三十九話
術師同士の戦いで最初に取るべき行動は、大きく分けて二つある。
一つは、威力は低いが発動までの時間が短い初級魔法を放ち、相手の体勢を崩す。
もう一つは、【系統外魔法 エンチャントボディ】を行使し、相手の魔法を回避しながら強力な魔法を練る。
だが、相手が強力な術師の場合、前者ではそれらを一蹴され、後者では避ける暇すら与えられない。
術師同士の戦いで最も必要なのは、意外性。
相手の思いもよらぬ方法で意表を突き、先手を取るかが鍵になる。
『では、用意してください』
魔術具を介して届いた声が、心の奥で自分自身と語らっていた僕の意識を呼び戻す。
【火の初級魔法 ファイヤーボール】で牽制するか、【系統外魔法 エンチャントボディ】で距離をとるか……。
相手の体からあふれ始めた魔力を視て、額に汗を浮かべながら考える。
仮にも相手はボネット公爵家の当主。実力は確かだ。
一筋縄ではいかないことを、彼の魔力を視て再確認させられる。
『では、十秒前』
再び魔術具から声が流れる。
何をするのかは、もう決めた。
『五……四……三……二……一……始め!』
その瞬間、即座に【ファイヤーボール】を展開する。
「【ファイヤーボール】!」
アレックスに向かって、その身を焦がさんとする火の玉を数個……放つ。
それを見たアレックスは、ふんっ……と鼻で笑い、右手を火の玉に向けてかざす。
「【ウォーターボール】」
【水の初級魔法 ウォーターボール】……その水の玉が火の玉と同じ数だけ放たれる。
火と水の玉……その二つが衝突したところでジュワ……と音を立て、霧にも近い水蒸気が発生する。
それは、僕の姿をも隠す。
「何!?」
その水蒸気に、無詠唱で発動しておいた【系統外魔法 エンチャントボディ】によって強化された膂力でとびこみ、近距離で魔法を行使する。
「【ファイヤーボール】!!」
それを防ぐ魔法を発動する時間などない、近距離で放たれた火の玉がアレックスにあたろうとしたところで……
「ふっ……」
僕を蔑むように笑い、
「なっ!」
アレックスの姿が消え、対象を見失った火の玉はそのまま地面に衝突する。
「こっちだ」
突然背後から声が聞こえ、すぐに振り返る。
「【ロックボール】」
「ぐあっ――!」
振り向き、アレックスの姿を視認した瞬間、【土の初級魔法 ロックボール】が放たれ、直撃する。
「無詠唱で【エンチャントボディ】を行使したのは、さすがは一時期とはいえ戦慄の魔術師と呼ばれただけのことはある。だが、お前に出来てこの私ができないことがあるとでも思ったか!」
「ぐっ……」
飛ばされながら即座に上体を起こし、アレックスを睨む。
そう……僕が無詠唱で【エンチャントボディ】を行使したのと同じように、アレックスも【エンチャントボディ】を行使していた。
「ふふ……」
「何がおかしい?」
「仮にも七公家の当主……【エンチャントボディ】の無詠唱が出来ないなどと思うはずがないではないですか」
「……だから、なぜ笑っている!【フレイムランス】!!」
僕が笑みを浮かべていることが癇に障ったのか、【火の中級魔法 フレイムランス】を行使し、僕に向かって放つ。
「【ウォーターウォール】」
【水の中級魔法 ウォーターウォール】を行使し、相殺する。
「だって、簡単に勝ってしまったら、悔しいじゃないですか」
「悔しい……だと?」
「ええ……。僕を追い出した相手が、僕よりも遥かに弱かった……なんてこと、あってほしくありませんから!!」
突如、室内に複数の熱源体が現れる。
そして、その形状は炎を帯びた竜巻。
【火と風の中級合成魔法 ファイヤートルネード】。
炎を帯びた竜巻がアレックスを取り囲むように立ち上がる。
その数は十本。それは、十名ほどの魔術師が行使したときに匹敵する数だった。
「なるほど。これほどの数を一人で……しかもこの速さで展開できるのか。ブラムが負けるわけだ」
「もう遅いですよ。すでに構築済みです!」
不敵に笑うアレックスを見て、鳥肌が立つ。
考えるよりも先に、それを行使していた。
「【ファイヤートルネード】!」
地面を削りながら、十本の炎の竜巻がアレックスに襲い掛かる。
避けることを許さぬかのように、囲みながら……。
勝利を確信した。
その瞬間、先ほどまでの比ではない魔力がアレックスから溢れ出る。
そして、紡がれる。
『――我と契約せし、気高き精霊よ』
『汝は全てを燃やす、穢れなき炎なり その炎はわが魔力を糧とし、贄とし、今ここに解き放たれん!」
『――顕現せよ、フレイムペンター!』
「ぐっ……!」
七公家の一角、ボネット家当主アレックス=ボネットの契約精霊、最上級精霊……フレイムペンター。
現在契約が確認されている炎系統の精霊で最高位を誇るそれの口から放たれた炎は、炎の竜巻を一瞬で消滅させる。
「フェイ、これこそが絶対的な力……お前が得ることのできなかったものだ!」
そして、子と同じようなセリフを叫びながら、不敵な笑みを浮かべるアレックス=ボネットがいた。