六十八話
「……さっぱり分からない」
フェイは一冊の本を細めで見ながら、うめき声を上げていた。
基本的にフェイは魔法関係の書物以外読むことはない。
特に、娯楽の類に関しては一切と言っていいほどに。
そんなフェイは、今、魔法関係以外の本を読んでいた。
「んー、領地ごとに徴収する税金は領主が決めることが出来て、各領地ごとの税金の種類は大きく分けて二種類に分けられる。一つは国に納める税を徴収する国営徴収税。そしてもう一つが領主の権限に置いて自由に課税する領地特殊徴収税……」
ぶつぶつと、本に書かれている文言を呟くフェイ。
そう、今フェイが読んでいるのは来るべき時に向けて、領地経営に関する法律や運営方法が主題とされている本。
如何にフェイが七公家の長男であったとはいえ、それは幼い時の話だ。
そのころはまだ領地経営の何たるかを父であるアレックスたちから何も教え込まれていない。
「こんなことになると分かっていたら、もう少し前から勉強していたんだけどな……」
まさか自身が領地を持つことになるとは予想だにしていなかったフェイは、ラナと暮らしている中で領地経営に関する勉強を全くしなかった。
だが、今はそうもいかない。
領地を持つということはすなわち領民の命を預かるという事。
知らぬ存ぜぬではすまされない。
そんな理由で久々に魔法関係以外の書物を読んでいるわけなのだが、どうにも頭が痛くなる。
「フェイ様、少し休憩してはどうですか?」
「メリア……うん、そうだね。じゃあそうしようか」
傍らからメリアにそう声を掛けられ、フェイは時計を見る。
結構な時間本を読んでいたことに気付いたフェイは、そのまま本を閉じると軽く伸びをした。
「そう言えば、前にも言った通り僕は領地を陛下から賜ったら、恐らくは領地の方に引っ越すことになるんだけど、メリアはどうする?」
不意に、フェイはメリアが出してきた紅茶でのどを潤してからメリアにそう問うた。
メリアは唐突なフェイの質問に至極困ったような表情を浮かべる。
「そうですね……。私はこの部屋でのフェイ様との暮らしがとても心地よいと思っていたのですが、そうもいかないですしね……」
そう言って、メリアは部屋とフェイを交互に見る。
それは自分も同じだと、フェイは心の中で思う。
自分自身、メリアとこの部屋での暮らしは多少の気恥ずかしさはあるものの、心地いいものであると思っている。
「私は、恐らくはボネット家の屋敷に戻ることになると思います」
「そう……」
それを最後に、しばらく無言が続く。
そんな中、フェイは急に思い出したかのように呟いた。
「そう言えば、レティス殿下に魔法を教える件、どうなったんだろう」
思い浮かべるのは、先日会ったばかりの金髪の少女。
青い目で自身を見つめるときの表情は実に多種多様であったなと、フェイは振り返るうちに自然と頬が緩む。
それを、メリアは不機嫌そうに見ていたが、フェイは気付かない。
でもまあ、先方から何も言ってこないのであれば別にいいか……と、フェイは思考を放棄する。
そして、再び本を手に取った。
「これは……?」
フェイは分厚い本の山を手にして、レイラに問う。
学校での授業も終わった放課後、先日片付けたばかりの生徒会補佐会室に出向いたフェイは、そこでレイラに突然その本の山を渡され、戸惑う。
「それは私が以前使っていたものです。もう内容は殆ど覚えましたので、差し上げます」
「内容……?」
そして、フェイは本の山をひとまず机の上に置くと、一冊適当に手に取り、中をパラパラと見る。
「これは……」
「領地経営に関することが色々書かれています。元は父が私に贈ったものなのですが、もう不要ですので」
「あ、ありがとうございます! ……あれ? 僕、爵位を賜ったことを伝えましたっけ?」
純粋な謝辞を口にしてから、ちょっとした疑問を抱き尋ねるフェイ。
そんなフェイの問いに、レイラは口角を上げながら意味ありげに微笑む。
フェイは、彼女のこういう表情はあまり好きではない。
何か裏で抱えていそうな、そんな意味ありげな微笑みが。
「あなたは特殊な存在ですからね。既に貴族の間では噂になっていますよ」
「特殊……?」
レイラの言葉に若干の違和感を覚えながら、フェイは鞄に本を詰めていく。
このまま他の役員メンバーも来て、仕事が始まるのを待つだけだとフェイは思っていたのだが、レイラが何気ないようにさらりと呟いた言葉に、フェイは驚愕した。
「そう言えば、今度お時間に空きがあるときでいいのですが」
「はい?」
「父があなたに会いたがっているので、一度マレット家の屋敷に来ていただけませんか?」
「は?」
目を見開き、レイラが今口にした言葉の意味を反芻するフェイ。
そんな彼をレイラは楽しげに見つめていた。