四十九話
「ぐっ……」
ぶつかり合う、帝剣。
僕と男の周囲は凍てつき、あるいは深い闇へと転じている。
見ると、穢れなき氷雪の剣……氷帝剣が黒く染まり始めていた。
「ちっ……」
これはまずい……そう思った僕は、一度距離を取る。
「闇……それがその剣の力ですか」
「ああ、そうだ。この剣、黒帝剣の力は触れる者全てを闇へと転じさせる」
そう言いながら、僕に見せつけるように黒帝剣を掲げる。
僕はそれを見る。
そこには、打ち合う前と変わることのない漆黒の剣があった。
おかしい……。
「氷帝剣の力は、触れる者全てを凍てつかせる……だったか」
「――っ!?」
僕を蔑視するような目で見ながら、呟く男。
ふっ……と鼻で笑い、自身の圧倒的な力を誇示するかのように言い放った。
「確かに、五帝獣の力に共通するものは、万物を……存在するもの全てにその力の影響を与えることだ。氷帝剣ならば、凍らせる。だが、闇はそれらとは異質な存在だ。闇はそこに存在して、存在しないようなもの。闇は凍らない。凍るという事実自体が、闇へと転じるんだからな!」
男の説明を聞きながら、氷帝剣に魔力を流し、一振りする。
氷帝剣に纏っていた闇が吹き飛び、再び氷雪の剣が姿を現す。
「闇に勝つのは不可能。そうだな……五帝獣が一度に束になってきたら勝てるかもしれねえが、それは無理な話だ」
「どうしてですか?」
「考えてもみろよ……今此処でお前を殺し、氷の力を奪う。そうすれば残っているのは五帝獣のうちの四体。闇と氷の力を手に入れた俺が負けるわけがないだろ?」
「……」
男の話を聞き、一つの考えが頭に浮かぶ。
それは、この場で五帝獣のすべての力を使い、この男を確実に始末すること。
だが、それにはリスクが生じる。
この間の決闘や今のように、一体だけならば完全開放せずにその力を引き出すことはできるが、五体全てとなると制御することが出来ず、完全解放をすることになる。
だが、それはするわけにはいかない。
完全解放した彼女たちを制御することが、今の僕にできるとは思わない。
ここは王都の近く。もしこの場であの時のように暴走すれば、ただではすまない。
ならば、ここは氷帝獣の力のみでこの男を倒すしかない。
「【エンチャントボディ】」
「やる気満々だな。ま、そう来なければやりがいがないってもんだ!【エンチャントボディ】」
僕と男の全身を魔力が覆う。
「……その魔力」
男の魔力純度は、帝級精霊と契約しているだけあって高い。
が、男が纏いし魔力は真っ黒。闇そのもの。
「ああ、俺も本来はお前のような白い魔力だったんだがな、闇の帝級精霊と契約したときに、魔力まで黒く塗りつぶされたんだよ。まあ、俺からしてみればこの魔力の色が心地いいんだがな」
「塗りつぶされる……?」
男が口にしたことを反芻する。
なぜ魔力が黒くなったのかよく理解できないが、なるほど……確かに黒い魔力はこの男に合っている。
「さて……」
「……」
魔力を高め、刀身へと注ぐ。
溢れ出る魔力がぶつかり合っていた。
「そう簡単に、倒されてくれるなよ――!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、闇を纏って地を蹴り、僕との距離を詰めてくる。
勢いで負けるわけにはいかないので、僕も地を蹴る。
「はあっ――!」
間合いに入ったところで、氷帝剣を男に向かって振り下ろす。
が、それをいとも簡単に黒帝剣に止められる。
「ぐっ……」
「いいぜ、いいぜこの感じ……。俺と張り合えるものがいることの昂揚感!こういうのを待っていたんだ!!」
「何が……言いたいんですか」
「俺は力を求めた。だがそれと同時に俺と対等な力を持つものがいなくなっていった。それがどうだ……久しぶりに俺の力の全てを引き出してくれそうな奴に出会えた!これが嬉しくないはずがない……!」
何か言葉を返そうとしたが、そんな余裕はない。
氷帝剣が見る見るうちに闇に浸食されているのだ。
「くっ……」
黒帝剣にこのまま接し続けると危険と判断した僕は、距離を取ろうとする。
……が、僕の退路を断つように、闇が僕の背後に展開されていた。
「【ウィンドストリーム】!」
後方に展開し、闇を吹き飛ばしたのを確認して後方に跳躍し、距離を取る。
「んだよ、つまんねえな!」
男は不満気に呟くと、黒帝剣を横に一振り……黒い斬撃のようなものが飛んできた。
それと同じく、僕も氷帝剣を同じように横に一振りし、氷の斬撃を飛ばし相殺する。
ぶつかったことによる衝撃音のようなものはない。
氷の斬撃がただただ闇へと吸い込まれた……ただ、それだけ。
「……もう、終わりにするか」
「終わりにできると……思っているんですか?」
「できないと、思うかっ――!」
そう言い切ると、男は黒帝剣を地面に突き刺した。
「……帝級精霊を召喚するつもりですか?」
「いや、俺もそうしたいが生憎契約したのは二、三か月前……。まだ完全に制御しきれてないんだよ。お前なら分かるだろ?その絶大な力に恐れ、封印しているお前なら」
この男の言うことは、よく分かる。自分自身たどってきた道なのだから。
五年前、彼女たちと一度に契約したときは顕現することにさえ、魔力の調整がままならず、為しえなかった。
それから一年以上かけ、五体同時に顕現することに成功し、その力を引き出すことが出来た。
けれど、それが可能になったとしても少し精神を乱すだけで暴走する。
帝級精霊というのは、そういうものなのである。
「尤も、今のお前程度なら顕現せずとも倒せるがな」
「――っ! 試しますか?」
「ああ、無論だ。お前は今この森にいる時点で、俺の術中に嵌ったも同然。この森を覆う結界は、人払いも兼ねているが……この黒帝剣と合わせることで、相乗効果ともいえる力を引き出すことが出来る」
「相乗効果……?」
「ああ、折角だ……死に行く者に相応しい手向けにしてやるよ」
「ぐっ――!?」
突如、地面に突き刺されていた黒帝剣から黒い闇が溢れ出て、地面を黒く染め上げる。
いや、僕以外の全てを黒へと染め上げた。
この空間はもはや闇。分かってしまう…たった今、この空間はこの男に支配されたのだと。
「行くぜ――!」
「……!?」
虚空より、幾本もの黒帝剣が姿を現す。
やがてそれらはこの空間を覆い尽くす。
その切っ先が向けられるは僕自身。
「この空間……名づけるなら、【無限の絶望】」