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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
二章 妄執の果てに
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三十三話

「フェイ!またやってくれない?」

「レティス王女殿下のご命令とあらば……」


 アルマンド王国王都……その中心部にそびえたつ王城のとある中庭。

 そこには色とりどりの花々や、それに群がる蝶たち……周囲を木々に囲まれており、そのすべての要素が合わさって美しさを放っていた。


 その中庭内には、やわらかそうな芝生に座り込んでいる、ドレスに身を包み、金色の髪をなびかせながら傍らで恭しく頭を下げる少年に声をかけている少女がいた。

 どちらも年は、七、八といったところだろうか。


 少女に対する少年の返答が不満だったのか、少女は頬っぺたを膨らませながら少年にやや怒り気味の声で言う。


「もう、そのかしこまった口調はやめてっていつも言ってるでしょ!ほら、レティスって呼んでいいから!」


 自分を指さし、期待にその青い目を輝かせながら少年との距離を詰める。が……


「いえ、殿下を呼び捨てするわけにはまいりませんので……」


 すぐに不満そうな顔を見せる。


「大丈夫よ!ほら、周りには誰もいないでしょ!」

「しかし……」

「むー、これは命令よ!呼び捨てで呼んでくれなきゃ、お父様に不敬罪で捕まえてもらうわよ!」

「ふう……」


 観念したのか、少年がうなだれながらため息をつく。


「レティス……これでいいですか?」

「うん!まだ少し口調が固いけど、これで許してあげるわ!」


 これ以上は勘弁してください……と、再びため息をつく少年。

 そんなことなど知ったことではないといった少女は、再び少年に言う。


「じゃあフェイ、早くあれをやってくれない?」

「……分かりました。【ウォーターボール】」


 短い詠唱ののち、空中に水の玉が現れる。

 すなわち、【水の初級魔法 ウォーターボール】。


「いきますよ」


 少年がそう呟いた直後、空中に浮かんでいた水の玉がはじけ、雨のように降ってくる。

 否、それは雨のように見えて雨ではない。


 不規則にはじけたと思われたそれは、すべてが均等な大きさの水のかけらとなってゆっくりと降ってくる。


 それはつまり、はじけた水の大きさをすべて均等にできるだけの技術があり、なおかつそれらを魔力で支配し、重力に逆らうように地面に落ちる時間を長くしていると言う事だ。


 降り注いでくる水のかけらが陽の光に反射して、キラキラと光る。

 どうやらこれが、少女のお気に入りのようだ。


「いつ見ても、フェイの魔法はきれいね」

「そんなことはありませんよ」

「むー、そこは素直にうれしがっとけばいいのよ!」

「お褒めに預かり、光栄です」

「うむ、よろしい!」


 おどけながらそう言う少女に、少年は苦笑を禁じ得なかった。


「ねえ、フェイ」

「……?なんですか?」

「私に魔法を教えてくれない?」

「……どうされたのですか?急に」

「いいでしょ!教えてね!」

「いえ……今日には王都を立つので……」

「えっ、そうなの?」

「はい」


 うなだれ、落ち込む少女。あまりの落ち込みように申し訳なく思ったのか、少年が少女に声をかける。


「次……次来たときにお教えさせていただきましょうか?」

「次?次っていつ?」

「ええと……精霊契約を行った後、その御報告にまた来るので……十日後になると思います」

「十日後……約束よ!」

「はい」

「もし破ったら……私のお願いをひとつ聞いてもらうわよ!」

「分かりました、その時は一つだけ……」


 すっかり上機嫌になった少女を横目に、少年は胸をなでおろす。

 急に、二人しかいないはずの空間に別の声が響く。


「ここにいたのか、レティス、フェイ君」

「ギリアン王子殿下!」


 少女と同じ金色のサラサラとした髪をなびかせながら、一人の少年が立っていた。

 年は十二だろうか……明らかに二人よりも年上だ……。


「お兄様!私、フェイに今度魔法を教えてもらうの!」

「……それはそれは、フェイ君、すまないね」

「いえ……」


 少年は妹の一言ですべてを察したのか、申し訳なさそうな目を向ける。


「さて、フェイ君。君の父君がそろそろ出立すると、探していたよ」

「王子殿下自ら……申し訳ありません」

「気にしないでくれ、私と君の仲だ」

「恐れ入ります」


 そう言って少年は立ち上がり中庭を後にしようとすると、少女に声をかけられる。


「フェイ、絶対だからね!」

「ええ……約束です」


 念を押す少女に苦笑しながら少年はその場を後にした。







