七十一話
「これより、爵位授与式を始める」
アルマンド王国国王、アルフレド=アルマンドの開式の一声で、それは始まった。
今回フェイが授かる爵位は男爵なので国民の前での授与式は行われないが、公爵位ともなれば国民の前で盛大に式典が行われる。
尤も、公爵位の授与式などそうそうおこるものではない。
今、フェイは玉座に座るアルフレドの前に跪いていた。
彼の両脇には大臣、宰相が並んで立っていて、その中で玉座に近い側にレティスと彼女の兄であるギリアンの姿があった。
「フェイ=ディルク」
「はっ!」
名を呼ばれ、頭を上げるフェイ。
アルフレドは上質な紙を取り出すと、そこに書かれていることを読み上げ始めた。
「右の者、フェイ=ディルクには男爵位を与える。アルマンド王国に仕える臣として、有事の際は我が国に尽力することを旨とし、またそれに備え日々己が力を鍛え、臣として恥じぬ振る舞いを期待する。また、フェイ=ディルク男爵には、キャルビスト地方の統治を任せ、それに伴い統治費として国より一部資金を譲渡する」
「はっ、有り難き幸せ!」
正直、この式に意味はない。
とは言え国というものは形式を重んじる風潮がある。
この式典も例外ではない。
この後、つつがなく式典は執り行われた。
「ふぅ……人前はやっぱり緊張するなぁ」
「あ、その、お疲れ様でしゅ! あぅ……」
侍女のアンナ=メンデスが、フェイにねぎらいの言葉を掛ける。
が、やはり噛んでしまった。
彼女の頬は、ショートカットの髪と同じ、ピンク色に染まっていた。
「フェイ様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
そんなアンナの兄であり、執事を勤めているトレントがフェイの前に紅茶を差し出す。
彼の長い黒髪がその一連の動作で柔らかく揺れる。
「それでフェイ様、この後のご予定は?」
「確か、もう少ししたら陛下から賜った領地の詳細を纏めた書類が渡される手筈になっているので、それを受け取ったらすぐさま王城をでる予定です。明日も学校があるので」
「そうですが。では、馬車の用意をしておきますね」
「ありがとうございます」
このやり取りの間、アンナは手持無沙汰な用でいじいじとメイド服の裾を触っていた。
「アンナさん」
「は、はいっ!!」
トレントさんが出ていき、沈黙が続いた。
その沈黙に耐えきれず、フェイはアンナに声をかけた。
「えっと……アンナさんって仕事をしているとき以外は何をしているんですか?」
「え、お仕事をしているとき以外……ですか?」
「はい」
んーっと考え込むアンナ。
少しして、人差指を縦にピンとすると、フェイの問いに答えた。
「あ、編み物をしています……」
「……え? 編み物、ですか?」
「? はい。そのぅ、変ですか?」
「い、いえ、全然そんなことは!」
正直なところ、ネクタイを締めるのにもてこずっていたアンナが、編み物をするなんてのは、フェイは予想だにしていなかった。
とは言え、こう思うこと自体失礼だと思うので、口には出さない。
アンナは若干訝しむような表情を浮かべたが、フェイはすっかり冷めてしまった紅茶をすすった。
「なあ、フェイ。俺は最近思うんだ」
「……? ゲイソン、急にどうしたの」
翌日、夜遅くまで資料に目を通していたフェイは、休み時間中にゲイソンに話しかけられ、良く回らない頭をフル回転させながらゲイソンにむかう。
「彼女のいない学校生活に価値などないと!」
「……」
「フェイ君、気にしないほうがいいわよー。こいつが変なことを言うのはいつもの事なんだから」
「んだとぉ!」
真剣な面持ちで語られた内容に、フェイは思わず押し黙る。
案の定、そこにアイリスが顔を出してきた。
「……で、ゲイソンは何が言いたいの」
「おお、さすがフェイ! 話を聞いてくれるか。つまりはだな、俺はこう、なんていうんだ? そう、モテたいんだよ!」
「……それで?」
「俺は休みの間考えた。どうしたら女子からモテるのか。そして俺は一つの結論に至った」
「休み中になんてしょうもないことを考えてんのよ、あんたは」
アイリスが蔑むような、いや、憐れむような眼差しを向けながら茶々を入れるが、既に自分の世界に入ってしまったゲイソンにはアイリスは眼中にないようで、話すことをやめない。
「女子のモテる条件。それは、強いことだと思う! だからフェイ、俺に魔法を教えてくれ!」
「この間【エンチャントボディ】を教えたじゃない」
「いや、そんなんじゃダメだ! 大きく言えば、精霊術師に勝てるくらいに強くなりたい!」
「あんたには無理よ」
「うっせえ! やってみなけりゃ分かんねえだろ!」
少なくとも、フェイは知らない。
女子にモテたいという理由だけで魔法を学ぼうとする者を。
「……いや、正直魔法が使えるからってモテるとは限らないと思うけど」
「ん? そうか? ああ、確かに。言われてみればフェイに彼女はいないもんな」
「どうしてゲイソンは人の心を抉ってくるんだ」
「いやぁ、俺ら似た者同士だな! はっはっは」
フェイの肩を抱き寄せながら高笑いするゲイソン。
しかし、ゲイソンは気付いていない。
今のゲイソンを、クラスの女子は冷ややかな目で見つめていることを。