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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
二章 妄執の果てに

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四十話

 静寂が部屋を支配する。

 床には嵐が通ったような痛々しい跡が残っているが、その静けさと相まって異様な空気を出していた。


 その跡の中心には一人の男と、高位精霊では珍しい獣型、赤き炎を全身にうっすらと纏った豹……最上級精霊、フレイムペンターが悠然とそこに佇んでいた。





……あれが、ボネット家当主の契約精霊。

 ブラムのような荒々しい炎精霊とは違う。

 彼の精霊はうっすらとした炎だが、無駄がなく、むしろブラムの炎精霊よりもその炎から発せられる熱量は高い。


【ファイヤートルネード】は、あの炎を周りに放出し、打ち消したのか。

 いや、もしかしたら打ち消したつもりなどないのかも知れない。

 精霊召喚の際の余波……それだけで【ファイヤートルネード】が相殺された。


……と、彼の周りの床が円状に薄く削れていることに気づき、冷静に分析する。

 いや、冷静ではない。【ファイヤートルネード】を完全に相殺されたことに、愕然としている。

 半ば現実逃避のために考え込んでいただけだ。

 そして考えれば考えるほど、彼の精霊の力に畏怖する。


「どうした!まさかこの私があの程度の魔法で敗れるとでも思ったのか?」

「――っ!」


 僕が精霊をにらんでいたため、そのことから何を考えていたのかが分かったのか……嘲笑しながら尊大に言い放ってくる。


「【フレイムランス】!」


 反射的に、【火の中級魔法 フレイムランス】を行使する。


「【フレイムフォール】」


 フレイムペンターが火の槍からアレックスを守るように間に入り、毛を逆立てるように炎を放出すると、炎の滝が現れ火の槍が消される。

【火の上級精霊魔法 フレイムフォール】……いうならば、【火の中級魔法 フレイムウォール】の上位互換版。

 その炎は床から天井へと昇り、天井に直撃して消滅する。


 パラパラと音がしたと思うと、【フレイムフォール】の当たった場所が削れていた。


「今、何かしたか?」


【フレイムランス】完全に消滅したのを確認したアレックスが、先ほどと表情を変えずに言ってくる。


 余裕綽々な彼とは違い、僕は頭の中で様々な攻撃手段を考える。


 一か八か、あれを使う……か。



【系統外魔法 エレメンタルコントロール】



 系統外魔法とは、魔力を火や水に変換して行使する魔法とは違い、魔力そのものを変換することなく行使する……魔法であって魔法ではない魔法のことを総称してそう呼ぶ。

 たとえば、【系統外魔法 エンチャントボディ】の場合は、魔力をそのまま体にまとうことによって細胞を活性化して、身体能力を上げている。


【エレメンタルコントロール】は、魔力を圧縮……言わば魔力弾のようなものを精霊に向けて放ち、契約者との魔力のつながりを一時的に絶ち、行動不能に追い込む魔法である。

 だが、この魔法は高位精霊ほど効果が低く、契約者の魔力量の数十倍の魔力弾を放たなければ効果がない。

 さらに、魔力が恐ろしいほどまでに高純度である必要がある。



 魔力を放出し……圧縮する。

 目視が不可能なまでに圧縮された魔力を、フレイムペンターへと向ける。


「【エレメンタルコントロール】」


 魔力弾を目で追う。そして狙い通り精霊に当たった瞬間、バチッ……と音が鳴り、微かに静電気のようなものが起こる。


……やはり、弾かれる。

【エレメンタルコントロール】が通じないなら、持てる魔法をすべてぶつけて倒すしかない。

【エンチャントボディ】を行使しなおし、魔法を練る。

 アレックスは、僕が魔法を行使するのを待っている。……まるで、僕の魔法を相殺するために……。


