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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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七十六話

 ドガァン!

 地面をえぐり取る破砕音が、森一帯に響き渡る。


「――ッ、あいつ、本気で俺たちを殺す気だ!」


 盗賊の一人が怯え声をあげる。

 その怯えの対象はフェイ。

 明確な殺意を持って放たれた水の槍を、すんでのところで避けた盗賊は、一旦フェイから距離を取ろうとする。

 だが、それをフェイが逃がすはずがない。


「【ウォーターウォール】!」


 水の壁が、盗賊たちの逃げる先を塞ぐ。

 そして、逃げ場を失った盗賊たちは一瞬これからの行動を逡巡した。

 逃げるか、戦うか。

 そして、その一瞬の時間が、彼らにとって命取りとなった。


「グァァアァァ!」


 一人の盗賊の足を、水の槍が穿った。

 水の槍は男の足を穿つと同時に空気中に霧散する。

 残ったのは、ぽっかりと穴が開き、そこからとめどなく血が溢れ出て、あまりの激痛に地面に転がり、悶える盗賊だけだった。


「痛いですか」


 つい先刻までと比べて、同一人物と思わせないまで冷たい口調と声色。

 何よりフェイのその瞳には、悶え苦しみ盗賊の姿しか映っていない。

 命などに関心がないかのような。

 今ここで自分たちを殺しても気にも留めないかのような絶対零度の瞳に、盗賊たちは殺されると、そう確信した。


「ま、待て! 俺たちはお前たちを誰一人殺していない! だというのに、俺たちを殺していいのか! これはれっきとした殺人。悪人の所業だぞ!」

「殺していない……?」


 離れたところから弓を構えてフェイを警戒する別の盗賊の言葉に、ぴくりと反応する。


「そうだ! 誰も死んでいないだろ!」

「…………」


 フェイは思い返す。

 右半身が焼けただれて、腹部には矢が刺さったトレントの姿を。


 フェイは思い返す。

 その治療をしようとしたとき、自分たちを殺そうと、何度も矢の雨が放たれたことを。


 フェイは思い返す――


「それは、結果論でしかない。あなたたちが私たちを殺そうとした事実。それが、僕があなたたちの命を奪う理由だ」

「――ッ、何が命を奪う理由だ! 正義を気取りやがって!」

「正義? 命を奪うことに、正義も悪もないでしょう」

「何ッ!?」

「僕は今からあなたたちを殺す。そしてそのことに対して、僕が正義か。あるいは悪であったかなんてものは求めていません。僕が求めているのは、あなたたちが死ぬという事実だけですから」

「くそっ! くそがぁ!」


 弓を放つ。

 だが、それが無駄であることを、いい加減理解すべきだ。

 フェイは詰まらなげにそれを一瞥し、一語。ただ命ずる。


「【ファイアーウォール】」


 焼き尽くす。

 自分たちを殺すことに、何の躊躇いもなくその力を行使する様は、盗賊たちにどう映ったのか。


「あ、悪魔だ……!」


 誰からともなく、そう呟く。


「うぁぁぁあぁぁぁッ!!」


 盗賊が三人、腰に差してあった、片刃の剣を抜き、フェイに襲い掛かる。


「遅いっ!」


 フェイはそれに対して、地面に倒れている盗賊同様水の槍を放つ。

 一人、また一人と、血を流しながら地面に倒れ伏す。

 彼らに共通していることは、放っておけば死ぬであろう致命傷を負いながらも、誰一人として死んでいないことだ。


 そしてそのことに、辛うじて致命傷を浴びていない残りの盗賊たちは気付いていた。


「てめぇ、俺たちをなぶり殺しにしようってか」


 怒りに満ちた表情を浮かべて、濁声で声を発する。


「ええ。ただ殺すだけでは意味はありませんからね。トレントさんが浴びた苦痛も感じていただかなくては」


 この血なまぐさい場には余りにも似つかわしくない落ち着いた声とていねいな言葉遣い。

 それが、盗賊たちの神経を更に逆立たせた。


「【ファイアーボール】!」


 火の玉。

 紛れもない魔法が、フェイに放たれた。

 それは、最初に馬車に放たれた魔法と同じ魔力の波長を持ったもの。

 盗賊の中でただ一人の魔術師。

 放たれた火の玉は、水の玉で相殺し、すぐさま地を蹴って魔術師に詰め寄り、腹部に掌底を叩きこむ。

 吐瀉物をまき散らしながら、魔術師は地面を転げる。


 あまりにも他愛ない。

 だが、それは当然と言ってもいいかもしれない。

 フェイと盗賊たちでは、あまりにも力の差があり過ぎた。

 最初から、盗賊たちに勝ち目はなかった。

 ある一手だけを除いて。

 そう――、一手だけ。


「!」


 フェイに、微かな違和感が浮かぶ。

 正確に言えば、ずっと放ち続けている【サーチサークル】に反応が生じたのだ。

 それは、アンナでも、トレントでも、あるいは盗賊でもない。

 全く別の反応。

 反応が生じた方向から推測するに、フェイがこれから向かおうとしている、キャルビスト村から来たらしい。


(くそ、面倒な……)


 真っ直ぐと、その反応はこちらに向かってきている。

 このままだと、まずい。

 警鐘がなる。


 フェイが【サーチサークル】の反応に意識を向けた瞬間、その一瞬だけ、フェイの注意が盗賊から逸れた。

 その隙を盗賊たちは見逃さない。

 すぐさまフェイから逃げるように――反応がした方向へ、盗賊たちは走り出した。


「しまっ……!」


 盗賊の動きをすぐさま察知したフェイは、それを妨害しようとする。

 だが、こちらに向かってくる反応と、その反応に向かう盗賊。

 彼らが出会うことを防ぐのは、不可能だった――。

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