七十九話
「――――ということで、今後この村一帯は私が統治することになりました」
キャルビスト村の村長の家。
その応接室――といっても、決して豪奢ではないが――で、フェイはこの村の村長、フォルズと対面していた。
軽くあいさつを済ませて、助けてもらったことに対する礼を述べてから、フェイは本題に入った。
自分が、ボネット家に変わりこの村と、その一帯を統治することになった旨。
それを、この村の代表である村長に伝えたのだ。
「承知いたしました。今後は、フェイ=ディルク様に従いましょう」
茶色の狼耳が特徴的なフォルズが、フェイの言葉に頷く。
顎辺りから伸びている髭を触りながら、フォルズはその赤い瞳でフェイを射抜く。
彼は、新たな領主を見定めていた。
見定めるといっても、決して上からの意ではない。
ボネット家と比べて、自分たちに対してどのような扱いをしてくるのか。
願わくば、税が軽くなることを祈るばかりだ。
「取りあえず、村の経営に関わる資料を全て出してください」
「分かりました……」
敬語を使い、低頭で接してくるフェイに些か驚きを抱く。
驚くといえば、フェイの歳にも驚いた。
例え貴族の息子であっても、十三歳が領地を持ち、法を敷くなどそうあり得るものではない。
相手が子供ならば――――
甘い考えが、フォルズの脳裏に宿る。
だが、直ぐにその考えを捨てる。
たとえ子供であろうとも、領地を任せられるのには何か理由があるはずだ。
油断するわけにはいかない。
長年この村の村長を務めてきたフォルズの責はただ一つ。
この村に生きる村民を人類に殺させないことだ。
それは、前任の村長から任されたものでもある。
つまりは、自分が何か失敗をすれば、その時は村民の命を危険にさらしてしまうことになる。
慎重に慎重を重ねる。
鋭い視線で、フォルズはフェイを見つめる。
そして、フェイもまたフォルズの視線に気付いていた。無論、その視線の意味にも。
(予想以上に警戒されているなぁ。ボネット家はなにをしたのやら……)
大体予想はつく。
では、自分はどうするか。
どういう風にこの村を統治したいか。
自分の命令一つで、この村に住む者の命は容易く奪うことが出来るだろう。
だが、フェイはそのことに優越感は抱かない。
むしろその逆。恐怖と焦燥がフェイを支配する。
だがともかく、目の前の男――フォルズには弱みを見せてはいけないような気がした。
「そう言えば、例の盗賊の件ですが……」
唐突に、フォルズが口を開いた。
「あぁ、そう言えば。彼らはどうしていますか?」
自分が気を失ってから盗賊の動向は耳にしていなかったなと、フェイは思い出して聞く。
「あの後尋問いたしましたが、特に何も話しませんでした。埒が明かないので一旦尋問は中止し、今は地下牢に閉じ込めております」
「閉じ込めている? ということは、彼らはまだ生きているんですね?」
「? ええ……」
訝しりながらフォルズは頷く。
(生きている。つまりは毒で自殺しなかったという事か。なら、ボネット家の差し金ではないか。ボネット家なら絶対に失敗したら死ぬように命じているはずだ。深読みしすぎたか)
奴らはただの盗賊。
フェイはそう結論付ける。
「それで……盗賊たちの処遇なのですが……」
フォルズが重々しく口を開く。
彼が何を言わんとしているのか、フェイには分かった。
「勿論、こちらを殺そうとしたのです。死刑以外に選択肢はありません」
盗賊は死刑。
それは、当然の認識である。
何かしらの利用価値があるだとか、または情状酌量の余地がある理由があるのならば別だが、命、財産、名誉。それらを踏みにじり、奪う盗賊にそれ以外の刑はあり得ない。
「そのことなのですが、いかんせんこの村にはそういうことを行う場所がございません」
「刑場がない、ということですか?」
「はい。この村のみならず、獣人の住む村の大多数は、そう言う場がないのです……」
獣人に人類を裁く資格はない。
刑場がないことは、そういうことだろう。
「でしたら、王都に移送して、そちらで処置をしてもらうしかありませんね」
フェイの言葉にフォルズは頷く。
「では、王都からの兵が来るのに数日かかると思いますので、その間は盗賊たちの身柄はよろしくお願いします」
「分かりました……」
フェイは立ちあがる。
どうせ盗賊は死ぬ定めにある。
ならば、あの時殺していればこんな手間が増えることもなかったものを……。
フェイはそんなことを思いながら、応接室を後にした。