 アルマンド王国王都……その都市は周囲を壁によって囲まれており、東西南北の各方位には関所の役目を担う門が設置されている。

 その壁が見えてきたところでトレントさんがアンナさんを起こそうとする。


「んー、ケーキ……食べたい……」


 声をかけられたからなのかはわからないが、寝言を口に出すアンナさん。


「……今度、ケーキでも買ってきますかね」


 トレントさんがぼそりと呟いたのを聞いて、心が温まるような錯覚を覚えた。


 その後無事にアンナさんが起き、王都へと入っていった。

……まあ、アンナさんが寝ぼけて馬車の天井に頭をぶつけ、痛がっていたけれど……。





 王都の中心部に近づくと、王城が目に飛び込んでくる。

 ちなみにこの馬車、王族専用のものらしく、ひどく目立っていた。





ギギギギギ………………


 重々しい音を立てながら城門が開かれる。


「フェイ様、こちらです」


 城門を通ったところで馬車を降り、歩いて城内に入る。


 城内の様々な人の目に晒されながら、一室に通される。



 トレントさんは退室し、僕とアンナさん二人だけとなる。

 アンナさんは危なっかしい手つきで部屋に備えられているティーセットを使い、僕にお茶を出してくる。

 手がものすごく震えていて今にもカップを落としそうだったので、【風の最下級魔法 ウインド】をいつでも使えるように魔力を少しだけ出していた事は秘密だ。

 それからはどちらも話すことは無く、沈黙が続いた。





 扉が開く。

 中に入ってきたのはトレントさんと……レティス王女殿下、ギリアン王子殿下だった。


「殿下!?」


 急いで直立し、扉の方を見る。

 ギリアン王子は僕をまじまじと見ながら、足はあるな……と呟いていた。


「フェイ!」


 レティス王女が駆け寄ってくる。なんというか、照れくさいものがある。


「お久しぶりです、レティス王女殿下」


 数年間こういった場から離れていたのに、体がこういう時の作法を覚えており、無意識のうちに頭を下げていた。


「やっぱり生きてたのね!そうね……フェイが魔獣なんかに殺されるわけがないものね!」


 目じりに涙をためながらそう言う彼女は、この数年で女性としていろいろなところが成長していて、ここまで近くに来られると意識してしまう。

 なので彼女から目をそらし、ギリアン王子殿下を見る。


「……」


 殿下、なんですかその笑みは。


 でもまあ、僕が生きていたことを喜んでくれる人はあまりいないので、純粋にうれしかった。


「フェイ君、本来なら数年ぶりの再会をゆっくりと味わいたいのだが、その前に念のためアルナ鉱石に……」

「ええ、分かっています」

「話が早くて助かるよ。それでは行こうか」

「はい」


 案内されるがままに向かった。






「こちらです」


 トレントさんがアルナ鉱石を渡してきた。

 視ると、まさしく僕の魔力が保存されていた。


「出来るかい?」


 ギリアン王子が聞いてくる。


「はい。いきます……」


 魔力を高め、魔法に変換せずにそのまま鉱石に注いでいく。

 アルナ鉱石は白い光を発し始め、その眩さにその場にいた者は目を細めた。


 しばらくすると光がおさまり、フェイの手の平には魔力を注ぐ前と変わりなく、アルナ鉱石があった。


「紛れもなく、フェイ=ボネットだね。私とレティスが証人となろう」


 それを見たギリアン王子がそう言ってくる。その言葉にレティス王女も頷いていた。


……そういえば、王女と何か大事なことを約束したような……気のせいだよね?







 殿下たちと別れ、トレントさんとアンナさんに僕の部屋を案内してもらっている。


「――っ!」


 運命とは、なんと皮肉なものだろうか。


 前方から……ボネット家がこちらに向かってきた。


「……お久しぶりです、アレックス卿」


 "接敵"したところで他人行儀に挨拶を述べる。


 僕を見たアレックスは、


「どなたかな?あいにく平民風情の顔を覚えていられるほど、暇ではないのだがな」


 まるでごみを見るような……家を追い出す時のような目でそう言い放ってきた。

 だが僕はその眼を逆に睨みかえし、言い返す。


「……小耳にはさんだのですが、その平民風情の息子がいた公爵家があると聞いたのですが。まさか、ボネット家ではありませんよね」

「貴様、言うに事欠いて!」

「では、平民風情の私はこれにて……」


 一礼し、立ち去る。すれ違いざまにアレックスに言い放つ。


「僕に手を出してくるのは構いませんが、その時は容赦しませんよ。もっとも、手を出してこなくても僕の方から出したいのですがね」


 今度こそ立ち去る。

 もはや、彼らとの会話に意味などないのだから……。

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