 奇しくも、僕の考えと似ている……と、そう思うといろいろな想いが胸中を巡る。


「【フレイムウェーブ】!!」


 現時点で最も威力の高い、【火の上級魔法 フレイムウェーブ】を行使する。

 炎の波がうねりを上げてアレックスに襲い掛かる。

 ガガガガ……と、轟音を立てながらすべてを飲み込まんとする炎の波。


 それを見たアレックスは、フレイムペンターに目を向け、紡ぐ。


「【フレイムサークルフィルム】」


 アレックスの体から魔力が噴き出て、フレイムペンターに吸収されていく。

 その吸収される量に比例するように、豹が纏う炎は大きくなり……吠える。


 直後、フレイムペンターを中心に円状に炎が広がる。

 炎の波など……もはや存在しない。

 一瞬……本当に一瞬のうちに、その炎に触れた瞬間、のみこまれて消滅した。

 その炎のドームの中心で、アレックスはフレイムペンターから放出される炎越しに、僕を見ながら笑っていた。


 どうだ、貴様などが私に勝つなど、不可能なのだ……と、そう言いたげな表情で……。


「ぐっ……、【ウォーターウォール】!」


【水の中級魔法 ウォーターウォール】を、最小限の範囲に展開し、迫りくる炎を防ぐ。

 どうやらこの精霊魔法は、炎の膜のようなものが同心円状に広がっているが、その中には炎を展開されていないことが、アレックスが無事なところを見て判断する。

 ならば、その炎の膜の一か所にさえ相殺して穴をあければ勝てる……そう思い、一部分だけでも突破しようと魔法を行使したのだが……


「なっ――!ちっ……」


 思わず舌打ちをしてしまう。

 炎が水にあたることで水蒸気が発生しているが、水の壁はどんどん削られているのにも関わらず、炎は一向に消えない。

 先に展開した【ウォーターウォール】が消える寸前、もう一度発動する。


 部屋が濃霧で覆われ、水蒸気の発生する音が聴覚を支配する。


……もう、無理だ。魔法を行使し続けてもこれを相殺することはできない。

 最上級精霊を……アレックスを舐めていた!いや、むしろ慢心しすぎていたのだろう。

 どのみち、勝つことはできない。


 そう思いながら、【ウォーターウォール】に魔力を供給するのをやめようとしたとき、頭の中で声が響く。



――――諦めるの?



 自分の声だ。きっと、現状を許容できない僕自身の作り出した幻想。



 仕方ないんだ。ここまで力の差があるのだから……。



――――力の差?



 今持てる魔法の全てをもってしても、あの精霊魔法には勝てない。

 誰から見てもその差は歴然に決まっている。



――――魔法のすべて……。僕はまだ、彼女たちの力を使っていないでしょ?



 無理だ。彼女たちを使うわけにはいかない。

 また暴走して、あの時のように……。



――――僕はこの数年間、彼女たちの"精霊魔法"を使いこなすことのできない程度の努力しかしてこなかったの?



 そんなことはない!



――――なら、どうして使おうとしないの?



……彼女たちに鎖をつけたのは僕だ。

 都合のいい時だけ頼るなんて、そんな傲慢が許されるわけがない!



――――なら、このまま彼に負けるの?自分の命すら奪おうとした相手に。僕だけではない、メリアもまた……前と同じ生活に戻ってしまうよ。



 で、でも、彼女たちが許してくれるわけが……。



――――それは、僕自身が一番分かっているくせに……。



……?どういう意味?



――――言ったはずだよ。僕自身が一番分かっていると……。




「ぐっ――!」


 意識が戻る。いや、今の時間は本当に刹那の時間だったのだろう。

 アレックスがにやにやと、僕が敗れるのを今か今かと待っている。


……負けたくない。負けるわけにはいかない!!



『あんたは馬鹿なんだから、何も考えずに私を使えばいいのよ!』



 不意に、頭に声が響くとともに、青髪の少女の姿が頭をよぎる。

 いつものようにそっぽを向きながら、彼女はそう言う。


……そうだ、自分が一番分かっている。彼女は、そういう精霊なんだと!


