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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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七十七話

「来るなっ!」


 懐にしまっていたのか。

 盗賊の一人がダガーナイフを右手に持ち、一人の少女を左手で拘束していた。

 じりじりと、盗賊たちは、フェイから距離を取る。

 一方で、フェイには為す術がなかった。


(失態だ……!)


 拘束され、ダガーナイフを突きつけられている少女は瞳に涙を潤ませている。

 ひぃっ! と、悲鳴を微かに漏らしていた。


 そんな少女の頭部からは黄金色の狐耳、そして同色の尻尾が、逆立ってそこにあった。

 ――獣人ワービースト


(やはり、キャルビスト村の住人か)


 自身がこれから治める領地の住民が人質に取られれば、どうすることもできない。


「へっ、へへ……」


 何もしてこないフェイを見て、このまま逃げられると確信したのか。

 先ほどまでの逃げを一転、フェイに対して強気に出る。


「さっきはよくもやってくれたな。このままただで済むと思うなよ?」


 ジュルリと、盗賊が舌なめずりをする。

 それがあまりにも醜くて、思わず少女はびくりと肩を震わす。

 そして、フェイに助けを求める視線を向ける。


 盗賊たちは既に残り半数。

 フェイに向かって戦えるのは六人だけで、残りは先程の戦闘で、少し離れたところで動けずにいる。

 それを回収して、このまま逃げればよかったのだが、盗賊たちは植え付けられた恐怖。そして苦痛を与えたフェイを見過ごすことは出来なかった。


「へっ、避けるなよ」


 弓を番える。


 狙いはフェイ。

 だが、一発で殺そうという狙いではない。

 それを見て、フェイは詰まらなそうにため息を吐く。

 そして、怒りを微かに宿らせた瞳で盗賊を睨み、しかしその場で動かない。


 抵抗する意思がないと判断し、盗賊は更に笑みを深くする。

 そして、腹部に狙いを定め――矢を放った。


「ぐぅ……ッ!」


 腹部に矢が一本刺さっても尚、フェイは膝をつくことなく盗賊を睨む。


「どうだ、痛いだろう!」


 盗賊たちは自分たちが圧倒的優位にあると確信し、先程のお返しだとばかりにフェイを嘲るように言い放つ。


「痛いですね。まあ、慣れていますが」


 腹部を見て、フェイは呟く。

 矢じりは貫通せずに刺さっていた。


 それにしても……と。

 フェイは盗賊を見る。


(早めに僕を殺せばよかったものを……)


 自分が言えたことではないがと、自嘲する。

 しかし、今の間にフェイは地面に魔力を浸透させることが出来た。

 そして呟く。


「【ソイルロープ】」


 盗賊たちの地面の土が縄状に変化し、彼らを拘束する。

 少女を拘束していた盗賊も同様に、その土の縄はダガーナイフを握る右腕、そして少女を捕まえている左腕にまで至る。

 ギチギチと、締め付けられ、耐え切れなくなり盗賊はダガーナイフをぽろりと落とす。


 その瞬間、少女は盗賊から距離を取る。

 それを追いかけようと手を伸ばすが、土の縄は更に締め付けそれを許さない。


「さて、もうこれ以上長引かせてもあれなので、終わらせますか」


 魔力を、先程と違い盗賊たちに感じられるように放出する。

 魔法というものをあまり見ない獣人である少女は、盗賊から距離を取ると同時に、その場にへたり込む。

 空一面に、土の槍が展開される。

 人数人を殺すには十分すぎる量の魔法。


 フェイが右手を上げる。

 これを振り下ろしたと同時に、土の槍は地面に向かって放たれ、盗賊たちは一人残らず死ぬだろう。


「くそっ! くそぉっ!」


 恐怖にかられながら、拘束を振り払おうとする。

 だが、それは無意味で、ただ淡々と、フェイは口を開く。


「【ウォーターラ「ダメッ!」――!」


 名唱の途中で少女が叫び、フェイは突然のことに驚愕しながら水の槍を放った。

 その軌道は僅かに狙いをそれ、盗賊の足、腕、腹部。

 それらを穿つ。


「「「ッッ……ァッ!」」」


 叫ぶ余裕のない苦悶の声を盗賊たちは上げる。

 だが、フェイはそんな盗賊たちに興味は抱かず、自身の魔法の行使を邪魔した少女に目を向ける。


「何故、止めたんですか」


 単純な疑問をぶつける。

 彼女だって、怖い目にあったはずだ。

 にも拘らず、その元凶を排除しようとして、それを邪魔する意味がフェイには理解できなかった。


「殺すのは、ダメですッ!」


 土で汚れた巫女服を気にもせずに、少女はフェイの目を見てそう告げる。


「あなたを人質に取ったんですよ?」

「だからって、殺していい理由にはなりませんっ!」

「…………。ここで不要な情けをかけると、自分たちに害が及びますよ」


 半ば呆れるように、フェイは少女に説く。

 正直なところを言えば、少女を無視して盗賊たちを殺すことは簡単だ。

 だが、仮にも自分の領地の民だ。

 あまり悪印象を持たれたくない。

 それに、少女の前で人を殺すのもあまりいい気持ちはしない。


「だとしても、です!」


 ここまで言われては仕方がない。

 諦めたようなため息を吐き、フェイは再び【ソイルロープ】を発動し、悶える盗賊たちを拘束する。

 そしてそのまま土の玉をぶつけて気絶させる。

 淡々とその作業を終えたフェイは、これでいいのかと、少女に視線をぶつける。


 つい先ほどまで恐怖のふちを彷徨っていたはずの少女は、その元凶の命が助かったことに、満面の笑みを浮かべていた。


 それが、フェイにとってはとても眩しく、そしてどうしようもないほどに苛立たしいものであった。

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