六十七話
ボネット領東部に位置するキャルビスト村。
辺境の、人口1000人に満たないこの小さな村は、ボネット領内でも数少ない特殊な村であった。
というのも、この村の住人は普通の人間ではない。
――――獣人。
人類と魔族の子供であるこの種族は、数が少ない。
そして何より、人類の敵たる魔族の血が流れている獣人は、人類からは忌み嫌われている。
精霊と相性が良くない魔族の血が流れている獣人は、それ故に精霊魔法の適性も低く、魔法を辛うじて行使することしか出来ない。
多少身体能力が優れているという点を除けば、人類よりも劣る。
弱くて、そして魔族の血を持つ。
そんな獣人を嫌うのは、至極当然と言えるのかもしれない。
そしてそんな数少ない獣人が群れを成して生活しているキャルビスト村では、ただでさえ税徴収の多いボネット領においても特別大量の税を搾り取られている。
そして今も、憲兵がこの村に訪れ、税の徴収を行っていた。
「どうなっている! 規定されている税の半分ほどしか支払われていないぞ!」
キャルビスト村の広場には、女子供を除く住人の大多数が集まっていて、その中心にはこの村の村長らしき一人の老人が、憲兵に向かって腰を低くしていた。
老人の頭から生えている狼耳は、垂れていた。
「申し訳ございません。ですが、今年は不作であったもので、とてもとてもお支払いできるほどの財の貯えがないのです」
そう弁明する村長に、憲兵の隊長らしき男はふんっ……と鼻で笑う。
「アレックス様の定めた税を支払えぬというのか、貴様たちは」
「これ以上お支払いすれば、我々は飢えてしまいます」
「逆に言えば、飢えないで済むだけの蓄えはあるということだろう? ならばその蓄えを出せ。貴様ら獣人が死んだところで、何の問題もないのだからな」
違いないと、憲兵の隊長の言葉に周りの部下たちも粗野な笑い声を上げる。
そんな彼らの言動や態度に、周りの住人たちは歯ぎしりをたてながら、拳に力を籠める。
そして、溢れんばかりの殺気を憲兵たちにぶつける。
「ふん、この村の獣共は躾がなっていないようだな。なあ、村長」
「も、申し訳ございません……」
そんな住人たちの態度が気に障ったのか、村長に向かってそんな言葉を零す憲兵。
それに対してただただ謝罪の言葉で返す村長を、心底つまらなそうにふんっ……と息を吐くと、憲兵は村長に向かって背中を向ける。
「まあいい。一週間後、再び来る。その時に残りを払えなかったら、この村の娘を何人かいただくことになる。せいぜい頑張るんだな」
「なっ……、それは……」
憲兵の言葉に、唖然とした表情を浮かべる村長。
だが、そんな村長など既に視界に入っていないのか、隊長の告げた言葉に周りの憲兵もまた、そりゃあいいと、下卑た声で笑い立てた。
「くそっ! あいつら、好きなようにやりやがって!」
怒気を帯びた顔つきで机を右こぶしで叩くのは、中年の男。
特徴的な黄金色の髪と、それと同色の狐耳。
そしておしりあたりから生えているフワフワの黄金色の尻尾。
これだけ聞けば癒し要素満載の可愛いイメージを抱くのかもしれないが、彼は筋肉質でガチガチの肉体をしており、何より今は怒りに染まっている。
狐と言うよりも、虎と言うイメージを抱く。
「仕方がないのじゃ。我々獣人は彼らからすれば忌み嫌う存在。確かに彼らの言った通り、我々が何人死んだところで、彼らにとってはあずかり知らぬことなのじゃ」
「フォルズ村長! あんたはそれでいいのかよ!」
「それもこの世の摂理。彼らに抗うことは出来ないのじゃ、ベルーク」
フォルズは茶色の耳を触りながら、この場に集まった男たちの殺気だった雰囲気には場違いな穏やかな声でベルークを諌める。
「でも、どっちにしろあんな税収、去年までは豊作だったからまだ払えたが、今年はどうだ。絶対に払えるわけがない! 払うには、あいつらの言っていたとおり、俺たちが生きるのに必要な分まで出さないといけなくなる!」
ベルークの言葉に、フォルズは静かに目を閉じる。
そんな村長であるフォルズを、周りの者は静かに、しかし殺気立ちながら見る。
誤解のないように言っておくが、フォルズは住人たちに慕われている。
可能な限りいい暮らしが出来るように村の財政をやりくりしてきたし、皆の意見を取り入れて村の運営をなしてきた。
今、住人たちが殺気立っているのは、フォルズに対するものではなく、人類に対するものなのだ。
少しして、フォルズは目を開けると窓から外を見た。
既に日は沈み、黒く染まりつつあるその空を見て、フォルズは口を開いた。
「もうこんな時間じゃ。家族を心配させるわけにもいかぬだろう。今日はここでお開きにせぬか?」
時間の先延ばしでしかないが、フォルズには今こうするしかなかった。
他の者達もそんなフォルズの心象を悟ったのか、一様に頷き解散となった。
「お父さん、お帰りなさい!」
家に帰ったベルークを、待ちわびたかのような喜色に満ちた声が出迎える。
「おう、今帰ったぞ、シェリル」
自分に抱き付いてきた愛娘、シェリルを、弛緩した表情で抱きしめるベルーク。
そこには、先ほどまでの殺気立っていた気配は完全になく、あるのは父親としての顔だった。
「何だ、まだ着替えていないのか」
と、赤と白の巫女服を着たシェリルを見て、ベルークはそう声をかける。
シェリルは父親であるベルークと同じく、黄金色の狐耳とベルークよりも更にフワフワの尻尾をせわしなく動かしている。
彼女の黄金色の腰辺りまで伸びている髪は後ろで一つに纏められている。
ベルークの茶色の瞳と違い水色の澄んだ瞳はパッチリと開かれている。
年のころは十歳ほどか、あどけない顔立ちだが、将来は間違いなく美人になると確信できる。
「うん、さっきまでお祈りしてたの」
ベルークの母が神社の巫女を勤めていたことが起因して、シェリルも巫女の仕事をしている。
と言っても、彼女には特に祀るべき神も、そして守るべき神社もないのだから、ひどく無意味なことなのだが。
彼女がしていることは、せいぜい巫女服を着て、家やあるいはこの村から少し歩いたところにある小さな湖に巫女服を着たまま入り、お祈りをする程度の事だ。
まあ、シェリル自身はきちんと巫女を勤めていると思っているらしい。
「そうかそうか。何をお祈りしていたんだ?」
娘には甘いベルークは、シェリルの頭を撫でながら弛緩しきった顔でそう問う。
「えっと、村のみんなが幸せになれるように……って」
シェリルの言葉に、ベルークは目を見開く。
「今は厳しい生活だけど、きっとそのうちいい領主さんがついてくれたら、今よりも楽しい暮らしができるんじゃないかって!」
「そうか……」
ベルークは無邪気な笑みを浮かべながらそう語る娘を見て、更に力を強めて頭を撫でる。
えへへ……と嬉しそうに笑うシェリルとは裏腹に、ベルークは弛緩した表情を一転、何かを思い詰める表情へと変えた。
人類に、獣人に優しくする者などいない。
この暮らしは、永遠によくならないと思いながら、だがそれをシェリルには告げぬようにつとめて。