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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
二章 妄執の果てに

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三十二話

「お似合いです、フェイ様!」


 メリアが手をたたきながら言ってくる。顔が近い……。


 今日王都に向けて出立するので、長らく着ていなかった黒いフロックコートに身を包む。

 今日中に国王と謁見をするわけではないらしいが、王城に入るので正装を着ておく必要がある。


……と、学園長に言われた。

 そもそもフロックコートを着る機会のない僕がなぜ持っているのかは、勅命書を渡された日に遡る。






「では、九日後にこの学園にあなたを迎えに来る手配がされているので、その日の昼前に学園に来てください」

「えっ?手紙には十日ごとありますが」

「ここから王都まで半日ほどかかることを……忘れましたか?」

「あっ……そうでしたね」


 時間の確認を終えると、学園長が机のわきに置いてあるケースを机の上にのせ、開けて中を見せてくる。


「これを着て来てください」


 中に入っているのは黒いフロックコート。つまりは正装だ。


「これを僕に……ですか?」

「ええ、正装を持っていないでしょう?」

「そういえば、そうでしたね」


 私服で王城に行った場合の自分を思い浮かべ、苦笑いしながらフロックコートを受け取る。


「ところで、どうして用意してあるんですか?」


 ケースから取り出し、サイズを確認する。

 ぴったりであることがこの疑問を生んだ。


「国王陛下に手紙をお送りしたとき、こうなるだろうと思い頼んでおいたのです」

「学園長が買ってくれたんですか?」

「ええ」


 この用意周到さに驚きながらも、自分にとって最も死活問題であるお金について、恐る恐る聞いてみる。


「あのー、お金のほうは……」

「ああ、大丈夫ですよ。私が出しておきました」


 そう言い終わるとカップを手に取り、紅茶を一口飲む。


「ありがとうございます」

「……貸し、一つですよ」

「えっ……」


 経験でわかる、女性の貸しはハイリスクなのだと。


 ちらっと、脳内にラナさんの顔が浮かびながらも、頭を左右に振って忘れる。


 フロックコートは学園長への貸しひとつと、高くついたような気がした。






「ふんふふふーん」


 メリアが鼻歌交じりに僕のネクタイを締めてくる。

 メリアの細くしなやかな指が首もとで動くのを見て、何だが恥ずかしくなる。


「メ、メリア……もういいから!自分でするから!」


 半ば飛び跳ねるようにして距離をとり、ネクタイを締める。


「それにしても、本当にいいの?僕がいない間も使ってくれていいんだけど」

「大丈夫です。ボネット家の人たちも陛下に呼ばれているらしいので屋敷に戻っても問題ないんです。そ、それに……フェイ様の部屋に一人だと……」

「……?まあ、大丈夫ならいいけど。じゃあ行ってくるね」

「あ、途中までお付き合いします!!」


 ドアを開けると、眩いばかりの陽の光が差し込んできた。






 コツコツコツ……と、革靴の鳴らす足音が辺りに響く。


 メリアと別れ、学園の敷地内を歩く。

 校舎の近くには馬車が止まっており、あれが迎えなのか……と、判断する。


 僕が近づくと、僕に気づいたのか待機していた執事服を着た男性とメイド服を着た女性が声をかけてくる。


「フェイ=ボネット様でしょうか」


 恭しく頭を下げてくる執事服の男性。


 "ボネット"と言ったのは、そう厳命されているのか、それとも……。

 真意は量れないが別段不都合はない。不愉快だが……。


「はい、僕がフェイです」


 あえて、ボネットともディルクとも名乗らない。


「さようですか。わたくし、執事を勤めております、トレント=メンデスです。以後お見知りおきを」


 そうして、再び頭を下げるトレントさん。

 長い黒髪が頭を下げた拍子に垂れ、黒い執事服と合わさり、一種の美しさを醸し出している。

 頭を下げた拍子にずり落ちた黒の眼鏡を右手で押さえながら、トレントは顔を上げた。


「あ、あの……!」


 メイド服をきた女性が声をかけてくる。


「わ、私は侍女を勤めてますです!あの、アンナ=メンデスと言います、よろしくでしゅっ!!」

「……」

「はう……」


 噛んでしまい赤面するアンナさん。

 トレントさんとは違い、ピンク色のショートカットで、僕よりも幼い印象を持った。

 女性というよりも少女と形容すべきだろう。


「あの、メンデスって……」

「ええ、お察しの通り私とアンナは兄妹でして」

「そうでしたか」


 それにしても年齢が離れているように思える。

 トレントさんは二十歳くらいに見えるが、アンナさんは十二歳くらいに見える。


「ああ、血はつながっていないんですよ。髪の色も違うでしょう?」


 アンナさんの髪と自身の髪を持ちながら、苦笑いしながら言ってくる。

 そのままトレントさんはアンナさんを見ながら、申し訳なさそうに言ってくる。


「アンナは見ての通りまだ小さいですし、侍女にもなりたてなので粗相を行うかもしれませんが、お許しください」

「え……ええ、大丈夫ですよ。僕は偉くありませんし」

「あ、あの、よろしくお願いしまひゅ!」

「……」


 不覚にも、身悶える姿が可愛く見えた。






 馬車に乗り込み、走り出す。


 トレントさんは馬を走らせながら車内の様子を見聞きしているようだが、実質車内には僕とアンナさんだけだ。

 アンナさんがもじもじしているので、僕まで恥ずかしくなる。


「そういえば。陛下はよく僕がフェイであるとお疑いになりませんでしたね」


 その恥ずかしさを紛らわそうと、口にする。

 すると、馬車に乗る前に事情は分かっていると言っていたトレントさんが、馬車を走らせながら言ってくる。


「もちろん、王城につかれましたらご本人かどうか試させていただきます」

「試す?」

「数年前、フェイ様が王城にいらしたときにアルナ鉱石に魔力を保存されたのを覚えておいでですか?」

「……なるほど、そう言う事ですか」

「はい」


 魔力は人によって少し異なる。

 アルナ鉱石に魔力を保存すると、その人以外の人間がそれに魔力を保存しようとすると、鉱石内で二つの魔力がせめぎあい、反発してしまう。

 その性質を利用して僕が本人かどうか試すのだろう。






「すっー、すっー」


 車内で寝息が聞こえる。

 するとアンナさんが座席に横になり眠っていた。

 窓の外を見ると日が暮れかけていた。


「アンナ!?申し訳ありません、フェイ様」


 その寝息でアンナさんが寝てることに気づいたのか、トレントさんが申し訳なさそうな声をかけてくる。


「いえ、大丈夫です。このまま寝かせてあげましょう」

「ですが……」

「大丈夫ですよ。特にしてもらう事はありませんし……」

「そうですか……」


 気持ちよさそうに寝ているアンナさんを見る。

 やはり、僕より年下なのだろう。彼女の寝顔を見てそう思う。


「いい……妹さんですね」

「ええ……」

「僕もこんな妹が欲しいものです」

「それは!……いえ、自慢の妹です」


 この会話ののち、王城につくまでトレントさんと話すことは無かった。

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