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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
二章 妄執の果てに
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六十話

「アアッ……ウアアアッ!!」


 叫ぶフェイを見て、アスモディは静かに口角を上げる。

 それと同時に、【サマークソード】を構え、静かにフェイの背後に近付き、振り下ろそうとする。


「ぬぅ……!?」


 だが、アスモディに向かって地上から氷の槍が放たれ、フェイの命を刈り取ろうとした【サマークソード】はその氷の槍へと標的を変える。


「ほう、まだ立てるのか」


 氷の槍を叩き切ると、地上に視線を向ける。


「フェイは、あんたにはやらせない……!」


 ボロボロになりながら、フリールを含む五帝獣の面々は苦悶の表情を浮かべながら立ち上がる。

 その傍らで、ラナは倒れていた。


「ふん。貴様たちがどう思おうが、こいつはもう壊れた。どうだ? 余と共に世界を壊しはせぬか」

「……! あんた、まさかフェイに……!」

「ああ、そうだ。こいつがその女、ラナといったな。ラナに攻撃するように誘導したのは余だ。人というのは脆い。古来より、人が力を振るうには正義が必要だった。そしてその正義は、誰かを守る。誰かを守るために力を振るう。そうして人は力を行使してきた。だがなぁ……だからこそ人は弱いのだ」

「……」

「大切な者を守るために戦う。それはすなわち、大切な者を失ったその時から、そいつは戦えなくなるのだ。そして、それを自身の手で傷つけたのならなおの事。こいつはもはや、力を振るうことを、貴様たちを使役することすらできぬ。それならば、余に使えてはみぬか?」

