三十六話
七公家と五英傑……この両者の数に差があることに気付いただろうか。
七公家とは、数十年前の魔族との戦いで大きな功績を残ししものに与えられし公爵位を持つ家。
五英傑とは、その功績を残ししものの中でも帝級精霊……つまりは五帝獣との契約を果たし、その力を振るったものに与えられし称号。
五英傑を除く残る二つの家は、彼女たち五英傑のように表立っての戦闘を主としたわけではなく、後方からの支援をしたという。
今回はその中の一つの家に触れることにしよう……。
ディルセルク家……七公家のみならず、他の爵位を持つ貴族の中でも異例中の異例たる家。
アルマンド王国の国王が魔族との戦争後、公爵位を与えた後に望む報酬を聞き、与えた。
彼らには一様に広大な領土が与えられたが、このディルセルク家だけがそれを拒んだ。
彼女が望んだのは、父を亡くした幼き娘と細々と暮らすこと。
そんな彼女に与えられたのは小さな森と、同じく小さな家。
それからは一年に一度だけ登城し、国王に謁見をしては、またその家へと戻る。
彼女の顔を知る者は国王と国の重鎮のみ。
七公家の中でも会ったものはごく一部だ。
そして数年前……その母は死に、その娘……ラナールがディルセルク家を継いだ。
母の死後数年は一人森の奥で静かに暮らしていた……が、彼女は一人の少年と出会った。
「フェイ=ボネット様、陛下がお呼びです」
「分かりました」
トントン……と、革靴で床を軽く蹴るようにして足に馴染ませ、ネクタイをきっちりと締める。
必要以上にのどが水を求める。
テーブルの上に置いてある紅茶を一口飲み、部屋を後にする。
王の間へと通じる長い廊下を、僕の前を歩く執事についていく。
さすがと言ったところか、後ろを振り返ることなく僕の歩調に合わせている。
「フェイ=ボネット様、ご到着されました」
王の間の扉の両脇に立っている二人の兵士に一礼した後、執事の彼が王の間の中にいるものに向けて言う。
既に開かれている扉の中にボネット家一同をはじめ、国の重鎮……そして、アルマンド王国国王……アルフレド=アルマンドが一同とはひときわ高いところにある玉座に座している。
彼の両脇には、王子と王女が同じく座していた。
王妃がいないことに疑問を抱きながらも、幼少期のように王の間に入る儀礼をおこなう。
「フェイ=ボネット、アルフレド=アルマンド国王陛下にお呼び預かり、登城いたしました」
さながら、騎士のようにその場にひざまずき、口上を述べる。
「うむ、よくぞ参った。入れ」
「はっ!」
一歩一歩踏みしめるように玉座へと通じる紅い絨毯の道を歩く。
僕が来たことで、その絨毯の脇に立っているボネット家と視線を交わしながら、玉座の近くへと至り、再びひざまずく。
「ふむ、久しいな……」
「はっ!」
「それにしても、大きくなったな」
国王の顔ではなく、孫を見るような優しげな表情を浮かべる陛下。
彼が何を思い、何を考えそう言ったのか……僕には理解出来なかった。
「恐れ入ります。陛下はお変わりなく……」
「世辞は良い、わしは老いた身だ。この国の公爵位を持つ者の嘘すら見抜けぬほどにな……」
僕の後ろでボネット家の者が身を固くしたのが分かる。
「今日そなたに来てもらったのは、本当にフェイ=ボネット本人であるかの確認、ボネット家に対する処罰の言い渡し……そして、そなたのこれからの処遇である」
「……」
「まずはそなたの処遇だが、これからはそなたをフェイ=ディルクとして扱う」
「――っ、ありがとうございます」
フェイ=ディルクとして扱う……それはつまり、ボネット家との縁が完全に切られると言う事。
僕にとってこれ以上嬉しいことは無い。
「お待ちください!フェイはボネットの人間……処遇については我々のうちで決定いたします!」
「その処遇とは、密かに暗殺し、国に事故死だと虚偽の報告をすることか」
「――っ!そ、それは……」
「基本的に貴公らが何をしようと特に手出しはせぬが、こと今回の事に至ってはその限度を超えている。国家反逆罪ととることもできる」
「そんな……」
国家反逆罪……その言葉を聞いた瞬間、血相を変える。
まるで僕こそが元凶だと、そういわんばかりに僕を睨みつけてくる。
「私たちは、実力の伴わぬものを排斥したにすぎません。それは我が家の教育方法……国に口出しされるいわれはありません」
「教育方法と来たか。もし仮にアレックス公爵の言うその妄言をよしとしたとしても、虚偽の報告をしたことに変わりはないのでは?」
「それは……」
「それに、実力と言えば今は貴公の子息に決闘で勝利したそうではないか」
「ど、どうしてそれを!」
「このままブラム=ボネットに公爵家を継がせるというのならば、フェイが公爵位についたほうが国のためになるのだがな……」
「ブ、ブラムが負けたのは油断によるもの……地力ならば負けてません。将来は私に匹敵する精霊術師になるでしょう。そもそも、私よりも劣るものが公爵位につくなど、公爵の地位を貶めるようなもの……」
「何を慌てている、例え話だ。それに、もしかしたら今のアレックス公爵よりも強いかもしれぬぞ」
「そ、そんなことは――!」
冗談を言うように軽い口調で言いながらも、どこかその奥底には真剣みを帯びている。
「フェイが私に勝つことは絶対にありえません!」
なぜか、むきになりながら反論するアレックス。
「それなら決闘したらどうかしら?」
突如、王の間の扉の方から透き通る女性の声が響く。
「……珍しいではないか、そなたが年の初めでもないのに顔を出すとは……ラナール卿」
陛下が扉の方を見た瞬間、そう言う。
彼が口にした名前に憶えを感じながら振り返ると…………
「あ、フェイくーん!おひさー」
どうしてここにいるんですか、ラナさん。