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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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八十話

「…………」


 キャルビスト村の村長――フォルズとの話を終えて、フェイは村に関する資料が用意されるまでの間、村長宅を出て村を見て回ることにした。

 傍らにはトレントがついている。

 今回フェイが賜ることとなったキャルビスト地方の最大の村。

 規模――人口1000人に満たないとはいえ、このあたりでは最大の村だが、こと活気や生産面においては、他の地方の同規模の村と比べて劣っている。


「人っ子一人、いませんね」


 フェイが心の中で思っていたことを、トレントが囁く。

 確かに、村長宅を出て村を回ってから、村民の姿を一人として見ない。


「家の中に逃げ隠れているのでしょう」

「逃げ隠れる、ですか?」

「それだけ、彼らが我々に恐怖を抱いているということですよ」


 ため息を吐きながらフェイは尚も足を進める。

 行く当てはない。

 フォルズ曰く、資料を纏めるのに小一時間ほどかかるらしいので、その間の時間を潰しておきたいのだ。

 とはいえ、こんなふうに避けられていては気分も重くなるというもの。

 ため息を吐きながら、フェイは村の外へと向かった。


 ◆


「ふぅ……」


 思わず、フェイは息を吐きだした。

 村の外れにある森――先日フェイたちが襲われたところ――に足を運んでいた。

 どうにも疲れる。

 別に緊張など微塵もしていないが、あの村にいると自分たちがひどく異端で、どこか監視されているような気がして落ち着けないのだ。


 そんな中で村から出れて、肩から力が抜けた。


「そういえばトレントさん。アンナさんを見ていなくても大丈夫なんですか?」


 疲労で倒れたアンナを村に置いてきたことを思い出し、傍らについてくるトレントにそう声をかけた。

 対して、トレントはその問いに柔らかく微笑みながら答える。


「ええ、大丈夫ですよ。そもそも、わたくしはフェイ様の使用人という仕事を仰せつかっています。それを放棄して妹の世話をするなどあってはならないことですよ」

「そう、ですか……」


 自分の使用人。

 確かにトレントは今フェイの執事として今この場に立っているが、実際彼は王城に仕えているのだ。

 断じて自分に仕えているわけではない。

 だからこそ、今回の領地の事務処理を終えると、トレント、そしてアンナは王城に戻ることになる。

 仕方のないことだと分かってはいるが、それでもフェイはそれが惜しかった。

 トレントの能力も然りだが、それ以上にトレントとアンナ。二人がいることで何故かフェイの心は安らいだのだ。

 だが、わがままをいう訳にはいかない。

 彼には彼の、そして自分には自分の仕事があるのだ。


「……っ」


 思わず、フェイは眉を顰めた。

 突如降り注いだ陽の光が眩しかったからだ。


「! あれは……」

「湖、ですね。小さいですが」


 キラキラと光を反射する水面を見て、フェイは息をのむ。

 大きさ的に言えば〝池〟と表現するのが適切かもしれないが、目の前のそれはそう表現するのを躊躇わせるほどの神聖さがあった。

 実際の大きさとは違い、何故かとても大きく見えたのだ。

 それは、この森が小さいから、比例的にそう見えているだけかもしれない。


 フェイは無言で湖の傍に腰掛ける。

 少し地面は湿っていたが、気にするほどのことでもない。

 と、やはり執事としての立場からか、トレントは斜め後ろで立って控えている。

 それを見てフェイは苦笑いを浮かべながらトレントに言う。


「トレントさん、静かな森で後ろに立たれては気になりますよ。どうぞ、座ってみてください。気持ちいいですよ」


 言って、フェイは目を瞑る。

 水がざわざわと音を立て、それとは別種の木々の音が調和し、大自然の中にいるような錯覚に陥る。

 気持ちいい。


 と、そんなフェイをトレントは細めで見つめる。

 やがて、彼の横に寄り添うように腰掛けた。


「フェイ様は、これからどうされるおつもりですか」


 ぼそりと、囁くようにトレントが呟く。

 その問いに反応して、フェイは閉じていた目を開く。

 そして小首を傾げながら返した。


「どうしました、急に」

「いえ。ただ、少し気になったもので。わたくしとフェイ様はどこか似ているような気がしたので・……」

「似ている?」


 トレントの言葉に、フェイは訝しむ。

 自分とトレント。どこからどう見ても似ているところなどないのだ。


「ええ。わたくしもフェイ様のように何も信じることが出来なくなり、そして――」

「?」


 突如言葉を止めたトレントを、フェイは黙って見つめる。

 その視線に照れたように微笑みながら、どこか悲しげに微笑みながら、トレントは話す。


「あ、いえ。わたくしの身の上話などどうでもいいことでしたね。ただ、わたくしは興味があるのです。フェイ様のこれから歩む道がどのようなものになるのかを」


 言われて、考える。

 考えれば考えるほど、自分は先のことを何も考えていないことに気付いた。


(将来やりたいこともない。やらなければいけないこともない。僕は……)


 思わず、眉間にしわが寄る。

 顰め面で考え込むフェイを、トレントはどこか悲しげな表情で見つめていた。

 やがて、フェイは重々しく口を開く。


「取りあえず、当面は男爵として賜った領地を豊かにしていく、ですかね」


 分かっている。これは逃げだ。

 取りあえず。何も思いつかないから、取りあえず。


「そうですか。では、僭越ながらこのわたくしも、そのお手伝いをさせていただきたく思います」

「えっ……?」


 それきり、トレントは口を閉ざし、目の前の湖を見つめる。

 メガネのレンズ越しに見える黒い瞳は、真っ直ぐと湖を見つめているようだったが、しかしそこには何も映っていない。


 トレントの過去に、何かあったのだろうか。

 そして最後の言葉はどういう意味だろう。


 二つの疑問が浮かび上がったが、フェイは頭を振ってその疑問を霧散させる。

 語りたくないものを探るのは野暮だと思ったからだ。

 探られることの気持ち悪さを、何より自分自身が知っているのだから。

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