六十四話
「なあ、どうして魔〝法〟なのに、魔〝術〟師って呼ぶんだろうな」
唐突に、昼休みに食堂で昼食を取りながら、ゲイソンがそんな疑問を同席しているフェイたちに向けて漏らした。
テーブルにはゲイソンとアイリス、メリアとフェイがいる。
アイリスはその長い赤髪を指に絡ませながら、意外そうな表情を浮かべてゲイソンを見る。
「意外ね。あんたがそんなことを考えるなんて」
「何だよ。俺だって結構思慮深い人間なんだよ」
「知ってる? 自分でそういう事を言う人は、大抵そうではないってこと」
「んだと?」
「何よぉ!」
はあ……と、アイリスたちと関わりを持ち始めてから、この精霊学校に入学してから何度目になるか、フェイはアイリスたちを見てため息を零す。
「魔法っていうのは、僕たちにとってはただの道具なんだ」
「道具……?」
アイリスとゲイソン、それに加えてメリアまでもが、フェイの口にした言葉に首を傾げる。
「ほら、よく言うでしょ? 魔法は、命を奪う最も効率的な武器であり、道具だと……」
「フェイ君って、時々言いにくいことをさらっと言ってしまうわよね」
少し表情を硬くしながら、アイリスは言う。
確かに、魔法というものは人類が生き延びるための道具でしかない。
そして、その道具の使い方はすなわち命を奪うこととなる。
敵であれ、命を奪うことに対して恐怖がないわけではない。
少なくとも、精霊学校に通っている生徒たちは、特に若いほどそのことを無意識の内に考えないようにするものだ。
「事実だからね。魔法を学ぶということは、誰かを傷つけるという事だ。その事実から逃げているようでは、優秀な術師にはなれない。きっと、そいつは自身よりも遥かに強い相手に出会った時、ただの一度も勝つことはできないだろう」
フェイの表情に、どこか自嘲的なものが含まれていることに、この場にいる者の中でメリアだけは気付いた。
けれど、その理由までメリアは知る由もない。
「ああ、話を戻そう。さっきも言った通り魔法とは道具に他ならない。そして、それを行使する僕たちは、魔法をただの手段、〝術〟として捉える。まあ、分かりやすく言えば、魔術師とは〝魔法という術を行使する者〟ということだね」
「ああ、そういう事か。いや、何、昔の書物では魔法使いなんてものが出てくる空想の話が合ったからな。それで気になったんだ」
「魔法使い、か」
不意に瞼を閉じるフェイ。
彼の瞼の裏には、一人の女性の姿が浮かんでいる。
「もし仮に、魔法という術を行使するのではなく、自身が魔法そのものであるならば、きっとその人は魔法使いと言えるだろうね……」
「……? どういう意味だよ」
「いや、大したことじゃない。忘れて構わない」
「フェイ君って、時々変なことを口走るわよね」
それきり、まじめな話題はあがらず、いつも通りの詰まらなくもあり、それが楽しく感じる談笑をしながら、昼食は終わっていく。
「――っと、これで最後かな?」
書庫に荷物を運びながら、フェイは息を整える。
額には微かに汗がにじみ出ている。
軽く伸びをしながら、生徒会室の隣、生徒会補佐会室へと向かう。
そう言えば……と、フェイは昨日の会話を思い出す。
「この後、話をする約束をしていたっけ」
昨日は帰ってからそのことをメリアに伝えていたので、メリアの事は気にしなくてもいいだろう。
それにしても、自分に対して話とは何だろうかと、フェイは心の中で首を傾げる。
今更話し合う事などないだろうと結論付けると、生徒会補佐会室の扉を開けた。
「お、フェイ。戻ったか」
グラエムがフェイにそう声をかける。
既に室内は数日前とは段違いに綺麗になっている。
ここが生徒会室であると言われて、疑いを抱く者はいないだろう。
「ええ。さっきので最後ですよね?」
「ああ、たくっ、やっと終わったぜ」
「みなさん、お疲れ様でした。今後は放課後、毎日この部屋に集まるようにしてください。当分の内は生徒会の事務仕事の一部をこちらでやってもらう形になります」
レイラが説明を始めた。
今後はメリアをどうするかな……と、説明を聞きながらフェイはそんなことを考えていた。
「――という感じにです。質問はありますか?」
レイラの問いかけに、全員首を横に振る。
レイラはそれを見ると、では、解散です……と、にこやかに微笑みながら言った。
「……」
セシリアとエリスは、フェイを凝視したまま扉の方へと移動していた。
フェイを逃がさないつもりらしい。
とは言え、フェイにはもともと逃げる気はないのだから、杞憂というやつだ。
「では、何処に行きますか?」
「えっ?」
まさかフェイの方から声を掛けられるとは思っていなかったのか、セシリアは驚きのそんな声を上げる。
ただ、直ぐに取り直しこほんと咳払いをしてからでは……と、その問いに答える。
「生徒会長にあらかじめ用意していただいた部屋があるので、そこで話をしようかと思っています」
現段階では他人行儀な話し方。
フェイはそんなセシリアの言葉を受け、レイラをちらりと見る。
「ええ。勿論人の目がないところに用意してあります」
「なるほど。では、そちらに移動しましょう」
いまいちレイラのことを信用しきれていないフェイは、猜疑心を捨てきれぬまま、レイラたちについていった。