四十四話
「これでいいんですか?」
両手を広げ、目の前で僕が先ほどまで着ていた服を左腕にかけ、にこやかにほほ笑んでいるトレントさんに不安を抱きながら聞く。
窓の外を見るとまだ薄暗く、早朝であることがわかる。
アンナさんはまだ勤務時間ではないらしく、ぐっすりと寝ているらしい。
「お似合いですよ」
「そうかな?」
もう一度自分の服装を確認する。
茶色のズボンに白色のYシャツ、そして紺色のベスト。
ベストは着なれていないこともあってか、どうもむずむずして落ち着かない。
「ええ。目立ち過ぎず、けれどデートにはピッタリの服装ですよ」
「うーん……」
「では、そろそろ殿下のところに向かわれては?」
「あ、そうですね。では行ってきます」
ベストを軽く引っ張りながら部屋のドアを開け、殿下の部屋へと向かう。
「フェイ=ディルクです。殿下、入ってもよろしいですか?」
コンコン……と、ドアを叩き、室内に声を送る。
すると、部屋の主から瞬時に返される。
「フェイね!良いわよ、入って!」
「失礼しま……」
ドアを開け、室内を見た瞬間声を奪われる。
桃色のワンピースが彼女の金髪と合わさり、羽織っている白色のガーディガンが可愛らしさを醸し出していた。
「な、何見てるのよ!」
見惚れてしまい、じっ……と見てしまったのだろう。レティス殿下に怒られる。
「いえ、あまりにもお似合いだったもので、つい見とれてしまいました」
「そ、そう……」
……?気のせいだろうか。今、室内の一角から僕をからかうような視線を感じた気がした。
「殿下、そろそろ出かけなくてもよろしいのですか?」
部屋の片隅で佇んでいたセリーナさんが、レティス殿下に言う。
それを聞いた殿下が、部屋の時計を見てあっ……と声を零したと思うと、急に僕の手を握った。
「えっ……あの?」
「行くわよ!」
「へっ!?ちょっ……」
困惑する僕に返ってきたのは行くわよの一言。
そのまま手を引かれ、部屋の外へと連れ出された。
後ろからセリーナさんのいってらっしゃいませ……という声を聞きながら、僕は走ることになった。
「ふう……殿下、なぜ急に走りだされたのですか?」
「え、だって出来るだけたくさん遊びたいじゃない。時間がもったいないのよ!」
いまだ乱れる息を整えながら、僕の前で身を隠すように壁に張り付いている殿下に声をかける。
「ところで、何をされているんですか?」
「え?隠れてるのよ」
「何からですか?」
「衛兵からに決まってるでしょ?」
「……どうしてですか。まさか、今から無断で城外に出られるおつもりでは……」
「そのまさかよ」
……これはつまり、本当に王城から連れ出せと、そういうことなの!?
「殿下がいないことがばれたらどうされるんですか」
「大丈夫よ。今日は一日中セリーナと勉強している予定だから」
「なるほど、セリーナさんに殿下が城にいると証言してもらうということですか」
「そういうことよ」
でもそれって、穴だらけな気が……。
「じゃあフェイ、よろしくね!」
「えっ、いや無理ですよ!王城の警備をすり抜けるなんて……」
「今日、楽しみにしてたのに……」
「……」
「王都でお買い物、楽しみだったのに……」
「……」
「折角、服を選んだのに……」
「……あー、もう!分かりました!」
「ふふ……フェイ、よろしくね!」
しょうがない、これはしょうがないんだ。
とりあえず、衛兵の数を探ることにしよう。
「【サーチサークル】」
【系統外魔法 サーチサークル】、この魔法は魔力を極限まで薄く広げ、その魔力と人が持つ魔力が当たることによって、人がどこにどれだけいるのかが分かる便利な魔法だ。
……正面に八人、向こうに五人か。奥の方には三人しかいない……。
抜けるならこっちかな?
「では殿下、失礼します」
「ふえ?ちょ……」
文字通り、お姫様抱っこをする。
そのまま【系統外魔法 エンチャントボディ】を行使する。
さて、これからどうしたものか。
【エンチャントボディ】で強化した膂力をいかして奥まで移動したのだが、どうやって三人の衛兵に気づかれずに門を抜けるかを考えていたかった。
「……あ」
「ちょ、ちょっとフェイ……そろそろ降ろして!」
「もう少しだけご辛抱ください。【ダークレイドール】!」
【闇と土の合成上級魔法 ダークレイドール】。
これで囮を作って、それに衛兵がひきつけられている隙に抜け出す。
「んっ……何だ?」
衛兵の一人が僕の放った囮に気づく。
「おい、貴様何者だ!どこから入った!」
その声に周りにいた衛兵も気付いたのか、走って囮の方へと向かう。
それを確認してから、僕は囮を門の逆方向へと走らせる。
「逃げたぞ、追え!」
あとは適当なところで消せばいい。
……これ、結構衛兵の人たちに迷惑が掛かってる気が……。
「殿下、今のうちに参りましょう!」
「そ、そうね……」
門を抜けて街中へと足を進める。衛兵の数ってこんなに少なかったかな……と、疑問を抱きながら。