四十五話
「それで殿下、これからどうされるのですか?」
門を抜けて殿下としばらく歩きながら、これからの予定を聞く。
すると、殿下がむっ……とした表情で睨んでくる。
「フェイ!今日はデートなんだからその口調はやめなさい!」
「えっ?ですが……」
「街中でそんな呼び方をしていたら、私が王族だと周囲に言いふらすようなものよ」
「それはそうですが……」
「ほら、レティスって!」
「ですが、さすがにその名前で呼ぶとバレるのでは?」
「んー、そうね……」
どうしようかな……と、腕を組んで考える殿下。
しばらくしたのち、考えることを放棄したような顔で僕に言い放った。
「じゃあ、適当に名前を考えてくれる?」
「……そうですね、レティとかはどうですか?」
「スを取っただけじゃない!……まあ、いいわ」
ほっ……と、胸をなでおろす。レティとレティスでは名前に大した差はないのだが、まさか王女が大した護衛もつけずに街中に来ているなどと思う者はいないだろう。
「この匂い……」
急に殿下が鼻をひくひくと動かして、匂いのする方へと体の向きを変える。
その先には早朝だというのに出店が何店か出ていて、その食べ物の匂いに殿下はつられたらしい。
そういえば、朝食がまだだった。
「でん……レティ、何か食べられますか?」
「べ、べつにお腹は空いてないわよ!」
……なぜ見栄を張るのだろうか。
先ほどから視線は出店にくぎ付けであり、体中から食べたいオーラを放っている殿下が今更そのようなことを言っても説得力は皆無である。
それとも、これが女心というやつなのだろうか?うーん、よく分からない。
ふう……と息を吐くと、殿下が最も望んでいるであろう言葉を口にする。
「レティ、僕はお腹が空いたのであそこで何か食べたいのですが、一緒にいかがですか?」
「しょ、しょうがないわね!フェイが食べるのなら私も食べるわ!」
全然しょうがなさそうに見えない……。
見て回っていると、周りとは違い、一際いい匂いを放っている出店の前で足を止める。
タオルをはちまきのようにして坊主頭に巻き、うちわであおぎながら火力を調整して作っているのは肉の串刺し。
じゅっー、じゅっーと溢れ出る肉汁が、その肉の旨さを物語っているようだ。
「これを食べますか?」
「そうね」
殿下の同意も得て店主に二本注文する。
あいよっ!と威勢のいい声とともに、肉の串焼きが二本さし出される。
600エール払い、受け取ると一本を殿下に渡す。
殿下がそれを店の前で食べようとしたとき、一つの考えが頭をよぎる。
毒見をしなければいけないのでは?……と。
いや、おそらくその心配をする必要はない。
だが、もしかしたらという可能性がある限り、殿下に毒見もせずにそのまま食べていただくわけにはいかない。
しかし、店主の前である。毒見をする……などと言って殿下から肉を取れば不審がられ、尚且つ店主にとっては不快極まりなく、失礼に値する。
ということは、自然に殿下の手から肉を取り、自然な形で毒見をする必要がある。
ええい、考えてる時間はない!
「レティ、すいません!」
「えっ?ちょっと……」
殿下が肉を口に入れる寸前に取り上げ……食べる。
柔らかな肉の食感と香ばしくておいしい肉汁が噛めば噛むほど溢れ出て、甘辛いタレがそれらをうまく包み込んでいる。
……美味しい!
「あの、フェイ?」
「はい?」
「どうして私のを取ったの?」
「……えーと、それはですねー……」
どうしよう、急いで行動したため理由を考えていなかった。
まあ、毒がないことは確認できたんだけども。
ジト目で睨んでくる殿下の顔を見ながら考える。
……が、一向に言い訳が思いつかない。
しかたない、本当のことを言うとしよう。
「レティの肉を食べたかったんです(毒見をするために)」
「えっ、私のを?(どうして私のを?まさか……)」
「では、どうぞ」
……と、殿下に肉を手渡す。
「あ、あの……フェイのまだ食べていないほうをもらうわ!(かっ、間接キスになっちゃう……)」
「いえ、こちらを食べていただかなくては困ります!レティには僕が食べたほうを食べてほしいのです!!(毒が入っていないことを確認した肉でないと意味がない)」
「え……しょ、しょうがないわね……(そこまで私と間接キスしたいの?)」
急に顔を赤くして俯かれる。
店主がニヤニヤしながら若いっていいねえーと呟いていた。
……あれ?もしかして僕、何かやらかしたかな?