七十七話
「来るなっ!」
懐にしまっていたのか。
盗賊の一人がダガーナイフを右手に持ち、一人の少女を左手で拘束していた。
じりじりと、盗賊たちは、フェイから距離を取る。
一方で、フェイには為す術がなかった。
(失態だ……!)
拘束され、ダガーナイフを突きつけられている少女は瞳に涙を潤ませている。
ひぃっ! と、悲鳴を微かに漏らしていた。
そんな少女の頭部からは黄金色の狐耳、そして同色の尻尾が、逆立ってそこにあった。
――獣人。
(やはり、キャルビスト村の住人か)
自身がこれから治める領地の住民が人質に取られれば、どうすることもできない。
「へっ、へへ……」
何もしてこないフェイを見て、このまま逃げられると確信したのか。
先ほどまでの逃げを一転、フェイに対して強気に出る。
「さっきはよくもやってくれたな。このままただで済むと思うなよ?」
ジュルリと、盗賊が舌なめずりをする。
それがあまりにも醜くて、思わず少女はびくりと肩を震わす。
そして、フェイに助けを求める視線を向ける。
盗賊たちは既に残り半数。
フェイに向かって戦えるのは六人だけで、残りは先程の戦闘で、少し離れたところで動けずにいる。
それを回収して、このまま逃げればよかったのだが、盗賊たちは植え付けられた恐怖。そして苦痛を与えたフェイを見過ごすことは出来なかった。
「へっ、避けるなよ」
弓を番える。
狙いはフェイ。
だが、一発で殺そうという狙いではない。
それを見て、フェイは詰まらなそうにため息を吐く。
そして、怒りを微かに宿らせた瞳で盗賊を睨み、しかしその場で動かない。
抵抗する意思がないと判断し、盗賊は更に笑みを深くする。
そして、腹部に狙いを定め――矢を放った。
「ぐぅ……ッ!」
腹部に矢が一本刺さっても尚、フェイは膝をつくことなく盗賊を睨む。
「どうだ、痛いだろう!」
盗賊たちは自分たちが圧倒的優位にあると確信し、先程のお返しだとばかりにフェイを嘲るように言い放つ。
「痛いですね。まあ、慣れていますが」
腹部を見て、フェイは呟く。
矢じりは貫通せずに刺さっていた。
それにしても……と。
フェイは盗賊を見る。
(早めに僕を殺せばよかったものを……)
自分が言えたことではないがと、自嘲する。
しかし、今の間にフェイは地面に魔力を浸透させることが出来た。
そして呟く。
「【ソイルロープ】」
盗賊たちの地面の土が縄状に変化し、彼らを拘束する。
少女を拘束していた盗賊も同様に、その土の縄はダガーナイフを握る右腕、そして少女を捕まえている左腕にまで至る。
ギチギチと、締め付けられ、耐え切れなくなり盗賊はダガーナイフをぽろりと落とす。
その瞬間、少女は盗賊から距離を取る。
それを追いかけようと手を伸ばすが、土の縄は更に締め付けそれを許さない。
「さて、もうこれ以上長引かせてもあれなので、終わらせますか」
魔力を、先程と違い盗賊たちに感じられるように放出する。
魔法というものをあまり見ない獣人である少女は、盗賊から距離を取ると同時に、その場にへたり込む。
空一面に、土の槍が展開される。
人数人を殺すには十分すぎる量の魔法。
フェイが右手を上げる。
これを振り下ろしたと同時に、土の槍は地面に向かって放たれ、盗賊たちは一人残らず死ぬだろう。
「くそっ! くそぉっ!」
恐怖にかられながら、拘束を振り払おうとする。
だが、それは無意味で、ただ淡々と、フェイは口を開く。
「【ウォーターラ「ダメッ!」――!」
名唱の途中で少女が叫び、フェイは突然のことに驚愕しながら水の槍を放った。
その軌道は僅かに狙いをそれ、盗賊の足、腕、腹部。
それらを穿つ。
「「「ッッ……ァッ!」」」
叫ぶ余裕のない苦悶の声を盗賊たちは上げる。
だが、フェイはそんな盗賊たちに興味は抱かず、自身の魔法の行使を邪魔した少女に目を向ける。
「何故、止めたんですか」
単純な疑問をぶつける。
彼女だって、怖い目にあったはずだ。
にも拘らず、その元凶を排除しようとして、それを邪魔する意味がフェイには理解できなかった。
「殺すのは、ダメですッ!」
土で汚れた巫女服を気にもせずに、少女はフェイの目を見てそう告げる。
「あなたを人質に取ったんですよ?」
「だからって、殺していい理由にはなりませんっ!」
「…………。ここで不要な情けをかけると、自分たちに害が及びますよ」
半ば呆れるように、フェイは少女に説く。
正直なところを言えば、少女を無視して盗賊たちを殺すことは簡単だ。
だが、仮にも自分の領地の民だ。
あまり悪印象を持たれたくない。
それに、少女の前で人を殺すのもあまりいい気持ちはしない。
「だとしても、です!」
ここまで言われては仕方がない。
諦めたようなため息を吐き、フェイは再び【ソイルロープ】を発動し、悶える盗賊たちを拘束する。
そしてそのまま土の玉をぶつけて気絶させる。
淡々とその作業を終えたフェイは、これでいいのかと、少女に視線をぶつける。
つい先ほどまで恐怖のふちを彷徨っていたはずの少女は、その元凶の命が助かったことに、満面の笑みを浮かべていた。
それが、フェイにとってはとても眩しく、そしてどうしようもないほどに苛立たしいものであった。