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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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七十五話

「【サーチサークル】」


 魔力を薄く円状に伸ばし、索敵する魔法【系統外魔法 サーチサークル】を、冷たい声で名唱する。


(周囲に人影はない、か。このまま奴らを追ってもアンナさんたちが危険にさらされることはない)


 冷静な頭とは正反対に、フェイの中では沸々と怒りが沸き上がっている。


「では、少し離れます。アンナさんたちはこのまま待っていてください」

「あ、あの、フェイ様……」


 今のフェイからただならぬ何かを感じたのか、アンナは恐る恐る声をかける。


「腕、大丈夫ですか……?」


 フェイの右腕に視線を移しながらアンナは問う。

 トレントを治療する際に、防ぎきれなかった矢がフェイの右腕に今もなお深々と突き刺さり、そこからは止めどなく血が滴り落ちている。

 フェイは自身の右腕に視線を移すと、興味のなさそうな表情で冷たく微笑む。


「片手で矢をとるのは手間なので、このまま放置しておきます。後で村についてから治療しますよ」


 相当痛いはずだ。にも関わらず何でもないかのようにそういうフェイに、アンナの背筋を冷たいものが這った。


「では、絶対にこの場を離れないでください」


 そういい残して、フェイは【エンチャントボディ】を行使し、森の中へと飛ぶように走り去った。






「逃がさない――ッ!」


 フェイが森に向かった瞬間に、フェイたちを襲った集団は奥へと撤退する。

 それを【サーチサークル】で知覚しているフェイは、すぐさま魔法を行使する。


「【ロックボール】!」


 いつもの【ファイアーボール】では森を焼き払ってしまうので、それを防ぐために土の玉を展開し、逃げようとするその集団に向けて放つ。が――


「くそ!」


 周囲に生い茂る木々がそれを阻む。

 今まで森の中で生活していたフェイでさえ、一瞬でも気を抜けば根に足を引っかけて転びかねない。

 そんな状況に置いて、木々の位置まで正確に計算した上で魔法を放つなんてことは到底できない。


「――ッ!」


 逃げに徹していた集団の中の一人が一転、振り返りながらフェイに向かって矢を放つ。

 だが、ろくに狙いの定められなかったそれは、避けるまでもなくそれ、近くの地面を軽く抉る。

 どうやら、このまま逃げていても埒があかないと判断したらしい。

 一人のその攻撃を境に、集団は逃げる足を止めて一気に攻勢にでた。


(都合がいい……)


 このまま逃げられていれば、アンナたちを知覚できない範囲にいってしまうところだった。

 今は、辛うじてアンナたちがいる場所【サーチサークル】の効果範囲で、彼女たちの身に何か危険が起きたならば、すぐさま追撃を止めて助けにいくところだった。


(何にせよ、向かってくるなら都合はいいけど、ここだと……)


 周囲をみる。

 暴れる場所がないほどに木々が所狭しとそびえ立っている。

 こと集団対一の場合、これは相当不利になる。


 だが、そんなことは関係ない。

 いつものフェイであれば、セオリー通り距離をとり、どこか開けたところに誘導しただろう。

 だが、今のフェイはある感情がその理性を壊していた。


 それは――恐怖だ。


 あの日、すべてを奪われたあの日から、フェイの中には奪われることへの極端な恐怖心が植え付けられていた。

 そして今、トレントたちの命が奪われようとして、その感情がフェイの中で嵐のように荒れ狂っていた。

 今のフェイの頭には撤退の二文字はない。

 彼が考えていること、それは――


(絶対に逃がさない!)


「【ウィンドカッター】!」


 一度に二十を超える風の刃。【風の初級魔法 ウィンドカッター】。

 それを木々に向けて放ち、切り倒していく。

 五秒後には周りの木々は一掃されていて、開けた空間が現れた。


「見つけた。もう逃がさない!」


 そして同時に、森の中で隠れるように戦っていた集団の姿を視認する。

 彼らは木が倒れたことに一瞬戸惑いはしたが、すぐさま気を取り直し、矢をつがえて放つ。


「【ファイアーウォール】!」


 それを先ほどまでと同様に消し去ると、すぐさま相手の方へ詰め寄る。

 そもそも弓とは遠距離の相手に対しては有効だが、近距離の相手となるとその威力は半減する。


「ハァ!」


 接近し、一番近くにいた男の顎に掌底を叩きこむ。


「グゥ……!」


 声にならない呻き声を上げて掌底を叩きこまれた男は倒れこむ。

 その姿に周りの男とたちは動揺しながら距離を取る。


 そこでようやく、フェイは男たちを見る余裕が生まれる。

 装いは土汚れのひどい麻織りの服。

 弓とは別に腰には片刃の剣が差されている。

 そしてその装いは正しく盗賊のそれだった。


(治安は悪いと聞いていたけど、まさかこれほどとは……)


 だが、例え相手が盗賊であったとしても、はたまたボネット家からの差し金であったとしてもやることは変わらない。


「無駄だと分かったうえで聞きますが、あなた方は誰の差し金ですか?」

「見りゃ分かんだろ。俺たちはただただ通りがかった馬車を襲っては日銭を稼ぐ。それだけの存在だ」


 意外にも、男の中の一人がフェイの問いに答えた。


「ということは、我々を襲ったのはただの金目当てだと?」

「ああ、その通りだ」


 何かがおかしい。

 本来盗賊というのは、こういう地で活動するものではない。

 この辺りはお世辞にも豊かとはいえず、そこを通りかかる人も大抵大した財を持ってはいない。

 故に、盗賊というのは大きすぎず、かといって小さすぎない街の周辺を根城にしている。


 ――と、ここまで考えて思考を中断する。

 そして冷たい声で自分を取り囲む数十の人間に向けて言い放った。


「なら、本当にあなたたちを殺してしまっても大丈夫ですね」


 空中に水の槍を展開しながら、フェイはそう告げた。

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