五十二話
「実技室は……と」
放課後、メリアが再び僕の家に来ることになり、一旦ボネット家の屋敷に荷物を取りに行くことになった。
僕はと言えば、そのまま家に帰ってメリアが来るのを待てばいいだけなのだが、何故かその足は帰路ではなく、実技室へと向けていた。
理由は不明瞭だ。だが、あの男……闇の帝級精霊の契約者との一戦を経て、何故か己の力を高めようとする欲求に再び駆られた。
この感情は、昔抱いていたもの。そして、昔失ったもの。
「鍵は……よかった、かかってない」
実技室の前に着いた。
幸いにも鍵はかけられていない。
そういえば、生徒が自由に使えるように放課後も解放しているんだったっけ。
ゲイソン達と魔法を練習していたことを思い出しながら、ドアを開けて中に入る。
幸い、中には誰もいなかった。
「ふう……まずは、魔力を練る」
両手から魔力を灯すように放出し、徐々に放出量を上げていく。
ここまではいつも通り。そして、ここからが気分によって変えていた。
ここ最近は魔力を圧縮し、それを自分が生み出した魔法の標的に向かって打つ。
魔力の練度とコントロールを同時に鍛えられるこの練習を行うことが主流だった。
この練習は――楽なのだ。
所謂、ノーリスクハイリターンというやつだ。
だが、実はこの練習を行うことは甘えているだけだ。
打ち出した魔力を標的に当てるといっても、無意識の内にその標的自体を魔力に近付けてしまっているのは前々から気付いていた。
そして、これをやめることはできない。
どれだけ練度を上げところで、自分の魔力同士で引き合ってしまうのだ。
要するに、この練習方法はある程度の効果しか望まれない。
こんなことをするよりも、さらに自身の力を高めることが出来る。
その方法も、とうの昔から分かっている。
瞼を閉じる。脳裏に浮かぶのは、鎖。
それを解き放つイメージを浮かべ、詠唱を始める。
『――我は汝らを封印せし者 我は汝らに鎖を巻き付けし者』
『されど我は汝らの契約者、汝らの力すべての行使を認められ、委ねられし者』
『我は傲慢にして不遜 その力をもって、我に降りかかるあらゆる厄災を祓うものなり』
前座に近い詠唱を終える。
ここからが本番。
いつの間にか室内には膨大な魔力が所狭しと吹き荒れている。
だが、ここで終わっていては僕はあの男に勝つことはできない。
『今、我は汝らに自由を与えよう 束縛されし永劫の時を経て――』
そのまま、解放の詠唱を紡ぎ終えようとしたとき、脳内である光景がフラッシュバックする。
それは、思い出したくもない。
三年前の、あの時のことを……。
「フェイくーん、少し出かけてくるからお留守番しておいてくれる?」
「分かった。フリールたちと遊んでおくよ」
一緒に暮らし始めて二年が経ち、ラナさんとはかなり砕けた口調で話せるようになった。
それこそ、本当の親子のように。
そして、ラナさん以外にも家族が増えていた。
「ちょっとフェイ。あんた、私をペットみたいに言うんじゃないわよ」
ラナさんを見送っていると、背後から軽い怒気を含んだような声が届く。
そこには、特別な装飾のされていない青いワンピースに身を包み、青い目で僕を見るフリールの姿があった。
「いや、そんなつもりはないって……」
おどおどしてると、フリールがクスッと笑った。
「フリール、フェイをからかわないの」
「シルフィア!」
フリールの肩までしかない青髪。
そこに手を置いて諌めるのはシルフィア。
彼女は、全てにおいて小柄なフリールとは対照的に長身で、豊満な胸と女性らしい丸みを帯びた臀部。
女性としての完成体と言える容姿をしていた。
