七十話
「えっと、どういう事でしょうか……」
突然セロルマに、レイラの婚約者になってくれと言われ、困惑するフェイ。
だが、それでもフェイは何とか言葉を紡ぎ、辛うじて会話を続けた。
「ん? 私の娘では不満かね? 身贔屓を抜きにしても、私の娘は美人だと思うがね。器量もいい。身分も、十分だと思うのだがね」
「いえ、そういう訳では……。あまりにも急なお話でしたので、その、戸惑ったというか」
「ああ、それはすまない。確かに君が驚くのも無理がないのかもしれない。でもどうか、考えてみてはくれないかな?」
冗談でないことは、セロルマの声色から見て取れる。
それでも、フェイはいくつか腑に落ちない点があった。
「私とご息女は年齢が離れておりますが……」
「たかが数年差だ。なーに、若いうちは気になるだろうが、年を取ればその程度の差は些細なものだよ。一年の重みは歳を重ねるごとに軽くなっていくものだよ」
「……。どうして、私にご息女を?」
「いやいやいや、君ほどの優良物件は今の貴族社会、そうそういないよ。いや、失礼。この言い方は些か失礼だったかな?」
「いえ、大丈夫です。しかし、優良物件とは?」
今の自分は、公爵位であるマレット家と比べて優良とは程遠いと思い、そう疑問を投げる。
「爵位こそまだ貴族の下層であるとはいえ、君はいずれ公爵まで上り詰める。私にはその確証がある。何せ、君はあのボネット家の当主アレックス公爵に勝ったのだから」
「何故それを?」
「君とアレックス公爵の決闘の話は、我々貴族の中では中々に有名な話だよ? 勿論、相手が相手だからね、皆はひそひそと陰で噂している程度だが」
「だからと言って、私はこれ以上の地位は望めませんよ」
「ふむ。何だい、まるで断る理由を探しているみたいだが。もしかして、誰か心に決めている人でもいるのかい?」
「心に決めている人ですか? いえ、いないですが……」
「おや、そうなのか。私はてっきりレティス殿下に気があるのかと思っていたのだがね」
「……何故そこでレティス殿下の名前が出てくるのですか」
目を細めながらセロルマを凝視する。
フェイの中では驚きという感情よりも、どちらかといえば不思議さが勝っていた。
「……? てっきり、私は君とレティス殿下が親しい仲だと思っていたのだが、違うのかね?」
「いえ、レティス殿下とはそこまで親しい仲ではないと思いますが……?」
何故か疑問形になりながら首を傾げてセロルマにそう返すフェイ。
訝しげな視線を送りながらも、セロルマは少し息を吐いて続ける。
「まあいい。良い人がいないのであれば尚更だ。今すぐに決めてくれとは言わないよ。どうだい? 考えていてはくれないかね」
少し考え込む。
相手は公爵家の令嬢。
本人に対して好意は抱いていないが、それでも利用できる人材であることに変わりはない。
フェイは逡巡の後、セロルマの言葉に曖昧な返答をする。
「はあ……考えるだけでしたら……」
完全な作り笑顔を張りつけながらフェイはカップを口に運んだ。
「急にどうされましたか?」
自室のソファに腰かける金髪の少女、レティスにフェイは声をかけた。
あの後、セロルマがフェイに泊まっていくように勧めたが、あの話の後では少し危険な気もしたので、フェイは断り王城に入った。
と、そんなフェイの動きをどこかからか聞きつけたレティスが、フェイを自室に招いた。
「い、いえ……その……」
とても話しにくそうにしているレティスだが、言われなければ話が読めないフェイはレティスをジーッと見つめる。
「その……フェイはさっきまでマレット家に呼ばれていたのよね?」
「ええ、そうですが。それが何か?」
「えっとね、どういう話だった?」
「どういう話とは?」
「もー、だから……」
少しイライラし始めるレティス。
だが、それを無表情に、だが少し困ったような表情を浮かべながら見つめてくるフェイを見て、そっぽを向きながらむきになったように声を荒げる。
「だから! 婚約の話をされたのか聞いているのよ!」
「……え? 殿下が何故それを?」
「あー、やっぱり! マレット家がフェイを呼び出す理由を考えたらそれしかないと思ったんだけど、やっぱりなのね!?」
「鋭いですね……」
女性の勘の強さは痛いほど知り尽くしているフェイだが、まさか婚約の話を見抜かれるとは思っていなかったフェイは、目を見開く。
「それで? なんて答えたの!?」
「え、検討します……と」
ここで嘘をついたところで見抜かれるだろうし、嘘を吐く理由もないと判断し、フェイはありのまま答える。
「断ってないのね……」
そんなフェイの返事に、レティスは見るからに気落ちする。
「下がっていいわ……」
「へ?」
「だーかーらー! もう話は終わったから下がっていいって!」
「は、はあ……」
いきなりの態度の変わりように戸惑いながらレティスの部屋を後にした。
「~~~~~っ」
その後、レティスの様子を見に来たメイドは、ベッドの中で丸まりながらジタバタしている王女殿下の姿を見た。