 決心する。そして、紡がれる。一時の解放のための詠唱が……。



『――我は汝を封印せし者 我は汝に鎖を巻き付けし者』


『されど我は汝の契約者、汝の力すべての行使を認められ、委ねられし者』


『我は傲慢にして不遜 その力をもって、我に降りかかるあらゆる厄災を祓う者なり!!』



 眼が……青色に染まっていく。

 そして、精霊魔法が行使される。



『――世界は我を拒絶する 世界は我を排除する』


『有象無象に拒絶され、けれど我はそれを拒まない』


『されど低俗にして下賤な者たちに、見下されることは耐えられぬ』


『我を拒絶する者たちよ、ならば我から拒絶しよう』


『動くことも、語ることすら許されぬ 万物が停まった世界で 我は独り、何にも拒絶されぬ独りになるだろう!!』



 人でありながら、人を超える魔法を行使する際の枷……詠唱を終える。

 そして魔法名の詠唱、名唱が紡がれる。


「【フリージングワールド】!!」



――世界が、停まる。

 炎の膜すらも、凍てつきその場をうごかない。

 それはまさしく神の所業。最上級精霊魔法すら凍らせる、圧倒的な力。

 



 ドーム型に凍った氷の一点を、手でこんこんと叩く。

 ピキピキと音を立てながらひびが入り、穴ができる。


「な、何をした!!」


 自らが誇る最強の精霊魔法が相殺……否、凍らされ、驚きを通り越して畏怖し、僕が近づくとその分だけ後ろに後ずさる。


「……」


 だが、聞かれたところで何も語らない。


「くっ、【フレイムアロー】!」


 僕が何も話す気がないと察したのか、すぐさま【火の中級精霊魔法 フレイムアロー】を行使し、放ってくる。

 だが、この空間ではもはや無意味。


 発現した瞬間、炎の矢は凍る。


「なっ、ばかな!!」


 そして、フレイムペンターさえも凍り付いていく。

 完全に凍ると、氷塊となったそれは崩れ、砕け散り、魔力となってアレックスの体内へと戻り行く。


 それが収まると、どこか虚ろな目でフレイムペンターのいた場所を眺めるアレックス。


「あり得ない……あり得ない!!精霊を、最上級精霊を凍らせる魔法など、聞いたことがない!!」


……どうやら、詠唱は耳に届いていなかったようだ。

 恐らく青に染まっているだろう僕の眼にも、気付いていないだろう。


 だが、むしろそのほうが都合がいい。


「な、何を笑っている!」


 気付いていないことで、つい頬が緩んでしまったらしい。怒りと屈辱に顔を歪めながら僕を指さす。


「いえ、つい……」


 狼狽する彼の姿を見て、さらに頬を緩める。僕はつくづく性格が悪いらしい。

 そんな僕を見て、狼狽する自身のことを貶されたと思ったのか、魔力を高め魔法を放ってくる。


「【フレイムランス】!!」


 火の槍を数十本空中に展開し、僕に向かって放ってくる。この数を一気に展開できるのは、上位の術師でも少数だ。

 だが……


「無駄ですよ。この"世界"では僕の意思で全てが凍る……」


 そう呟いた瞬間、火の槍全てが凍り、砕け散る。


「なんだ!?あ、足が凍る……!!」


 アレックスの足が凍り始める。

 その氷は、もう下半身の大半を凍り尽くしていた。


「【ファイヤーボール】!」


 その氷をとかそうと思ったのか、ファイヤーボールをぶつける。

 しかし、人の業ではこれをとかすことは不可能。


「貴様……」


 無駄だと分かったのか、魔力の放出をやめ、苦悶の表情を浮かべ……うな垂れる。


「……こ、降参だ」


 その瞬間、この空間の凍てつくような冷気は消え、眼の色が黒へと戻る。

 アレックスを覆っていた氷と周りを囲んでいた氷の膜が音を立てて崩れゆく。

 氷が砕けたことで下半身の自由を取り戻したアレックスは地面に崩れ落ち、床に膝をつきうな垂れる。


 僕は、崩れ行く氷を見ながら、言葉にできない想いを胸中に巡らせていた。






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