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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
二章 妄執の果てに

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六十六話

「――――お断りします」


 しばしの間を置いて、フェイはゆっくりと、しかし確実にその言葉をセシリアたちに返した。

 変わらぬ冷たい声。いや、変わってしまった冷たい声。

 フェイは拒絶の言葉を返してから、息をのんだセシリアたちを鋭い眼光で睨みつける。

 それを受けてセシリアたちは思わず視線を逸らしそうになったが、すんでのところでフェイのその眼差しを真正面から見返す。

 数週間前とは違う、確かな覚悟が彼女たちの瞳には宿っている。

 そしてそれは、フェイもよく感じている。

 だが、けれど――


「あなたたちが如何に絶対的な覚悟をその胸に抱こうと、抱いたところで果たせなくてはそれはただの幻想に他ならない。その覚悟に釣り合うほどの行動力や実力がなければ、全くの意味がない」

「っ……確かに、私たちには実力は足りないわ。けれど、だからこそフェイ……あなたにも手伝ってほしいの! 父さんに決闘で勝利した、あなたに!」

「だからあなたは、ダメなんだ」

「――っ」


 フェイは冷たい言葉でそう吐き捨てながら、制服の上着のポケットに手を突っ込み、先程風の魔法によってその効力を封じた、この部屋で見つけた魔術具を取り出し、セシリアたちに見せつける。


「これは……?」


 突然そんなものを出され、困惑するセシリアたち。

 そんな彼女たちに、補足するようにフェイは口を開いた。


「これは、そうですね、丁度王城の決闘上で使用されていたような魔術具です。とは言えこの魔術具は王城にあったものとは数段階質が落ちていて、対になるもう一つの魔術具に送られるのは音声だけのようですが」

「それを、どうして今?」


 訳が分からないと、セシリアは首を傾げる。

 察しの悪い彼女に対してフェイは失望を通り越して呆れたような深いため息を吐き、そして再び語り出した。


「いいですか? この魔術具は先程この部屋に入った際に僕が他でもないこの室内で見つけたものです。これがどういうことか、分かりますよね?」

「あっ――……」


 得心が行った表情を浮かべ、そしてフェイの言わんとしていることを理解したセシリアとエリスは唇をかむ。


「いいですか。つまり、先程のクーデターの話は、下手をすれば第三者に聞かれていたかもしれないんですよ? いえ、事実僕が魔法を行使してこれを探し出さなければ、聞かれていました。如何に仲間に優れたものがいたところで、その力をふるうまでに誰かにその情報を知られては、クーデターを起こす前に捉えられてしまう」


 セシリアたちに口を挟ませることすら許さない。

 フェイは一息もつかぬままに話し続ける。


「つまりは、もし私がボネット家をつぶしたいと思っているのなら、あなた方と手を組まず一人で事を成した方がやりやすいということです。なぜ僕が、そんな現実を――世界の危うさや怖さを知らない温室育ちのお嬢様の夢に付き合わなければいけないんですか」

「「……」」


 最早何も言い返せないのか。

 二人はとうとう俯いてしまう。


「ああ、あなたたちを見ていると本当に感謝の感情を抱いてしまう。あの時追放されなければ、僕もあなたたちみたいな甘い考えを抱いた救いようのない愚かな人間に育ってしまうところでしたからね」


 話はこれまでです。

 そう告げるかのようにフェイは静かに立ち上がり、部屋を覆っていた結界、【風の上級魔法 ウィンドスフィア】を解除すると、部屋を後にした。

 フェイを止める声は、発せられなかった。






「……?」


 帰宅途中。

 いつもの通学路を歩いている最中で、フェイは突然違和感を抱いた。

 それは普段であれば見過ごす些細な変化。

 今は知らず興奮しているためか、必要以上に神経質になっていたのだ。

 だがそれが今回に限って言えば、幸いだった。


「……っ、純度が落ちている?」


 その違和感の正体が、自身の全身を巡る魔力であると知覚したフェイは、右手に魔力を灯した。

 白。

 穢れを知らぬ純白の高純度であったはずのフェイの魔力は、心なしか黒ずんでいる。


 本来魔力の純度は下がらない。

 一度純度を高めるコツをつかんだ術師は、そのコツを本能的に感じ、以後魔力を使う際無意識の内にその術を成す。

 純度が下がるときがあるとすれば、それは老化による魔力量の減少に伴う副作用。

 だがフェイは現在十三歳。老化とは縁のない年齢である。


「【ファイアー】」


 【火の最下級魔法 ファイアー】を行使し、それを観察するフェイ。

 小さな火がフェイの手の平にともる。

 そして少しの時間が経って、それは空気中へと霧散した。


「いや、純度が落ちているわけではない。ともすれば……」


 いつもと同じ量の魔力を込めて行使した【ファイアー】には何の変化もなかった。

 威力に変化がないとすれば、つまりは純度が下がってはいないという事。


 些細な変化ではあるが、変化は変化だ。

 このまま気のせいだと一蹴するわけにはいかない。



『――――と契約したときに、魔力まで黒く塗りつぶされたんだよ』



 あの男の声が脳内で響く。

 だが、それと同時にフェイは首を横に振る。

 あまりにも愚かしい、その考えを一蹴するように。


「どちらにせよ、このことは後で調べておかないとな……」


 フェイの呟きは、闇へと消えていった。

 少しして、フェイは再び歩き出した。

 メリアの待つ、自身の家へと。


 闇に覆われたその道を、フェイは歩いていく。

 その光景はまるで、フェイの行く末を暗示しているようだった。

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