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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
二章 妄執の果てに
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四十三話

――ボネット領郊外の森。



 陽の光は消え、森一帯が闇に覆われる。

 しかし、その森の中心から光が漏れている。

 その光に向かって気配を完全に絶ちながら、暗闇に乗じて歩を進める怪しい人影が十人ほどあった。





「目標はこの先だ」

「……何か、先ほどから風が強くないですか?」

「森全体が動いている気がして、不気味だな……」


 リーダーらしき男の声に、怯えたような声を出す部下たち。

 その声を聴いたリーダーが、ふん……と、鼻で笑う。


「何馬鹿なことを言ってるんだ。いいか、今回は失敗が許されない。もし捕まった場合は……分かっているな。それが怖い奴は今のうちにベッドの上で震えていろ」

「馬鹿言わないで下さいよ……」


 リーダーの厳しい言葉に、何を馬鹿なことを……と、一様にこの仕事を行う意思を表す部下たち。


「よし、行くぞ!」


 その声に反応するように、風はさらに強さを増した。






「んー、フェイ君が来たら、何て説明しようかなー」


 王都から帰ったラナール=ディルセルクは、紅茶の入ったティーカップを右手に持ち、困ったように頬を膨らませながら椅子に腰かけていた。

 ティーカップを口に運び、紅茶に舌鼓を打ちながら、はーっと気の抜けた声を出してのんびりしていると、不意に窓ガラスがガタガタと揺れて音を立てる。

 普通ならば風が強いのか……程度にしか思わないだろうが、彼女は先程までの弛緩しきった顔から一転、引き締まった真剣な表情で窓に歩み寄る。


「こんな時間にどうしたの?」


 まるで、風と話すかのように声を出す。すると、それに返事をするかのように風の強さが増す。


「そう……まさかとは思っていたけど、本当に仕掛けてくるとわね……」


 ティーカップを机の上に置き、羽織っていたガーディガンを脱ぐと、黒いローブと黒い帽子を取り出し、身に着けた。

 それは、まさしく魔法使いの姿。


 その姿通り、彼女は魔法使い。この世に彼女一人しかいない、魔術師とも精霊術師とも違う存在。

 ディルセルク家は代々、魔法使いの家業である。

 ディルセルク家が回復魔法の使い手であることは事実である。

 だが、この家にはもう一つの顔がある。

 それが魔法使いとしての顔。


 空間に漂う魔力にも似た精霊の力を借りて魔法を行使する。それはエルフにも近しい存在。

 かつての魔族との戦い……その戦場となった場所には彼ら、精霊の数が少なかったため、回復魔法を使うという裏方に回っていたディルセルク家だが、魔法使いの力の神髄は森の中でこそ発揮される。

 そして、そのことを知っていた当時の国王が、ラナール=ディルセルクの母が褒美に森を望んだ意図を察し、与えたのだ。

 すなわち、母たる自分がいなくなってしまった時に娘に危険がせまったとき、その危険から身を守る力の得られる場所に住まわせることができるということを。


 そして今、危険が迫っていることをこの森の精霊たちが彼女に知らせたのだ。






「あそこだ。一斉に魔法を放つぞ」


 森の中心にこじんまりと建っている一軒の家。

 その窓からは明かりがこぼれており、また、人影が見えることから対象が家にいることを確認したリーダーがそう言う。

 その言葉とともに、全員から魔力が溢れはじめる。


「「「【ファイヤートルネード】!!」」」


 炎の竜巻が十本、地面を削るように進みながらその家へと突き進む。

 そして、到達しようとしたところで……


「「「なっ!?」」」


 全員が驚きの声を上げる。無理もないだろう……。

 なぜなら、炎の竜巻は一瞬にして消されたのだ。

 家へ触れさせまいとする巨大な風の壁によって。


「ちっ……もう一度だ!」


 だが、さすがと言ったところか……気を持ち直してすぐさま魔法を行使しようとする。

 しかし、それはさせまいとばかりに、一人の艶やかな女性の声が響く。


「ふふ……無駄よ。何度やってもこの壁を破ることはできないわ」


 玄関を開けて、命を狙われているとは思わせないほど軽い口調と、彼女の美しさに一瞬目を奪われる。

……が、それも束の間。ただちに魔法が放たれる。


「「「【フレイムランス】!!」」」


 だが、その炎の槍さえも横から吹いた突風によって消される。

 彼女がしているのは、ただ右手を炎を槍の方にかざしただけ。


「なっ、何をした!?」


 彼らが知らないのも無理はない。ディルセルクの正体と同じく、魔法使いの存在も、国王とそれに近しい存在……そして、彼女が特異な存在だと知っているフェイ=ディルクしか知らないのだから。


「教えるわけがないでしょー。それより、聞くまでもないと思うけど、あなたたちはボネットの人間かしら?」

「……」


 ラナールのその問いに口を閉ざす黒装束の集団。

 その反応を見て、んっー、と首を傾げるラナール。


「フェイ君から聞いた話と違って、口が堅いのね。この数年で暗殺関係の人材が成長したということかしら。……もっとも、それは良くない変化なのだけどね」


……と、そんなことを呟いているうちに魔力が練り終わり、行使される。


「「「【フレイムウェーブ】!!」」」


 幾重にも重なった炎の波が、彼女の柔肌を焼かんとする。

 だが、それを見てもなお彼女は焦りの表情を浮かべず、ただ手をかざす。


「もう……火事になったらどうするのよ」


 そう言った瞬間、炎の波が上から押さえつけられたかのように押しつぶされ、霧散する。


「あり得ない、無詠唱でこれほどの魔法を行使するなど!!」


 撤退だ!!……と、仲間にも呼び掛けると森の中へと走り、逃げ出す。

 この判断は間違っていない。どうあがいても、彼らが彼女に勝つことはこの森の中では不可能なのだから……。

 が、それと同時に正しくもない。そう簡単に逃げられるわけがないのだ。


「あなたたちを捕まえれば、ボネット家も終わるわよね?」

「!?」


 ものすごい速さで彼らに追い付いた瞬間、空へと手をかざす。

 すると、風が吹き荒れ彼らの体を飛ばし、木へと打ち付ける。

 暗殺者たちは、木々に打ち付けられた衝撃で、肺から空気が抜けきったような、そんな声を出した。

 そのあまりの衝撃に全員が意識を失った。


「ふう……王都に連絡して引き取りに来てもらおうかしら。拷問はあまり得意ではないし……」


 そう呟く彼女の瞳は、これで息子の仇が取れたかしら……と、うれしさを帯びていた。

 その直後、ラナールの護衛として王の密命を受けて森の近くまで来ていた兵士たちによって身柄は拘束され、王都へと移送された。



……が、この数日後、王都の尋問室にて全員が奥歯に仕込んでいた毒によって自害した。






 暗殺者の身柄を引き渡したラナールは、美しい金髪を風に揺らしながら涙を流す。

 彼女は、この世でただ一人の魔法使い。この世界で唯一、他とは違う存在。

 彼女を真の意味で理解できるものは、この世にはいない……。

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