「何を、世迷言を……!」


 涙を流しながら、魔力を体から無造作に放出して荒れ狂うフェイを心配しながら、痛む体を叱咤してアスモディを睨み返すフリールたち。

 その傍らでシルフィアはラナの容体を見る。


「幸い、意識はあるわね……。フリール」

「分かってるわ。でも、さっきからフェイから魔力が送られてこない。これじゃあラナの治療を出来ない!」

「そう言えば、私にも魔力が送られてこない……」


 シルフィアは表情を変えながら、ライティアやセレス、フレイヤたちに視線を向ける。

 ライティアたちはこくりと頷き、自身にも魔力が送られていないことを伝える。


「僕は……僕はぁ!!!」


 フェイの叫ぶ声に、強い後悔が含まれている。

 そんなフェイに、アスモディが再び【サマークソード】の剣先を向ける。


「やめなさい――!」


 そうはさせまいと、フリールたちが魔法を放とうとするが、魔力の供給がままならない今、それは叶わなかった。


「ふん。貴様たちはこの小僧を殺した後で、じっくりと痛めつけた後に余の道具になってもらうとしよう」


 そう言い残し、フェイに向かって再び【サマークソード】を振り下ろそうとした、その時――


「そうだ。全て、無くなればいいんだ」

「――っ!?」


 突然、フェイの握っていた【アーシェントソード】に纏っていた白いオーラが黒くなる。

 そして、アスモディに向かって斬りつけた。


「ぐうっ――!」


 先ほどまでとは違い、フェイの攻撃を受けたアスモディは苦悶の表情を浮かべる。


「消えろ、消えろ、消えろ!」


 呪詛のように、ただ一心にそう呟きながらアスモディに向けて黒く染まった【アーシェントソード】を振り下ろすフェイ。

 それに対してアスモディはただただ防戦一方になる。


「何故だ、何故余がこうも押される!?」

「陛下、加勢いたします」


 アスモディの劣勢に、ゼルバが加勢しようとする。

 だが……」


「邪魔だ!」


 一閃――。


 フェイが【アーシェントソード】を横に振るうと同時に、剣先から禍々しいオーラが手のような形をして伸びていき、ゼルバを捕まえる。


「なっ……!」

「邪魔だ!」


 フェイの言葉と同時に、ゼルバは空中から地面へと猛烈な勢いで叩きつけられた。


「ゼルバ! 貴様、余の臣下を!」

「お前がそれを言うのか」

「……!」


 先ほどまでとは、纏う雰囲気も口調も別物。

 冷めた低い声で声を発するフェイに、アスモディは言い知れぬ恐怖を抱いた。


「全てを破壊してやる」


 フェイのその気持ちに比例するかのように、【アーシェントソード】の黒い輝きは増していく。

 それと同時に、フェイの纏う魔力も純粋な白から、黒へと変わっていった。


「そうか。そうであったか。くくくくく……。なるほど、貴様もなかなか面白い。どうだ、余の配下に加わらぬか?」

「消えろ!」

「ぐっ……、調子に乗るなよ、小僧!!」


 フェイの攻撃を受け、アスモディは激昂しながら【サマークソード】に自身の魔力を纏わせ、フェイに斬りつける。

 一進一退。先ほどまでとは違い両者の力は拮抗し出した。

 だが、フェイのその力の振るい方には、言葉に出来ない不安があった。


「――っ!」


 フェイの視界に、地に倒れ伏すラナの姿が映った。


「あぁ……、そうだ、僕は!!」

「ぐぅ……フェイ……!?」


 突然、地上にいたフリールたちが苦しみだす。

 それと同時に、フリールの心臓から黒い魔力が溢れ出した。


「「「「「ぐああああああ!!!」」」」」


 叫び声を上げながら、暴れ出すフリールたち。

 至る所が燃え、至る所が凍り、地が割れ、風が吹き荒れ、雷が幾本も落ちる。


 その様子を見て、アスモディは口角を上げた。


「精霊の暴走……か。黒い魔力といい、黒く染まった【アーシェントソード】といい……。なるほど、小僧、貴様はいずれ、余達と共に……」

「陛下、これ以上は危険です、撤退を……!」


 ボロボロになり、満身創痍な状態のゼルバが地上からアスモディに諌言する。


「分かっている。どちらにせよ、こうなってしまっては五帝獣を使役することは叶わぬ。このまま小僧たちが自滅するか、それとも……。どうなるにせよ、余が今できることは何もない。撤退するぞ」

「はっ!」


 アスモディはゼルバの元に降り立つと、黒い闇となってこの場から消えた。


「ぐぅ……ぐああああああああ!!!!」


 だが、いまだ涙を流しながら荒れ狂うフェイと、暴走するフリールたちが残されている。

 もはやこの森の一帯はその原型をとどめることなく、焦土と化していた。

 幸いにも、意識してか無意識の内なのか、ラナに対しては危害が加えられてはいない。


「がっ……はっ――」


 突然、空中から地上に落ちるフェイ。

 息が荒く、ふらふらとしているところから、魔力が切れかかっていることが窺える。

 それと同時におぼつかない足取りで、フェイはラナの近くへと足を進めた。


「ラナ……さ、ん……」


 ビクともしないラナの腹部からは、血が溢れ出ている。


「あっ……」


 ラナを傷つけたのが自分であることを自認すると同時に、フェイの魔力がさらに黒くなっていく。

 だが……


「フェイ……くん?」

「ラナさん!」


 ラナが弱弱しい声でフェイの名を呼ぶ。

 それを聞いたフェイはすぐさまラナの手を取る。


「私は、大丈夫……。今、【ハイヒール】で傷口を治したから……」


 そうは言うものの、傷口は全く塞がっていない。

「ラナさんは黙ってて! 僕が治す!」

「フェイ、くん……。今回の事、あなたは何も悪くないわ。だから……、あの子たちを……」


 ラナの言うあの子たちとは、勿論五帝獣の事。

 いまだ彼女たちは暴走を続け、辺りを破壊している。


「いや、僕が、僕がラナさんを……!」

「違うわ。あなたは私を守ろうとした。それが事実よ」

「――っ! だけど!」

「それに、ほら、傷口も塞がったでしょ?」

「えっ……」


 ラナの言う通り、いつの間にか傷口が塞がっている。

 しかし、これはあり得ない。

 いくら【ハイヒール】でも、帝級精霊魔法を受けた傷を治すことなど、出来るわけがない。

 だが、現にラナの傷は治っている。


「ほらね。大丈夫だったでしょ?」

「ラナさ……ラナさん――!」


 自然と涙があふれ出し、泣きじゃくるフェイをラナはそっと抱きしめる。

 だが、すぐに引き離すと、フェイに向かって真剣な表情で告げた。


「いい? 私は大丈夫だから、あの子たちを助けてあげなさい。それが、契約者としての責務よ!」

「……」


 ラナの言葉を受けて、フェイはフリールたちに向き直る。

 フェイが纏っていた魔力は今は白に戻っている。

 なら、契約者であるフェイが命じれば、フリールたちは如何なる状況であってもフェイの中に強制的に戻すことが出来る。


「『汝らの契約者たる我が告げる 我が意思において――』」


 強制的に体内に魔力となって戻るように命じる詠唱の途中で、フェイはそれをやめる。

 急に怖くなったのだ。

 ラナを傷つけてしまった力をそのまま自分の体に戻すことに。

 だからフェイは、そのまま……


『――汝らの契約者たる我が告げる 我は汝らを束縛する』

『神ですら、この決断に抗うことは許されぬ』

『永久の牢にて汝らから自由を剥奪する』


 封印の詠唱。

 その詠唱を終えた瞬間、フリールたちに鎖が巻き付くと同時に、魔力となってフェイの体内に戻っていく。


「フェイくん、何を――!」

「これでいい。こんな力、ないほうが……」

「何を言って、グッ……」

「ラナさん!?」


 突然倒れるラナ。

 その後ラナは、数週間目を覚まさなかった。


 残されたのは焼けただれた大地と荒れ果てた焦土だけだった。

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