五十七話
「どういう意味なのかしら?」
先ほどまでの戦闘で攻撃を受けた右肩を押さえ、よろめきながら立ち、目の前の男が口にした言葉の真意を問うラナ。
男は胸に当てていた手を横にだらりと下げると、軽い笑みを浮かべながらその問いに答える。
「言葉通りの意味です。私が陛下から賜った命はあなた方が逃げてしまわないようにすること。それともう一つ、陛下とあの少年の戦いに介入させないことです。あぁ、私としたことがすっかり忘れていました。陛下が名乗った以上、臣下である私が名乗らないのは不敬と言えるでしょう。私は、アスモディ陛下の側近、ゼルバ・ルル・カイゼルと申します。以後お見知りおきを。あぁ、失敬。あなた方に以後などというものは、訪れないのでしたね」
「……」
ゼルバのバカにしたような口振りに、苛立たしげに睨みつけるラナ。
だが、そんなことはどこ吹く風と言わんばかりに、視線をラナの前に立つフリール達に向けた。
「あなた方が、陛下の覇道を阻んだ五体の帝級精霊、五帝獣とは……」
「なによ?」
フリールが、ゼルバの言葉に棘のようなものを感じ、不満げに返す。
「いえ。陛下の話を聞く限り、これほどまでに可憐な女性だとは思わなかったもので……」
「何よ? 口説きに来てるの?」
「ええ。あなた方には、出来れば陛下の仲間になっていただきたいのです。陛下の計画の為にも……」
「計画?」
ゼルバの口にした不穏な言葉に、眉を顰めるフリール達。
その反応を受け、失言をしたと肩をすくめながらも、それを後悔するようなそぶりを見せず笑みを浮かべるゼルバ。
ゼルバの行動一つ一つがどうにも癇に障るフリール達。
そんな彼女たちの様子を楽しむように眺めながら、ゼルバは自分の発言を誤魔化すように続ける。
「この話は、陛下から直接聞かれるべきでしょう。何にせよ、あなた方にはここで大人しくしていただきます。そうすれば、私から危害を加えることはございません」
「私が大人しくしていると思うのかしら?」
今の会話の間にフリールに傷を治してもらったラナが、挑発的な言葉を放つ。
それは、決して蛮勇などではなく、自信からくるものであった。
「いえ、魔法使いであるあなたが森にいる今、大人しくしているとは思いません。だからこそ、私は陛下からあなた方に大人しくしていただくように命を授かったのです」
「――っ、何故魔法使いだと知っているの」
「これはこれは、おかしなことを。陛下があなたが魔法使いであることを知らないとでも? あなたが魔法使いでなければ、陛下自らが命を狙うことはありませんよ」
表情を厳しくするラナ。
だが、ゼルバの言う通り先ほどまでのアスモディとの戦闘では森の外だったため不利であり、傷を負った。
しかし、魔法使いであるラナにとって森での戦闘には圧倒的な自信を持つ。
アスモディなら分からないが、その側近の一人を相手取ったところで負けるわけがないと、そんな自信がラナにはあった。
加えて自分の味方には五帝獣であるフリール達もいる。
早々にゼルバを倒して、フェイの加勢に向かおうとそう思った。
――――だが
「――っ!?」
ラナが森にいる精霊に対してゼルバを押しつぶすように命じようとして、その時に気付いた。
森に住まうはずの精霊。
だが、ラナの周辺の精霊が全くいなくなっているのだ。
そう、それはまるで精霊を一切近づけない結界でも張られているかのような。
「ラナ?」
フリールが、一向にゼルバに対して仕掛けないラナを不審がり、声をかける。
だが、その声に返答せずにラナは目を瞑り一心に魔法の行使に努める。
「どう……して?」
戸惑いを含んだ声。
そんなラナの姿を異常に感じたのか、フリール達はゼルバに対して警戒の目をさらに厳しくする。
「おやおや。どうやら魔法を行使しようとされたようですね。ですが申し訳ありません。この辺りの精霊は陛下がお消しになられたので」
「なっ――」
ラナが驚愕の表情を浮かべる。
と同時に、自分が魔法を行使できなかった理由に合点がいき、納得する。
「そう。それはそうよね。魔法使いの特性を知っているあなたたちがわざわざ私を森に逃がしたうえで何の策も弄さないわけがないわよね」
「ええ。これであなたの打開策はなくなったわけです。どうでしょう、暫くの間大人しくしては」
ゼルバの言葉に、ラナは悔しそうに唇をかむ。
為す術為し。そう思ったラナに、シルフィアが声をかけた。
「ラナ。大丈夫、あなたは私たちが守る。それが、主からの命だもの」
「シルフィア……」
「いい? ラナは私たちが守るわよ。その上でフェイの加勢をする。そのために何をすればいいのか、分かるわよね?」
「勿論……。早くゼルバを倒して、お兄ちゃんを助ける」
シルフィアの声かけにライティアが賛同の声を上げると同時に、セレスやフリール、フレイヤも頷く。
「やれやれ、私としては女性に手をかけることはしたくなかったのですが。あぁ、では仕方がない。久しぶりに力を振るうとしますか――」
全然仕方なさそうに見えない。
先ほどまでの紳士的な態度を一転、獰猛な笑みを浮かべて力を解放した。
右腕に禍々しいオーラを纏った。
その瞬間、突然フェイを頭痛が襲った。
ゼルバ・ルル・カイゼル。
彼は、決してただの側近などでは無かった――。