六十一話
「……っ」
うめき声を上げながら目を開けるフェイ。
ゆっくりと上体を起こしながら、右手で頭を押さえる。
「いつのまに……」
解放の詠唱をしていた自分が、実技室の床に倒れていることに疑問を呈する。
「そうか……、中断したのか」
解放されず、自身のうちで封印されたままのフリールたちを感じ、フェイはそう結論づける。
そのままフラフラと立ち上がった。
「魔力を、ほとんど消耗している?」
解放自体に魔力は殆ど使わない。
それに加えて、解放しなかったのだから魔力をそれほど消耗するわけがない。
にも関わらず、フェイの体内の魔力の大半を消耗していた。
「ん、これは……」
実技室の床が、フェイを中心に円状に削られた跡があった。
「……無意識のうちに魔力が暴走して、その後魔力が枯渇して気を失ったというところかな。実技室でしてよかった……」
魔力及び魔法の威力をある程度抑える材質で作られている実技室でもこれだけの傷跡が出来ているのだ。
これが屋外で行われていたらどうなっていたことかと、恐れを抱く。
「そうだ! メリア!」
自分の家にメリアが再び泊まりにくることを思い出し、時間を確認する。
と同時に、倦怠感を振り切って急いで実技室を後にした。
「メリア! ごめん!」
家の前に着くと同時に、フェイはメリアに謝罪の言葉を口にした。
すっかりあたりは暗くなっていて、メリアは相当待っただろう。
だが、フェイが頭を下げたと同時にメリアもまた、頭を下げた。
「そ、そんな! 大丈夫です、全く待っていませんし! 私の方こそ、フェイ様にご迷惑をおかけして……」
と、メリアもまた頭を下げる。
玄関の前で二人、頭を下げたまま少しの時間が経つ。
そして、どちらともなく苦笑いをし出した。
「取りあえず、入ろうか」
はい、というメリアの返事を聞きながら、フェイは鍵穴に鍵を指し、ドアを開ける。
季節は春。
夜になると日の光がなくなり、肌寒くなる。
そんな中、室内の暖かさにほっと一息つきながら、フェイはキッチンへと向かった。
「んー、夕食はどうしようか。遅くなると思っていなかったから、何も用意していないんだよね」
五帝獣を解放しようと思いついたのは、放課後。
メリアが荷物を取りに行くと言ったときに半ば衝動的に行ったことだ。
なので特に作り置きもなく、それと同時に魔力の大半を消耗したことによる倦怠感から、フェイには今から夕食を作る気力はとてもなかった。
「でしたら、私が作りましょうか?」
「えっ!?」
フェイが、メリアの言葉に驚きの声を上げる。
そんなフェイの反応に、メリアはむぅ……と唇を尖らせる。
「フェイ様、私だって女の子なんですよ? 料理くらいできます!」
「え、いや、そんなつもりはなかったんだけど……ね」
図星をつかれ、フェイは目をそらしながらしどろもどろに言葉を発する。
そんなフェイの様子にメリアは腰に両手を当てて尚も膨れる。
メリアのその仕草がどこかラナに似ているな……と、フェイは無意識のうちに頬がゆるんでいた。
「どうして笑うんですか!」
すると、そんなフェイに如何にも怒っていますといった態度を示す。
それに苦笑いしながら、フェイは口を開いた。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「はい!」
満面の笑みを浮かべてそう返され、例え美味しくなくとも絶対に食べきれる。
そう思うフェイだった。
各々制服から私服に着替え、フェイは本を読みながら食事が出来るのを待つ。
時折右手に魔力を灯し、先ほど解放をしようとした時の弊害がないかを確認する。
「ふう……」
どこか疲れたようにため息をついていると、キッチンからいい匂いがしてきて、そちらを見る。
「ポトフか……」
「はい!」
ついつい耐え切れずにキッチンを覗き込んだフェイは、メリアが作っているポトフを見てそう呟く。
丁度出来上がったようで、メリアはそれを器に盛っていく。
そのまま、食卓に食事が並んでいく。
軽くトーストされたバゲットにアスパラのソテー、そしてメインのポトフ。
美味しそうなそれらは、容赦なくフェイの胃袋を刺激する。
魔力を失ったためか、いつもよりも遥かに空腹感が増している。
「では、食べましょうか」
全て運びきったメリアが食卓につくと、そう口にする。
フェイはそれに首肯すると、同時に両手を合わせる。
「「いただきます」」
その言葉と同時に、フェイは木製のスプーンを手に取り、ポトフのスープを一口。
それをメリアは固唾を飲んで見つめていた。
「……美味しい!」
ごくりと、スープを一口飲み、良く味わってからフェイはそう感想を漏らした。
その言葉にメリアは満面の笑みを浮かべると、自身もスプーンを手に取りながらフェイに語り掛ける。
「良かったです!」
「うん、ジャガイモにも程よく出汁が染み込んでいて、柔らかい。メリアが料理が得意とは知らなかったな」
「二年ほど前から始めたんです。最初は、食材に魔力は含まれているのかという議題を取り扱った本を見て、その検証のために料理を始めたんですけど、いつの間にか料理そのものにはまってしまって……」
「料理をするきっかけが魔法に関係している人は、そういないだろうね」
メリアの勤勉さに苦笑いをしながら、フェイはポトフを食べる。
食べさせる人がいなかったからか、美味しそうに食べるフェイを見てメリアは心底嬉しそうにしている。
……と、そんな風に食事が進んでいく中、フェイは一言、呟いた。
「何というか、メリアはいいお嫁さんになりそうだね」
「ふぇ!?」
「ん……?」
途端に顔を真っ赤にして戸惑いながらフェイをチラチラと見るメリア。
そんなメリアの仕草にフェイは疑問を抱きながら、バゲットを手に取る。
フェイのその所作を見て、メリアはフェイが口にしたことに他意がないことを感じると同時に、小さく咳払いをして食事を続ける。
再び、静かに二人の咀嚼音が室内を支配する。
そんな中、メリアが不意に口を開いた。
「フェイ様……」
「ん?」
「何か、あったんですか?」
「……! どうして急に、そんなことを聞くんだい?」
突然のメリアの言葉に、フェイは少し焦りと共に戸惑いながらそう返す。
そんなフェイの反応を受けて、メリアは何か確信めいたものを抱いたのか、フェイに対して憂いた表情を浮かべながら口を開く。
「いえ、何となくそんな気がしたので……」
「そう……。別に、大したことじゃない。ただ単に、魔力を消耗しすぎて疲れているだけだよ」
「だといいんですが……。フェ、フェイ様!」
「何?」
「あの、その、何かあったら私を頼ってください! 大したことは出来ないですが、それでも……」
「……」
メリアの言葉を受け、フェイは困ったような表情を浮かべる。
そのまま微笑みながら、フェイは口を開いた。
「うん、分かったよ」
メリアは、そのフェイの微笑みに悲しみと、そして自身から距離を置かれているような、そんな寂しさを覚えた。
けれど、メリアはこれ以上フェイに追及することが出来なかった。