四十一話
アレックスが降参した後、再び決闘の直前に待機していた部屋で待っているように言われ、アンナさんと一緒に言われたとおりにソファに座り待っている。
ただ、アンナさんはメイドなので……と言って、ソファに座ろうとせずに僕の傍らで佇んでいる。
そのことに居心地の悪さを覚えながら、先ほどの戦いを振り返る。
……結局、彼女の力を借りてしまったな……。
久しぶりに魔力を大量に使ったためか、ブラムとやり合った時以上の倦怠感が僕を襲う。気を抜けば寝てしまいそうだ。
ソファの背もたれにもたれかかり、天井を見上げる。
視界の端にアンナさんをとらえながら、そのまま夢の世界へと旅立った。
「それで、何の用なの?」
王の間に呼ばれたラナール=ディルセルク。
今この場には、アルフレド=アルマンドと彼女、そして大臣たちしかいない。
「ふむ、そなたならフェイが最後に使った魔法が何なのか知っているのでは……と思ってな」
「んー、知ってるけど教えたくはないわね……」
「それは、自分たちで調べろということか?」
「まあねー。それに、決闘が終わってすぐに宮廷術師が数人、血相を変えて出ていったでしょ?」
なるほど……と言った顔でうなずくアルフレド。
いま彼女があの魔法の正体を言えば、今まさにその魔法について調べている宮廷術師たちの努力を無駄にしてしまう。
「ふむ……あの魔法が何にしろ、フェイがボネット家当主に勝ったのはゆるぎない事実。国のために彼に爵位を与えても文句を言うん者はいるまい」
そう言いながら、大臣たちに目で問う。
その目をうけた彼らは、一様にうなずく。
「では、フェイ=ディルクを……」
「陛下!!」
突然、王の間の扉が開かれる。
「どうした」
入ってきたのは宮廷術師の一人。
彼女は左手に一冊の本を持っていた。
「これを……」
さし出された本をしばし読むアルフレド。
そして、彼の目は徐々に見開かれていく。
「なんじゃと!?」
そう叫んだと同時に、ラナールを見る。
「なぜ、黙っていたのだ」
「フェイ君は今、その力を封印しているわ。今五帝獣と契約していると公表しても無意味だと思ったのよ」
飄々とした顔でそう返すラナール。
それを見て、疲れた……とでも言いたげにため息をつく。
「しかし、まさか帝級精霊と契約とは・・・・・」
帝級精霊……その言葉を聞いた大臣たちの間でざわめきが広がる。
「いや、わしもうすうす感づいてはおった。最上級精霊をものともしない魔法など、人が使えるわけがない」
「それで、どうするの?」
「……安心せよ。今どうこうするつもりはない。そなたの意に反することをすると、そなたの母との約束を破ることになる」
「ふふ……よかったわ」
妖艶にほほ笑む彼女を見て、天井を仰ぐ。
「しかし、合点がいかぬな。フェイは精霊契約に失敗したのであろう?ならばなぜ、帝級精霊と契約ができたのだ?」
「下級精霊と契約できる程度の魔力で、帝級精霊と契約できるとでも?」
「――っ!」
彼女の言っていることが、あまり理解できない。
だが、ただの人が帝級精霊と契約できるわけがない……そう言う彼女の言葉に込められた気迫に、彼らはただ息をのんだ。
「それじゃあ、私は帰るわね!」
「もう帰るのか?」
「フェイ君にも会えたし、進展もあったし……なによりフェイ君の追求が怖いからねー」
「その自由な性格、母譲りだな」
「それ、褒めてる?」
「……どう思うかはそなたの自由だ」
悪戯っ子な笑みを浮かべながら扉に手をかけるラナール。
その背中に声をかける。
「しばらくの間、そなたに護衛をつけようかと思うのだが……」
「なーに?ボネット家が私を消しに来るかもって思ってるの?大丈夫よ!」
「しかし……」
「大丈夫だって!それじゃーね!」
軽快な足取りで王の間を後にしたラナール。
それを不安げな表情で見ながら、アルフレドはフェイの契約精霊について緘口令を敷いた。
ある者は赤色の眼をし、その意思で全てを燃やす炎の世界を。
ある者は青色の眼をし、その意思で全てを凍らす氷の世界を。
ある者は緑色の眼をし、その意思で全てを吹き飛ばす嵐の世界を。
ある者は黄色の眼をし、その意思で全てを穿ち壊す雷の世界を。
ある者は茶色の眼をし、その意思で全てを動かしのみこむ大地の世界を。
それらはどれも共通して、神の成せる業。
あらゆる敵も彼らの前では有象無象へと還る。
彼らを止める者は、人の身ではおらぬのだ……。
「くそ!」
足取りのおぼつかないアレックスは、なんとかソファに座ると、手でソファを殴りながら悪態をつく。
この場にはメイドはおらず、アレックスとアディ、ブラム……そしてアルマンがいた。
「どうして負けたんですか!」
目の前で父親が負けたことで動揺し、ブラムが耐え切れずに言う。
「知るか!あんなわけのわからん魔法に勝てるわけがないだろ!」
いらだたしげに声を荒げる二人。
「ねえ、これからどうするの?」
アディがアレックスを非難するかのような声色で問う。
「どうもこうも、このまま処罰を受けるしかない……くそ!これも全てフェイの……いや、ラナール=ディルセルクがあいつを助けなければ……」
アレックスのつぶやきですべてを察したアルマンは、アレックスに問う。
「アレックス様……殺しますか?」
「……そうだな。今後の障害になるかもしれん。ボネット領の郊外の森だったな……」
「父上、今やれば国王が疑うのでは?」
「疑われようと、証拠がなければどうとでもなる!」
「そう……ですね!」
ブラムが納得したのを確認し、アルマンに言う。
「領地に戻った際、お前が分家の中から選んだ者をラナール=ディルセルク殺害へ向かわせろ。ただし、証拠だけは残すな!」
「了解しました!」
「……ボネット家の邪魔をすればどうなるか……思い知らせてやる!ふはははは!!!」
ひそかに、ラナール=ディルセルク殺害の計画が動いていく。