五十五話
「ふんっ――!」
男が【サマークソード】を横に一閃したと同時に、刃先から纏っていた黒いオーラがフェイ達に襲い掛かる。
だが、フェイはそれを見ると、フリール達の前に出て、右手に持っていた【アーシェントソード】で斬り落とした。
斬られたオーラの残り香がフェイの周囲の地面を削り、音を立てる。
迎撃したと同時にフェイの後ろにいたフリール達が一斉に精霊魔法を行使した。
精霊が、特に帝級精霊が現界した状態では、詠唱も、名唱も必要ない。
彼女たちが魔法を放つと同時に口にしたのは、一様にフェイは守る……その言葉だけだった。
フェイはそれを聞いて思わず頬を緩ませたが、すぐにその弛緩した顔を引き締め、フリール達が放った魔法の行き先……男を見る。
炎、氷、土、風、雷……五種類の剣の形状をしたそれらの魔法は、男へと真っ直ぐ襲い掛かる。
男はそれを一瞥すると、【サマークソード】を天へと掲げる。
と同時に、フリール達が放った魔法が男に着弾し、爆音とともに煙が雲のように生じ、男の姿を隠す。
そんな男の様子を見ても、傍らに浮かび立つ執事風の男は涼しい顔でその場に佇む。
フリール達は、魔法を受けて地に落ちるであろう男の姿を幻視し、煙の下を注視するが、男が一向に落ちてこない。
まさかと思い再び見上げる。
「ふんっ、契約者を変えて尚、力は衰えぬようだな」
「――っ!」
男の声が響き渡ると同時に、煙が何かにはじかれて、視界が晴れる。
そこには、【サマークソード】を天へと掲げたまま、そこから発せられる黒いオーラに自身を包み、身を守っていた男の姿があった。
「そんな……フリール達の魔法が防がれるなんて……」
五帝獣、言わば最強の称号を持つ彼女たちの魔法が完全に防がれ、驚愕するフェイ。
だが、そんなフェイとは対照的にフリール達は予想していたかのように、表情を変えない。
「あんたこそ、一段と力を上げたんじゃないの?」
フリールが苛立たしげに口にする。
いつもとは違う、刺々しいその物言いに、男が只ならぬ人物であることを理解し、警戒を更に高めるフェイ。
そして、ボロボロになっているラナを一瞥し、小さく彼女たちに呟いた。
「フリール、セレス、ライティア、シルフィア、フレイヤ……」
「分かっているわよ」
全員の名前を呼んだフェイに、優しげな表情を浮かべて応えるシルフィア。
フリール達も皆頷く。
「……ラナさんは頼んだよ」
「分かったわ。フェイも頑張って」
目配せをしたと同時に、フリール達が一斉にラナの元へと走り出す。
そう、フェイはフリール達にラナを守るよう指示したのだ。
だが、男がそれを見逃すはずがない。
ラナの方へと走り行くフリール達を目で追いながら、【サマークソード】再び構える男だが、それこそフェイが見逃すはずはなかった。
「ちっ――!」
フェイが【アーシェントソード】を構えたのを視界の隅に捉えた男は、すぐさまフリール達を追うのをやめて、フェイに向き直る。
「ふんっ!」
「はあっ!」
同時に放たれた白と黒のオーラは、男とフェイの間で音を立てながら拮抗する。
これらは、もはや魔法ではない。
拮抗しあうそれらを見ながら、フェイは魔法を行使した。
「【ウィンドフライ】」
フェイの足もとに風が吹きおこり、その後フェイが宙に浮く。
【風の最上級魔法 ウィンドフライ】。
自身の足元に風をおこし、空を飛ぶこの魔法だが、その制御には相当なテクニックを要するうえ、常時魔法を発動しているため、魔力の消費が激しい。
速度を上げ、男へ正面から向かうフェイを見て、男もそれを受けてたつのか、その場で構える。
そして、傍らに控えていた執事風の男に小さく囁いた。
それを受け、浅く頭を下げたその男は、ラナの方へと向かおうとした。
「いかせるかっ!」
それを阻もうと、フェイは標的を男から執事の方へと変えた。
……が、それは阻まれる。
「それは余のセリフだ。余が見す見す貴様を行かせるとでも思ったのか?」
「くっ――」
執事へ振り下ろした【アーシェントソード】は、それに割り込むように現れた男の持つ【サマークソード】によって受けられ、互いに反発しあいながらバチバチと音を立てる。
「何故、ラナさんを襲った!」
「……そうか、貴様は何も聞かされていないのか。余が何者であるのかも、知らぬわけだ」
嘲笑しながら語る男に、言い知れぬ苛立ちを抱くフェイ。
無意識の内に、【アーシェントソード】を握るその手に力がこもる。
「まずは名乗るべきであったな。余の名はアスモディ・ベル・アンビル。この世の人間共を支配する男……魔王だ」
「魔王……!?」
男の、魔王の突然の告白に、驚きの声を上げるフェイ。
真偽を確かめる術はなかったが、地上にいるラナを見て、彼女が頷いたのを確認し、本当であると確信する。
と同時に、何故こんなところに、そしてラナを狙ったのか……その疑問が再燃した。
「だとすれば、尚の事、なぜ魔王がこんな森に、それもラナさんを襲った!」
「あの女とは少々縁があるのだ。いや、正確にはあの女の母親に……だが。どちらにせよ、余の計画に邪魔なのには変わりない」
「計画?」
「先ほど言ったではないか。この世の人間共を支配すると。いや、こう言った方がいいか。この世界から、人間と言う種を一掃する……と」
「一掃……!」
魔王がそう呟くと同時に、確かに【サマークソード】の黒きオーラの強さが増した。
【サマークソード】と【アーシェントソード】、この二本の持つ意味も、フェイはこの時知ることになる。