碧眼と、その太もも近くまで伸びるセミロング風の緑髪は、周囲の木々と同化しているような感じさえした。
「きゃはは、フリールがシルフィアに怒られてるー」
何処からともなくフリールを嘲笑する声が届く。
「んな! 言ってくれるわね。隠れてないで出て来なさいよ、アホイヤ!!」
「誰がアホイヤよ、バカール!!」
フリールに突如殴りかかった赤目赤髪の少女はフレイヤ。
フリールとは所謂犬猿の仲だ。
体躯もフリールと同じく小柄で、よく二人で背比べをして互いを罵っている。
「バカールですって!」
「そっちから先に言ったんでしょ、バカール!」
フレイヤは尚もフリールを挑発し続ける。
とうとうフリールの我慢の限界なのか、氷の剣をその手に顕現させた。
「バカールの分際で、私に挑もうっていうの?」
フリールよりは少し長い赤髪を少し逆立てながら上から目線でフリールを見る。
そんなフレイヤの態度で限界を完全に突破したのか、青い目に殺意の炎を灯しながらフリールがフレイヤに怒鳴りかかる。。
「上等よ! 今日こそ決着をつけようじゃないの!」
「望むところよ!」
フレイヤも炎の剣をその手に顕現させた。
「ちょ、ちょっと二人とも――!」
日常茶飯事なのだが、こんなところで喧嘩されては周囲に被害が出る。
止めに入ろうとすると拳骨によって発せられた音があたりに響く。
「二人とも、いい加減にしなさいよー」
穏やかな口調でシルフィアが二人を諌める。
その顔は笑っているが、目が死んでいる。
一言でいうと……怖い!
「いったーい……」
「アホイヤのせいで私までとばっちりを受けたじゃない……」
シルフィアの拳骨を受けた二人は、頭頂部を両手で押さえながら地面にうずくまる。
「何よ、バカールのせいでしょ!」
「私が悪いっていうの!? 上等よ。今すぐ決着をつけようじゃない!」
「二人とも!」
シルフィアの一喝で押し黙る二人。
いや、正確にいえばいまだ睨み合い、小声でアホイヤが、バカールが……と、罵り合ってはいる。
「そういえば、ライティアたちは?」
シルフィアに聞く。
いつもならシルフィアと一緒にいるはずの二人がいないことに気付いたのだ。
「あの子たちなら寝てるわよ」
「もう昼だよ?」
「昨日夜更かししてたみたいなのよね。セレスの作った土のお城で遊んでたみたいで」
「そう……」
さすがにこの時間まで寝ているのもあれなので、起こしに行くことにした。
セレスがいるところは分かっている。
「セレス、ライティア……そろそろ起きなよ」
家の中に入り、地下室へと向かう。
地下室の一部は土でできていて、セレスはよくここで寝ているのだ。
案の定、セレスはそこで寝ていた。
茶色の髪をツインテールにしている彼女は、僕にとっては妹のようなもので、それは横で寝ているライティアも同じだ。
ライティアはセレスを抱き枕のようにしながら寝ている。
ラナさんの金髪とは少し違う黄色の髪は癖があり、所々ピョコピョコしている。
「んぅ……」
「はぅ……」
僕の声で二人が目覚めた。
セレスは茶色の目を、ライティアは黄色の目を擦りながら僕を見る。
「おはよう、お兄ちゃん……」
「おは……よ……」
二人を妹のようと言ったのは、二人が僕の事をお兄ちゃんと呼ぶことも起因している。
「おはよう、二人とも」
元々口数が少ないライティアだが、今はまだ完全に目が覚めていないのか、呂律が回っていない。
兎にも角にも、この五人が僕の新しい家族にして契約精霊。
フリールは氷の帝級精霊。
フレイヤは炎の帝級精霊。
シルフィアは風の帝級精霊。
セレスは地の帝級精霊。
ライティアは雷の帝級精霊。
今日も、いつも通りの一日。
騒がしくも楽しい一日を過ごすはずだった。
そう――はずだった。