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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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七十四話

「ぐッ、っぅ……」


 二度目の振動が馬車を襲った瞬間、フェイはすんでのところで車内から転がるように脱出した。

 痛みに耐えながら起き上がる。

 馬車が横転し、滑り落ちた影響で砂埃が舞い上がり、視界が効かない。

 そんな中で、痛む体に鞭を打ってアンナとトレントの姿を探す。


「……ッ」


 呻き声のした方を見ると、アンナがうずくまっていた。

 どうやら、フェイが脱出する前に車内から放り出されたらしい。

 見たところ転がったことによる擦り傷以外目立った外傷は確認できず、フェイはひとまず胸を撫で下ろす。

 だが、そうしているのも一瞬。

 すぐさまトレントの姿を探す。


「……!」


 見つけた。すぐに見つけた。

 だが、トレントの姿を視認したと同時に、フェイは目を見開く。


 何かが直撃したのか、トレントの右半身が焼けただれ、腹部には矢が突き刺さっている。


「トレントさん!!」

「うっ、うぁ……」


 痛みからか、満足に話せないトレントに、フェイは駆け寄る。


「大丈夫ですか! 少し動かないでください!」

「ゥ……」


『申し訳ありません』

 声は発せられていないが、唇の動きでそう言ったことをフェイは把握する。


「喋らなくていいですから!」


 腹部に目をやる。

 矢の先端、つまりは矢じりは背中からその姿を見せている。

 要するに、矢は貫通しているのだ。


(よかった……)


 フェイはそれを見て、安堵する。

 本来矢じりは、体に刺さった瞬間中で折れて体内に残るように作られている。

 それが貫通しているのだ。貫通していないのに比べて治療は幾分楽になる。

 だが……


(この火傷、まさか魔法……)


 フェイがその考えに至った瞬間――


「……ッ!」


 数十を超える矢が、フェイたちに向けて飛んできた。


「くっ――【ファイアーウォール】」


 自分たちを守るように炎の壁を展開し、雨のように降ってきた矢を燃やし尽くす。

 と同時に、フェイは確信する。

――今、自分たちは命を狙われているのだと。


「お、お兄ちゃん……!? お兄ちゃん!!」


 意識を取り戻したアンナが、自分の兄であるトレントを見て血相を変える。

 目に見て取れる焦燥。

 涙をにじませながら、涙声で兄を呼び駆け寄るアンナ。


「アンナさん、大丈夫。今から治療したら十分まにあ――」


 十分間に合う。

 そう言い切る前に、再び矢が飛んできた。


「ぐぅ……!」


 先ほどと同じように【ファイアーウォール】を展開し、防ぎきる。

 だが、余裕で受け切ったフェイの表情には焦りと苛立ちが浮かんでいた。


 回復魔法【ハイヒール】。

 これを使えば、火傷を完全とは言えないが死なない程度まで治すことはできる。

 腹部に刺さった矢に関しても、血は滲み出てはいるものの出血量自体は大したことない。

 一目見た感じでは重要な臓器が傷ついた様子もない。

 この点で言えば不幸中の幸いといえよう。

 だが、【ハイヒール】を使うには相当な集中が必要で、こうも邪魔をされては使うものも使えない。


「フェイ様、お兄ちゃんを! お兄ちゃんを……!」

「分かってます、大丈夫ですよ」


 安心させるようにそう言い切る。


「くそっ、【ハイヒール】!!」


 右腕に両手を添える。

 そこから完璧なまでに白い純粋な魔力が溢れ出し、水のようなものに瞬時に代わりトレントの体へ浸透していく。

 そして、ようやく集中できたところで矢をつがえ終えた見えぬ敵が再び放ってきた。


「邪魔を――」


 苛立ちをもってフェイは呟く。


「邪魔をするな!!」


 怒気を含んだ声と共に、フェイの体から膨大な魔力が荒れ狂いながら放出される。

 その魔力は風を引き起こし、矢の軌道を変える。

 フェイからすれば、魔力を放出すること自体にそれ程集中は必要ない。

 圧倒的な魔力量を誇るフェイだからこそ出来る荒業。


「〝アンナ〟! 今すぐ僕の近くに身を縮めて隠れるんだ!」

「は、はい!!」


 フェイの先ほどまでとは別人なまでの剣幕に、アンナはビクッと肩を震わせながら涙をふき、敵から隠れるようにフェイに密着する。

 軌道を逸らしただけで、必ず外れるという訳ではない。

 だからこそ、フェイは自分の背中を盾にしてアンナをかばう。

 今のフェイに敬語を使っている余裕はない。


「ハァァァアァァァ!!!」


 トレントの右半身から優しい光が溢れ出る。

 その光が収まると、火傷はほぼ治っていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 額に汗をにじませ、肩を上下させる。

 魔力は今もなお放出されている。

 効率はひどく悪いが、トレントを救うにはこうするしかなかった。


「あとは、腹部の矢か……グゥ!?」


 突然、フェイは呻き声をあげる。


「フェイ様!?」


 見ると、フェイの右腕に矢が深々と刺さっていた。


「だ、大丈夫です……」


 自分の腕を全く気にせず、フェイはジッと腹部を見つめる。

 まずは矢じりを折り、取り除く。

 そして――


「ハァ!!」


 ずぼっと、一気に引く抜く。

 そしてその反動で血が溢れ出る前に、フェイはすぐさま【ハイヒール】をかけ、傷口を塞ぐ。


「……よし、アンナさん、もう大丈夫ですよ」

「あ……ありがとうございます!」


 矢を引き抜くときに目をそらしたアンナが、トレントの腹部が治っているのを見てフェイにお礼を言う。


「フェ、フェイ……様」

「トレントさん、無茶をしたらダメです。この魔法は失われた血や体力までは治せない」


 少しここで待っていてくださいと言って、フェイは立ち上がる。


「フェイ様……? あの、どちらへ……」


 先ほどまで涙ぐんでいたアンナ。

 その反動でどこか心細く聞こえる声で、フェイに声をかける。

 フェイの〝何か〟に怯えながら。


「別に、大したことではありませんよ」


 そう言って、魔力の放出を止める。

 ポタポタと、フェイの右腕から血が滴り落ちる。

 立ち上がったフェイを、短時間で膨大な魔力を失った喪失感による目まいが襲うが、今の彼にとってはそんなことはどうでもいい。


 ただ、怒りを含んだ目で、あまりにも鋭利な視線を森の方へと向けながら――


「この落とし前をきっちりとつけていただくだけですよ」


 再び飛んできた矢に対して、炎の壁を展開しながら、フェイはそう冷たい声で呟いた。

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