってたわ」


 また始まった……と、フェイはため息を吐きながらメリアに近寄る。

 メリアは少し眉を顰めながらフェイを覗き込む。


「フェイ様、無理はしないでくださいね」

「え、うん。メリアこそ、僕を頼ってもいいんだからね」

「…………それなら、私も頼ってください」

「……?」


 何かを小さな声で呟き、不機嫌そうに顔を背けたメリアをフェイはただただ不思議そうに見つめた。


◆◆


「【ファイアーボール】!」


 午後の魔法の実技の授業。

 土でできた的に【火の初級魔法 ファイアーボール】を当てるという至極簡単な授業内容だ。

 といっても、その的が小さいのだ。

 50m離れた距離からたった1mほどの標的を射抜くのは至難の業だ。


 現に、たった今火の玉を放ったアイリスも外している。

 と、そんなアイリスの肩にぽんっと手を置き、挑発するような笑みを浮かべてゲイソンが言った。


「ま、それがお前の限界だな」

「なっ、なによ! あんたなら出来るっていうの!?」


 無理でしょ! っと、ふふんと鼻で笑いながら視線を送るアイリスに、ゲイソンはドヤ顔で続ける。


「あんな大きい的を狙えないわけないだろ? まぁ見てろ」

「?」


 やけに自信ありげなゲイソンをジト目で睨みながらアイリスは彼の魔法を見ることにした。


「いくぜ! 【ファイアーボール】!!」


 勢いよく放たれたそれは、50m先の的を――貫いた。


「しゃっ!」


 ガッツポーズを取るゲイソン。

 満面の笑みを浮かべるゲイソンとは正反対に、周囲の人間は冷ややかな目を向ける。

 と、そんなゲイソンに、Eクラス担任のアーロンが近付きながら声をかけた。


「おい、ゲイソン」

「あ、アーロン先生。いや、別に褒めなくて大丈夫っすよ。当てて当然何で」


 こめかみを引くつかせながらアーロンは何かを抑えたような声を発した。


「あぁ、当然だ。あんな巨大な火の玉だ、外す方がどうかしてる。最初の授業説明の時に言っただろ。放つ火の玉は大きくてもこぶし大にしろ! っと」

「…………?」

「お前、寝てただろ」

「せ、先生。他の人の番なんで、ここで話すと邪魔になりますよ」

「そうだな。少しあっちの隅で話そう」


 がしっと両肩を力強くつかみ、アーロンはゲイソンを連れて行った。

 そんなゲイソンを、アイリスは可笑しそうに笑いながら、フェイに声をかけた。


「あいつ、きっと本物のバカよ! ね、フェイ君。……って、フェイ君、どうしたの?」

「ん、あぁ、いや、別になんでもないよ」


 笑いながらフェイは返す。

 フェイの前の的は、一つも壊れていなかった。


◆◆


 フェイの部屋に置かれた村の資料。

 そこには、昨年度の死亡者の数が記されていた。

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