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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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六十九話

「こちらです」

「あ、ありがとうございます……」


 週末の二連休。

 学校のないこの二日間の最終日に期せずして王城からの呼び出しを受けたフェイは、その前日である今日、既に王都に入り、その町中にあるマレット家の別邸へと足を運んでいた。

 フェイは以前の燕尾服に身を包み、メイドに案内されていた。


 名義上はマレット家の別邸であるこの屋敷だが、実際のところはこここそが本邸といえる。

 マレット家現当主であるレイラの父、セロルマ=マレットもこの別邸に住んでいるし、彼以外にもセロルマが昔から重宝している側近の使用人もまた、この屋敷に住んでいる。

 どの貴族も自身の領土に本邸となる屋敷を持ち、位が高い貴族ともなれば、王都にも別邸を持つ。

 だがその別邸は王都に用が出来た際の宿程度の使い方しかせず、ずっと定住しているマレット家こそが特殊なのである。


 ……と、そんなこんなで先日レイラからマレット家に招待されたフェイはここに訪れた。

 フェイ自身、貴族との場はあまり得意ではないのだが、自分も貴族になるのだから今の内に慣れねばと思う。


「ああ、でも、セロルマさんは貴族らしくない人だったっけ」


 フェイは、何もセロルマと今回が初対面であるわけではない。

 この学園にはいる前からレイラと面識があったように、セロルマともまた、ボネットにいた頃にパーティなどで顔を合わせたことがある。

 そのときのことを思い出しながら、フェイは呟いた。






「こちらでお待ちください」


 通されたのは応接室。

 赤と黒を基調とした絨毯にソファが備えられていて、座るよう促される。

 部屋の大きさとしては、生徒会室より二周り以上広いだろうか。

 だが、それでも貴族の、それも公爵家の屋敷としては狭いといえるかもしれない。

 とはいえ、そもそもこの屋敷は一応別邸なのだし、王都の土地も限られている。

 そう考えると、十分といえる広さだろう。


 ソファに身を委ねると、その瞬間あまりの柔らかさに体が埋もれそうになる。

 ソファに腰掛けたフェイのタイミングを見計らって、メイドがフェイの前の机に紅茶を差し出す。

 フェイはそのメイドに軽く会釈をして、カップを手に取った。


「ふぅ……」


 熱すぎず、温すぎず。

 恐らくは高い茶葉を使っているのだろう、一口含む度に芳醇な香りと柔らかな口当たりがフェイを否応なしに刺激する。


 気付けば、一気に飲みきってしまっていた。

 そんなフェイに、メイドは柔らかく微笑みながらフェイが机においたカップを取り、囁く。


「もう一杯、いかがですか?」


 その言葉に、フェイは照れながらももう一杯頂戴することにした。

 それを受けてどこかうれしそうに微笑むと、メイドは再び紅茶をカップに注ぐ。


 フェイは、そのメイドがいれた紅茶を飲みながら、率直にそのメイドを若いと感じた。

 歳は二十代前半か。ラナと同じか、もしかしたらそれよりも若いかもしれない。

 その若さでこれほど旨い紅茶を入れること、加えてこれまでの所作はまるで熟練のものを感じた。


 とはいえ、フェイは他家の使用人にそれ以上の興味を抱くことはなく、今はただ目の前の紅茶と、いつの間にか用意されていたスコーンに舌鼓をうった。






「やあ、待たせたね」


 フェイが応接室に通されてから十五分ほどして、彼はやってきた。

 まるで友に話しかけるような軽い口調で切り出しながら室内に入って来たのは、セロルマ=マレットであった。

 黒が強めの赤髪は、特に整えられることなく自然な形で伸びている。

 歳は四、五十くらいなのだが、体はがっちりと引き締まっていて、年齢以上の若々しさを感じさせる。

 そんなセロルマは、茶色がかった赤目で優しげにフェイを見る。


「いえ、それほどでは。代わりといっては何ですが、美味しいお茶をいただいていましたので」


 フェイの言葉に、メイドは軽く頭を下げる。

 そしてそのまま、部屋の外へと姿を消した。


「いやぁ、そうかいそうかい。私はね、紅茶に目が無くてねえ、口にあったのなら何よりだ。うん、立ち話もなんだ、かけたまえ」


 セロルマが入ってきたと同時に立ち上がったフェイに、再び座るように促す。

 フェイはセロルマが対面のソファに腰掛けたのを確認してから、もう一度腰を下ろした。


「んっ……」


 フェイの対面に腰掛けたセロルマは、自分用に置かれていたカップを手に取り、傍らに置かれているポットから紅茶を注ぐ。

 セロルマは、どうやら自分で紅茶などの類を入れたがるのだろう。

 そしてそのまま紅茶を一口飲み、のどを潤してから、フェイを見て口を開いた。


「そう身を堅くする必要はない。うん、そうだね。確かに今日は少し込み入った話もあるんだけどね、基本的にはただの挨拶だよ、挨拶」

「はぁ……」


 そういわれても、身分的に上のものを相手にしてそう軽い口が聞けるわけもなく、フェイは態度を変えない。

 それをセロルマは仕方がないなあといった感じで見つめると、軽く息を吐いてから話を続けた。


「まずは、君の無事を心から祝おう。何を隠そう、六年前君が魔物に襲われ命を落としたと聞いて一番驚き悲しかったのは私なんだよ」

「それは、何とも……」


 人をまずは疑うことを覚えたフェイは、その言葉に素直に感謝することは出来ず、自分をここに呼んだ理由を切り出すまでその警戒を解かない。


「君と初めてあったのは、そう、あれは確か七年前だったかな? 私の娘、レイラと一緒に」

「はい。セロルマ公爵とご息女にお会いしたのは、私の六歳の誕生日パーティの時です」

「畏まらなくてもいいんだけどなあ。どうにも、君を相手しているとついつい身構えてしまうよ。ほら、貴族って相手の腹をさぐり合うでしょ? 君もそんな感じの接し方をするからね、私も思わず口を滑らさないように堅くなってしまうんだよね」


 マレット家はそもそも数年前に公爵位になったばかりのいわば新参者だ。

 当然、他の貴族はもちろんのこと、他の七公家の者からのさぐられようも尋常ではない。

 必然的に、セロルマは貴族を相手するとき必要以上に神経質になる癖がついてしまった。

 この点で言えば、フェイと彼は似ているのかもしれない。


「う~ん、さっさと本題を話せっていう顔をしているね。うん、そうだね、そうしよう。まあ半分はさっきもいったとおり普通の何の取り留めもない挨拶だ」


 そして……と、セロルマは続ける。


「もう一つの話なんだけどね、どうかな、レイラ……つまりは私の娘だね。レイラの婚約者になってはくれないかな?」

「は?」


 偶然にも、先日レイラにも発した戸惑いと同じ声を、フェイはセロルマにも発した。

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